レコード 大賞 三 連覇。 【レコ大】レコード大賞2019の予想!乃木坂欅坂DA PUMP誰が取る?

日本レコード大賞

レコード 大賞 三 連覇

「 Sing Out!」 乃木坂46• 「 純烈のハッピーバースデー」 純烈• 「 サステナブル」• 「 片隅」 三浦大知• 「 ドレミソラシド」 日向坂46• 「 黒い羊」 欅坂46• 「 P. ~ユニバース・フェスティバル~」 DA PUMP(ダ・パンプ)• 」 三代目 J Soul Brothers from EXILE TRIBE 2013 「 EXILE PRIDE ~こんな世界を愛するため~」 EXILE 2012 「 真夏のSounds good! 」 AKB48 2011 「 フライングゲット」 AKB48 2010 「 I Wish For You」 EXILE 年 受賞曲 受賞者 動画 1999 「 Winter, again」 GLAY 1998 「 wanna Be A Dreammaker」 globe 1997 「 CAN YOU CELEBRATE?」 安室奈美恵 1996 「 Don't wanna cry」 安室奈美恵 1995 「 Overnight Sensation ~時代はあなたに委ねてる~」 trf 1994 「 innocent world」 Mr. Children 1993 「 無言坂」 香西かおり 1992 <歌謡曲・演歌部門> 「 白い海峡」 大月みやこ <ポップス・ロック部門> 「 君がいるだけで」 米米CLUB 1991 <歌謡曲・演歌部門> 「 北の大地」 北島三郎 <ポップス・ロック部門> 「 愛は勝つ」 KAN 1990 <歌謡曲・演歌部門> 「 恋唄綴り」 堀内孝雄 <ポップス・ロック部門> 「 おどるポンポコリン」 B. クィーンズ 年 受賞曲、歌手 解説 1989 「 淋しい熱帯魚」 Wink(ウィンク) バブル時代を象徴する曲。 1980年代末に流行していたユーロビート歌謡の代表作。 当時ヒットを連発していたWink(ウィンク)にとって5枚目のシングル。 それまでの洋楽のカバー曲でなくオリジナル曲で勝負をかけた。 シンセサイザーを駆使し、きらびやかな音になっている。 オリエンタルなメロディラインの2種類のサビを巧みに交差する。 そんな手のこんだ楽曲を、「笑わないアイドル」「無表情なアイドル」と言われたWink(ウィンク)がドライに歌い上げるのが魅力となった。 この年のレコード大賞では、 同じ年の6月に他界したばかりの美空ひばりの遺作「川の流れのように」も候補となった。 川の流れのようには、後にの一つと称えられるようになるが、 この時点ではそうした評価が定まっていなかった。 そして、ひばりはノミネート(金賞受賞)にとどまった。 このころから、レコード大賞の長期的な凋落が顕著になっていった。 1988 「 パラダイス銀河」 光GENJI ジャニーズ事務所のアイドル軍団・光GENJIが、新人ながら大賞を受賞した。 ローラースケートを履いて歌い踊るという衝撃的なスタイルで登場。 デビュー曲「スターライト」で1位に輝いた。 続く次作「ガラスの十代」も1位になった。 3曲目のシングルとなったのが本曲「パラダイス銀河」。 思いっきり明るい歌。 メロディもサウンドも、 スケールとゴージャス感をアップした。 舞台は宇宙。 テーマパーク的なアトラクション性を感じさせる。 1987 「 愚か者」 近藤真彦 1986 「 DESIRE -情熱-」 中森明菜 中森明菜が女性歌手として初めて2連覇を果たした。 アイドル系の歌謡ロックを代表する曲。 節回しで聴かせる中森の歌唱力が光る。 作詞は阿木燿子(あき・ようこ)。 