シンシアリーのブログ ようこそ。 シンシアリー、韓国テレビ局に身元を特定される!?

『韓国人による罪韓論 (扶桑社新書)』(シンシアリー)の感想(3レビュー)

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初版1刷・帯有り。 細心の注意をもって検品に当たっておりますが、中古本ゆえコメント欄に記載のない汚れ、キズ、スレ、書込み、経年焼け等が有るかもしれません。 その点をご理解、ご了承頂き 購入をお願い致します。 水濡れ防止の為ビニール袋で包み、輸送時の折れ・曲がり防止の為に書籍用の厚紙封筒にてお届けを致します。 シンシアリー氏は、日本に住んで2年余りになる。 日本のスーパーで、韓国では見たことがない「牛脂」を手に入れ、ブログに「無料だった」と書いたところ、「それは無料ではなく、サービスです」との指摘があったという。 その時「サービスと無料は同じ意味じゃないな」と気付いたという。 韓国の姉に話すと、姉は「そんなの韓国で店においたら、一瞬でなくなるよ」と答えたという。 韓国人は当たり前のようにたくさん持っていく。 日本人が韓国人と知り合いになって、「日本人と(悪い意味で)違うな」と実感するのは、このパターンだという。 シンシアリー氏の母親は、料理の出前や家電製品の修理に来た人にも飲み物を出し、感激された。 そして「あの人が来てくれなかったら、私たちが店まで行かないとダメでしょう。 有り難いことだと思わないといけない」と言った。 これは、「サービスを無料だと思うようになってはいけない(有り難いとする気持ちをなくしてはいけない)」ということだろう。 韓国ではサービスに対し、その「有り難い」が存在しない。 韓国社会では「ドム(おまけ)」と「エヌリ(値引き)」をあって当然と考えている。 だから、ドムやエヌリが得られなかった場合、「当然もらうべき私の権利がもらえなかった」と考え、店を「加害者」、自分を「被害者」と決めつける。 韓国でフランチャイズ契約の店が急速に増えた理由は、「本社が決めた価格ですので」と言えば済むからだという。 フランチャイズ契約できなかった小さな食堂などは、値引きに応じないかわり、「おかずは無料」という路線を取ったが、それにより前の客が残したものを再利用する店が増えた。 サービスの概念が崩れると、結局は双方(店も客も)が被害を受けるのである。 「併合時代」に生まれた韓国の作家イ・ギュテ氏は1992年の著書で、物を買うときに気を付けるべきは「Reasonable」で「納得できる」ものであるべきと述べている。 物の性能、使用期限、外見が納得でき、価格が必要以上に高くも安くもなく、買う人から見て納得できるだけでなく、売る人の立場からも納得できる、すなわちちゃんとした利益が残せるバランスこそが「納得できる」ものであり、そういうものに最も購買欲が湧くべきだというのである。 店と客、両方が勝者になれる関係であり、先の残飯の話と真逆の概念である。 またイ・ギュテ氏は1992年の時点で、「時間」も「知識」もタダだと思ってはならないと指摘しているが、今でも韓国社会はそれをタダだと思っている。 シンシアリー氏は、この点、「韓国人の値引き好きは他人との共生の邪魔になる」との考察と部分的に合致している気もすると述べている。 サービスの概念を理解する国は、人の平等(=私たちは持ちつ持たれつ)を理解している社会であり、韓国はそれができないのである。 韓国人は「自分」を基準にして、自分側とそれ以外を極端に分けて考える悪い癖がある。 自分側に向けるのが「ウリ(私たち、仲間たち)、被害者、権利、情、道徳(正義や配慮なども含む)」であり、それ以外に向けるのが「ナム(他人、ウリ以外の人)、加害者、義務、恨、法律」である。 「恨」は、韓国人特有のいつまでも消えない恨みや憎しみのことで、「私の正当な権利を不当な方法を使った誰かに奪われた」とする考え方で、自分を「被害者」とし、自分の責任を全消しし、そのための明確な「加害者」を作り出す。 基本的にウリ以外の人達に向けられる。 「情」は反対に、ウリの中の人達に向けられる。 ウリの人はウリの道徳(情)で解決すべきで、法律など二の次。 情(ウリの正しい道徳)が法律(外側の不当な規則)より上なのである。 韓国の「儒教思想」では、万物には生まれつき貴賤があり、「貴」なるものは正しく、上位の存在。 「賎」なるものは不正で、下位の存在で、それらの上下関係に逆らってはいけないとする側面がある。 韓国人にとって「公」とは、ナム(他人)の集まりで、ウリとは無縁の領域、下の領域、法律の領域、加害者の領域である。 だから、韓国人は、公から奪おうとする。 有り難いとは思わない。 公にあるものを「タダで取る」のは、私の正当なる権利である。 それが韓国人の道徳的に正しい形である。 韓国人が「サービス」の概念を理解できないのは、公の概念を理解できないのと同じく、世の中を上下関係でしか見ていないからである。 サービスが、法律が、公(他人と共に生きること)が、「平等な関係」を必要とするというとても単純な心理が欠けているのである。 「Reasonable」を理解すること、出前をしてくれる人への有り難さを理解すること、サービスは無料ではないと理解すること、それらはすべて上下関係ではなく、人の「平等」を理解することである。 「有り難い」を忘れない限り、そこには平等が存在できる。 それが公で、サービスで、ウィンウィンなのである。 「韓国の病気が治せる薬」とは、「平等の概念」だと、シンシアリー氏は言う。 日本は、「和」という名のもと、人の平等を考える国であり、それは誇るべき日本と日本人の品格だと述べている。 儒教は人を不幸にする教えだと、改めて感じた。 まだ第一章しか読んでいないが、十分堪能できた。 追記:このレビューは、投稿してから46時間後にやっと掲載された。 昨年の6月にも丸2日たってやっと掲載されたケースがあり、Amazon に問い合わせたが、納得できる返答はなかった。 そのため貸付時は貸 す側が上に立つが返済時には返す側が上に立つということが起きる。 そう、ある日本旅行中のことだ。 車両広告が目にとまり心を打たれたという。 タバコに関するマナー であろうが、それ以上のものを受け取っている。 全くの同感である。