「まっさかさまに堕ちて、デザイヤー」「恋もダンス、ダイス、ダンスほど夢中になれないなんてね、さみしい~」といったフレーズが、 中森の陰りと迫力のあるボーカルによって、 スリリングに展開される。 ボブ・カットの髪形と着物をアレンジした衣装も話題となった。 なお、この年のレコード大賞では、 後に名曲として語り継がれることになるテレサ・テンの「時の流れに身をまかせ」もノミネート(金賞受賞)された。 1985 「 ミ・アモーレ Meu amor e…)」 中森明菜 1980年代を席けんしたアイドル歌手、中森明菜の11枚目のシングル。 ラテン調のドラマチックな歌である。 中森は当時19歳。 デビューから4年目だった。 松田聖子の登場を一つの起点として、 1980年代は空前のアイドルブームに沸いていた。 その中で、中森明菜はダークな雰囲気と、旺盛な創作欲により、際立った存在になっていった。 80年代半ばになると、聖子と並ぶ双璧になった。 表現の幅を広げる中で、 作曲家として起用したのが、 ラテン・ヒュージョン系のピアニスト、松岡直也だった。 情熱的な曲を、中森がダイナミックな歌唱で見事に表現した。 1984 「 長良川艶歌(えんか)」 五木ひろし 一夜の恋がテーマ。 いわゆる「旅情演歌」の代表的な作品として知られる。 岐阜県の長良川を舞台にした「ご当地ソング」でもある。 五木ひろしは1973年の「夜空」以来、二度目の大賞となった。 二度目の大賞は、橋幸夫、細川たかしに続いて3人目。 オリコンの週間チャートでは最高10位にとどまった。 しかし、聴けば聴くほど味が出るという特質から、 ロングセラーを記録する。 歌番組「ザ・ベストテン」が12年間の順位を集計するランキングをつくったところ、 歴代の1位に輝いた。 1983 「 矢切の渡し」 細川たかし 細川たかしが、レコ大で史上初めての2連覇を達成した。 石本美由起作詞、船村徹作曲。 歌詞の舞台は、東京・矢切(やぎり)と、江戸川を挟んで向かい側にある千葉・松戸である。 矢切では江戸時代から、東京と千葉を結ぶ水上交通として「渡し船」が発達した。 この渡し船を使って駆け落ちをする男女が描かれる。 故郷を捨てて向こう岸に渡る2人は、川の向こうに希望を見いだしている もともとは、歌手ちあきなおみが1976年に別の曲(酒場川)のB面として発表していた。 B面だったこともあり、その時は世間に注目されなかった。 それから7年後、細川たかしがカバーする。 細川が所属する芸能事務所「バーニング」の社長で、後に芸能界のドンと呼ばれるようになる周防郁雄(すほう・いくお)の提案だったという。 ちあきが唄ったバージョン()は、 暗く切実なイメージで、 専門家の間では高く評価されていた。 これに対して、細川バージョンは軽い。 前年に大ヒットした細川の「北酒場」のイメージも引き継いでいる。 細川は「親の心にそむくという話だから、感情を入れると暗くなる。 感情を入れずに歌う」ことを心がけたという。 これによって、カラオケで歌いやすい曲になり、北酒場に続く大ヒットになった。 なお、矢切は、映画「男はつらいよ」の舞台である葛飾区柴又にある。 渥美清演じる寅さんも、映画の中でこの曲を口ずさんだ。 1982 「 北酒場」 細川たかし 明るいリズム演歌の傑作。 ノリが良く覚えやすいメロディーと歌詞。 子供からお年寄りまで、みんなが唄える曲である。 当時のカラオケブームの波に乗り、演歌というジャンルを超えて、一大流行歌になった。 作詞をなかにし礼、作曲を中村泰士が手掛けた。 このコンビは、 細川のデビュー曲であり、レコード大賞新人賞を受賞した「」(1975年)と同じ。 心のこりで大成功した後、細川はヒットから遠ざかっていた。 さらに、1981年にはテレビ番組のコントで右足アキレスけん断裂するケガを負い入院。 3か月間仕事ができなかった。 復帰後に仕事がもらえず困っているときに、 超大物コメディアン萩本欽一がコント番組に出演する場を与えてくれた。 演歌歌手にはやや場違いな番組だったが、 親分肌の萩本は「ギャグは難しいだろうから、何か歌ってくれ」とリクエスト。 発売される前の新曲の候補を聴かせたところ、萩本は北酒場を選んだ。 番組で披露すると、人気が沸騰した。 歌詞は、北の酒場での男女の恋模様を描写している。 「からめた指が運命(さだめ)のように 心を許す」「やぶれた恋の数だけ人に やさしくできる」などの名フレーズが並ぶ。 細川は北海道出身である。 そして、彼自身、 札幌の飲み屋街「すすきの」のクラブ歌手時代に妻と出会い、22歳で結婚した。 レコード大賞では、受賞後の歌唱の際に、1コーラスを歌い終えた時に萩本欽一がステージに登場。 細川はそこから泣き出して歌えなくなった。 1981 「 ルビーの指環(ゆびわ)」 寺尾聰(あきら) 歌謡曲とニューミュージックの双方の全盛時代を象徴する歌の一つ。 歌手の寺尾聰が自ら作曲した。 作詞は松本隆。 この年のレコード大賞では、 大賞のみならず、作曲賞(松本)、作詞賞(寺尾)、編曲者(井上鑑)も受賞。 史上初の4部門制覇を果たした。 寺尾聡はそれまで、戦後最大の人気俳優の一人、石原裕次郎率いる石原プロモーション(石原軍団)に所属する俳優として活躍していた。 テレビの刑事ドラマ「西部警察」「大都会」でお馴染みだった。 しかし、もともそ学生時代からベーシストとしてバンド活動をしており、 1966年にはグループ・サウンズ系のバンド「ザ・サベージ」のメンバーの一人として、 ヒット曲「」を出した。 音楽への熱い思いを抱き続けながら、 自ら作曲したのが「ルビーの指環」だった。 石原プロの幹部だった小林正彦は当初「お経みたいな曲」と評したが、 一流の音楽家であり作詞家の松本隆がクールな詩をのせ、 抜群にかっこいい曲ができあがった。 寺尾聰のシンプルな弾き語りがベースになる。 そこに、都会的なアレンジが加わり、 洗練されたサウンドとなっている。 やや暗くて抑揚のない歌ながら、 じわりと大ヒット。 サングラスをかけて歌う寺尾の姿も、老若男女を魅了した。 国民的な歌番組だったTBS系『ザ・ベストテン』で、歴代最長となる12週連続1位に輝いた。 オリコン集計では、134万枚売れた。 収録アルバム「リフレクションズ」も114万枚の大ヒットになった。 横浜ゴムのヨコハマタイヤのCMソングとなったのが、最初に曲が知られるきっかけだった。 (目黒隆史郎) 1980 「 雨の慕情」 八代亜紀 別れた恋人を、「憎い、恋しい」と思慕する。 情念の女の歌である。 その一方で、 サビの「雨々ふれふれ」というフレーズがキャッチーで、だれにも親しみやすい。 「雨々ふれふれ」の部分は、手のひらを上に向け空にかざすような振り付けで歌う。 これは八代が舞台で歌っているときに自然に出たしぐさだという。 童謡「あめふり」にもある一節だ。 ふだんあまり演歌を聴かない子供たちが、「雨々ふれふれ」の振りをしながら歌った。 作詞・阿久悠、作曲・浜圭介。 前年に大ヒットした「舟唄」と同じコンビである。 「しみじみ呑めば、しみじみと~」という歌詞でおなじみの舟歌は、当初からレコード大賞を狙っていた。 しかし、ノミネートはされたものの、大賞は逃していた。 「舟唄」はじわじわと長く売れたが、この曲は発売と同時に火がついた。 この年の賞レースでは、五木ひろしさんの「ふたりの夜明け」の下馬評が高く、マスコミは「五八戦争」とあおった。 また、都はるみの「大阪しぐれ」も高い評価を得ていた。 受賞が発表されると、ふだんはステージで決して涙を見せない八代亜紀が泣き出した。 声が出ない八代にかわって、客席から「雨々ふれふれ」の大合唱が起こった。 年 受賞曲、歌手 解説 1979 「 魅せられて」 ジュディ・オング 台湾出身の歌手ジュディ・オングが、可憐に歌ったゴージャスな曲。 200万枚売れた。 下着メーカーワコールのとして企画された。 電通からCMのイメージ映像を見せられたレコード会社ソニーのプロデューサー、酒井政利は「このイメージにあうのはジュディ・オングしかいない」と思ったという。 当時、ジュディは主に女優として活躍していたが、ジョディの持つ神秘性が、頭の中で見事にマッチしたという。 作詞は、超売れっ子だった阿木燿子(あき・ようこ)に依頼。 阿木は「女性のエロス、たおやかさ、優しさを表現した」という。 CM放送の直後から爆発的に売れた。 この曲が成功したことで、 ジュディは米ハリウッドのドラマ「将軍」のヒロイン役を断念。 歌手活動に専念し、 年末にレコード大賞を獲得した。 1978 「 UFO」 ピンク・レディー 20世紀最大の女性アイドルとも言われるピンク・レディーの最大のヒット曲。 全国の少女たちがダンスの振付を覚え、そこらじゅうで踊りまくった。 アイドルのレコード大賞獲得は当時はまだ珍しかったが、 ピンクレディーは社会現象になっていたこともあり、とくに目立った異論は聞かれなかった。 この年のレコード大賞では、 2連覇を狙う沢田研二の「LOVE(抱きしめたい)」と山口百恵の「プレイバックPart2」も有力視されていた。 このため、2回目の決選投票が行われ、ピンクレディー29票、沢田研二18票となったという。 この曲の受賞により、作詞家の阿久悠(あく・ゆう)は、3年連続でレコード大賞を獲得した。 1977 「 勝手にしやがれ」 沢田研二 1970年代から80年代にかけて、日本の歌謡界のトップに君臨した沢田研二(愛称:ジュリー)の代表曲。 この年のレコード大賞は、山口百恵の「秋桜(コスモス)」、石川さゆりの「津軽海峡冬景色」などの名曲もノミネートされ、注目を集めた。 歌の途中で、かぶっているパナマ帽子を客席に向けて投げ飛ばすパフォーマンスが大ウケで、当時の小学生はこぞってマネをした。 別れを告げて部屋を出て行こうとしている恋人。 残された男は、寂しさを押し殺しながら寝たふり。 タイトル通り「お前の好きなようにしなよ」と突き放しているけれど、行き場のない恋心を持て余し、夜中に部屋で1人で空騒ぎして…。 この曲は後に、山口百恵のヒット曲「プレイバックPart2」(1978年)の歌詞(かし)の中にも引用された。 サザンオールスターズのデビュー曲「勝手にシンドバッド」(1978年)は、「勝手にしやがれ」とピンクレディーの「渚のシンドバッド」(1977年)のタイトルを組み合わせたもの。 1960年代に「グループサウンズ」が大流行。 沢田は「ザ・タイガース」のボーカルでデビューした。 タイガースを離れソロになった沢田研二は「危険なふたり」「時の過ぎゆくままに」と甘くけだるい色気を歌っていた。 「下世話っぽすぎるので書き直してもらう」ことになったが、念のために歌ったところ、新たな味わいが出てわずか2回でOKとなった。 この後も、沢田研二は「TOKIO」「サムライ」など大ヒット曲を連発することとなる。 1976 「 北の宿から」 都はるみ 昭和を代表する演歌歌手、都はるみの27歳のときの傑作。 別れた人に未練を抱き、「あなた変わりはないですか」と呼びかける。 1964年に16歳の若さでデビューした都はるみは「アンコ椿は恋の花」をいきなり100万以上売り、レコード大賞の新人賞を受賞した。 その後も「涙の連絡船」などのヒットを連発。 うなり声のような力強いこぶし回しや、波打つような深いビブラートからなる歌唱が絶大な支持を得た。 しかし、1968年の「好きになった人」以降は、大きなヒット曲に恵まれなかった。 10代~20代前半のころの威勢のいい「うなり節」とは違う面を出さねば、と悩んでいたという。 威勢のいい少女から大人の女性へとイメージを変えるべく、 時代をうまくとらえた作詞で歌謡界を席巻しつつあった阿久悠(あく・ゆう)に作詞を依頼。 それに小林亜星(あせい)が曲をつけた。 阿久さんには歌詞の書き直しを依頼したほどの勝負作。 「自分が変わりたいと思っていた頃。 1975 「 シクラメンのかほり」 布施明 「真綿色(まわたいろ)したシクラメンほど」で始まる静かでしっとりとした歌。 布施明(ふせ・あきら)は1965年にデビュー。 カンツォーネ的な熱唱に変えて、「おもいで」「霧の摩周湖」「恋」「愛の園」…と連続ヒットを飛ばす。 「シクラメンのかほり」は、オリコン1位を獲得し、布施にとって唯一のミリオンセラーとなる。 日本レコード大賞では、前年に「積木の部屋」で、森進一「襟裳岬」に敗れた雪辱を果たした。 作詞・作曲は、エリート銀行マンのシンガー・ソングライター、小椋佳(おぐら・けい)。 会社のアメリカ研修に旅立つ直前に、初めて他人に書いた。 それまでは、甘いメロディーをためて歌う絶唱型が布施の特色だった。 それが本曲との出合いでガラリと変わる。 細かい音程に多くの言葉が重なるニューミュージック型の曲に、「僕の世界ではない」と布施は演奏録音の途中でスタジオから出てしまった。 「布施らしい歌があるはずだ」という意見もあったが、説得を重ねて発売した本曲は新しい布施の世界を切り拓いた。 (naoyakiyohar5) 1974 「 襟裳岬」 森進一 フォークソングと演歌が結びついて生まれた傑作。 当時、超売れっ子のフォーク歌手だった吉田拓郎が作曲し、 若手演歌歌手の森進一が歌った。 母子家庭で育った森は、 この曲を発表する前年、 大切な母を自殺で失っていた。 悲しみが消えないときにこの曲を受け取り、 「日々の暮らしはいやでもやってくるけど、静かに笑ってしまおう・・」といった前向きな歌詞に勇気づけられたという。 それまで酒場のホステスらを中心に支持されていた森のハスキーボイスは、 より幅広い層に親しまれるようになった。 (高鳥孝貴) 1973 「 夜空」 五木ひろし 五木ひろしが唄い、 五木が恩人と仰ぐ作詞家の山口洋子がプロデューサーを務めた。 作曲は平尾昌晃。 1965年にデビューした五木ひろしは、 レコードが売れず鳴かず飛ばずだった。 背水の陣で「全日本歌謡選手権」に出場。 10週連続で勝ち抜き、グランドチャンピオンになった。 そのときの審査員が山口洋子。 山口は1971年に「よこはま・たそがれ」を作詞して、五木に提供。 大ヒットとなり、一躍人気歌手となった。 1973年は、麻丘めぐみの「わたしの彼は左きき」、沢田研二の「危険なふたり」という伝説的な名曲もリリースされた。 しかし、この2曲は「大衆賞」にとどまった。 (前川原悠子) 1972 「 喝采(かっさい)」 ちあきなおみ 唯一無二の独特のムードを持つ名曲。 心にしみる。 レコ大の最有力候補と見られた小柳ルミ子の大ヒット曲「瀬戸の花嫁」を抑え、大賞を獲得した。 歌は「いつものように、幕が開き」で始まる。 主人公は、地方から出てきた女性歌手。 彼女のもとに、訃報が届く。 3年前に田舎の駅で別れたかつての恋人が亡くなったのだった。 作曲:中村泰士、作詞:吉田旺(おう)。 冒頭の歌詞のとき、 ちあきはゆっくりと手を下から上へとあげる独特なポーズで歌った。 無表情とも、涙をこらえているようにも見える顔。 そして、何より歌唱力。 やがて忽然と芸能界から姿を消すことになるちあきは、 「伝説の歌手」として後世に語り継がれた。 1971 「 また逢う日まで」 尾崎紀世彦 1970 「 今日でお別れ」 菅原洋一.

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レコード大賞2019はやらせ?Foorinが受賞で平和的結果の声?

レコード 大賞 三 連覇

『第60回 輝く!日本レコード大賞』(TBS系)が30日に放送され、乃木坂46が今年4月にリリースした20枚目シングル『シンクロニシティ』がレコード大賞を受賞したことで、乃木坂46が史上8組目となるレコ大2連覇を達成し、公式ライバルグループのAKB48の記録に並んだのですが、ネット上では批判の声が噴出し炎上状態になっています。 発売初週のミリオンセラー達成は歴代5組目、2000年代以降ではAKB48に続いて2組目の快挙となっており、この曲で2年連続のレコード大賞受賞が発表されるとメンバーたちは喜び、白石麻衣さんは年内の活動もってグループを卒業する西野七瀬さんとハグし、涙を浮かべながら喜びの挨拶をしていました。 』こそが、レコード大賞に相応しいのではないかとして批判の声も噴出しています。 ネット上で反応を見てみると、• ここまで落ちぶれたかレコード大賞• 日本握手券大賞• つくづく金に汚い世の中だよな。 金金金金ですわ。 毎日テレビ見てるのに初めて聞いた すげーなこの国• いやいやこれ駄目でしょ どう考えても乃木坂はないわ レコ大もう終了でいいわ• なぜ、DA PUMPが大賞じゃなかったのか、いまいち分からない。 乃木坂46のファンには悪いけど、どういう判定基準があるのか、明らかにしてほしい。 老若男女、今年はU. が浸透しただろうに。 カバー曲が大賞取れないなら最初からノミネートしなきゃ良いんだよ。 カバーだからDA PUMPはダメって理屈は分かるけど乃木坂はねぇよ。 せめて米津とかにやれ などの批判が上がっており、炎上状態になっています。 なお、今年のレコード大賞の受賞対象となる優秀作品賞には、以下の10曲が選出されていました。 【第60回日本レコード大賞 優秀作品賞受賞曲】• AKB48『Teacher Teacher』• 欅坂46『アンビバレント』• SEKAI NO OWARI『サザンカ』• DA PUMP『U. TWICE『Wake Me Up』• 乃木坂46『シンクロニシティ』• 西野カナ『Bedtime Story』• 氷川きよしさん『勝負の花道』• 三浦大知さん『Be Myself』• 特典が付かない今年のデジタル配信ランキング(オリコン発表)を見てみると、 1位は米津玄師さんの『Lemon』でダウンロード数は約180万、2位はDA PUMPの『U. 』で約54. 1万、3位はback numberの『瞬き』で約43. 4万となっているのですが、乃木坂46の『シンクロニシティ』は50位以内にすらランクインしていません。 こうした結果などから、乃木坂46のCD購入者の多くが特典目的のファンとみられます。 一方のDA PUMPの『U. 』は、CDの出荷枚数こそ11月時点で13万枚を超えた程度ではありますが、デジタル配信数は54万ダウンロードを突破、YouTube上の公式ミュージックビデオの再生回数は公開から5ヶ月で1億回再生を突破し、12月31日午前10時時点では1億3800万回も再生(『シンクロニシティ』は約1967万)されており、米津玄師さんの『Lemon』に次いで今年大ヒットした作品となっています。 そのため、今年のレコ大で優秀作品賞に選出された作品の中では、『シンクロニシティ』よりも『U. 』の方がレコード大賞に相応しいという声が上がるのは当然かと思います。 優れた歌唱によって活かされた作品で大衆の強い支持を得た上、その年度を強く反映、代表したと認められた作品に贈る。 審査対象は『優秀作品賞』に選ばれた作品とする。 」とされています。 』は、イタリアのユニット『Joe Yellow(ジョー・イエロー)』が1992年に発表した同名楽曲のカバーで、これまで外国人が作曲した楽曲が大賞を受賞したことは無いのですが、レコード大賞の審査基準としている 「大衆の強い支持を得た上、その年度を強く反映、代表したと認められた作品」に当てはまる作品です。 ID:MTc4NzA1Nzcy 私は正直、今年の日本レコード大賞はUSAかなだと思っていたが、日本レコード大賞はシンクロニシティだった。 でも、シンクロニシティが日本レコード大賞だと知っても、へーしか思わなかった。 シンクロニシティが日本レコード大賞を取っても、シンクロニシティは良い曲だし、日本レコード大賞の審査員が選んだんだから、シンクロニシティは、日本レコード大賞にふさわしいかもと思っていた。 でも、私は個人的に、2018年のNO1最優秀曲はUSAだと思っている。 でも、私の両親やみんなの言う通り、日本レコード大賞は乃木坂46の事務所がお金を日本レコード大賞に払ったから、乃木坂46を大賞に選んだのが本当だったとしたら、日本レコード大賞は最低だし、日本レコード大賞はもう終わるべきだと思う。 私もそんな日本レコード大賞は絶対に見たくない!!

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今年のレコード大賞・注目の大賞受賞は…乃木坂?パプリカのFoorin(フーリン)?

レコード 大賞 三 連覇

「第60回 輝く!日本レコード大賞」(日本作曲家協会主催)の授賞式が30日、東京・初台の新国立劇場で行われ、乃木坂46が「シンクロニシティ」で平成最後の大賞に輝き、昨年に続き連覇を達成した。 連覇は2014、15年の三代目 J Soul Brothers以来3年ぶり8組目。 また、最優秀新人賞は「下町純情」を歌う現役大学生の演歌歌手・辰巳ゆうと(20)が受賞した。 今年いっぱいで卒業する西野七瀬(24)は大賞に名前が読み上げられた瞬間、センターの白石麻衣(26)と抱き合った。 泣きじゃくる白石と、瞳を光らせながらも笑顔の西野。 2人手をつないでステージに上がると、西野は「今年一番うれしいです。 本当にありがとうございました」。 白石は「取れると思っていなかったので本当に感謝の気持ちでいっぱいです…」と涙をぬぐった。 「シンクロニシティ」は今年4月に発売され売り上げ150万枚を突破し、6作連続のミリオンセラー。 11年8月にAKB48の公式ライバルとして誕生。 連覇数もAKBが11年と12年に達成した「2」に並んだ。 今年も頂点を走り続けた。 7~9月にかけてグループ初のドーム&スタジアムツアーを開催。 東京、大阪、宮城など5か所11公演で過去最多の約51万人を集めた。 東京では、神宮球場と秩父宮ラグビー場で前代未聞の同時開催ライブ。 今月1日には中国・上海で初の海外単独公演も成功させた。 関係者によると、過去、グループを叱咤(しった)しながら鼓舞してきたプロデューサーの秋元康氏(60)も、今年は特に口出しすることなく遠めに見守ってきたという。 今年は4月に生駒里奈(23)、11月に若月佑美(24)、そして31日で西野七瀬が卒業。 屋台骨を支えてきた1期生のメンバーが相次いで抜けた。 一方で、今月には4期生11人がお披露目され、既に最年少メンバーの筒井あやめ(14)が人気を集めるなどファンに浸透しつつある。 11人も現在、連日のように猛レッスンを重ねており、来年中には合流する見込みだ。 アイドルのトップに君臨する乃木坂にも徐々に新陳代謝の波が訪れている。 元号も変わる2019年。 グループが新世代へと移り変わる。 yahoo.

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