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“『楽韓Web』、『【韓国の反応】みずきの女子知韓宣言』、『シンシアリーのブログ』あたりは、いずれも韓国の報道ないしウェブの書き込みなどとブログ管理人の独自の見解が組み合わさった、非常に良質なサイトです。

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作品紹介・あらすじ 【緊急出版!】 日本人が激怒した「徴用工」最高裁判決の影響は、日本企業の韓国内の財産差し押さえの警告にまで及ぶ。 それを阻止する方法を、「法」と「史実」から冷徹に分析! 「併合は合法」の動かぬ証拠がここに! シリーズ累計58万部突破! 【目次】 第一章「徴用工裁判」の策略 第二章 韓国歴代大統領と「基本条約」 第三章「強制徴用」被害者数を見積もる 第四章 本格化する日韓「国際世論戦」 第五章 併合は「合法」である ・併合時代後に唐突に出てきた「強制徴用」「強制動員」「日帝強占期」 ・「基本条約」があるかぎり、責任は日本ではなく韓国にある ・子供新聞に掲載された社説「強制徴用認めず駄々こねる安倍」 ・英国の国際法専門家、クロフォード・ケンブリッジ大教授の主張 ・「徴用」に関する問題で、なぜ「慰謝料」にだけ言及したのか ・韓国人が驚喜した「『時効』が存在しない」判決 ・日本は「基本条約」に則って朝鮮半島に所有していた莫大な資産も諦めた 【著者プロフィール】 シンシアリー(SincereLEE) 1970年代、韓国生まれ、韓国育ちの生粋の韓国人。 歯科医院を休業し、2017年春より日本へ移住。 母から日韓併合時代に学んだ日本語を教えられ、子供のころから日本の雑誌やアニメで日本語に親しんできた。 また、日本の地上波放送のテレビを録画したビデオなどから日本の姿を知り、日本の雑誌や書籍からも、韓国で敵視している日本はどこにも存在しないことを知る。 アメリカの行政学者アレイン・アイルランドが1926年に発表した「The New Korea」に書かれた、韓国が声高に叫ぶ「人類史上最悪の植民地支配」とはおよそかけ離れた日韓併合の真実を世に知らしめるために始めた、韓国の反日思想への皮肉を綴った日記「シンシアリーのブログ」は1日10万PVを超え、日本人に愛読されている。 初めての著書『韓国人による恥韓論』、第2弾『韓国人による沈韓論』、第3弾『韓国人が暴く黒韓史』、第4弾『韓国人による震韓論』、第5弾『韓国人による? 韓論』、第6弾『韓国人による北韓論』、第7弾『韓国人による末韓論』、第8弾『韓国人による罪韓論』、第9弾『朝鮮半島統一後に日本に起こること』、『なぜ日本の「ご飯」は美味しいのか』『』(扶桑社新書)、『人を楽にしてくれる国・日本』、『朴槿恵と亡国の民』(小社刊)、著書は58万部超のベストセラーとなる。 「賠償」とは違法なことに対して払う償いの会のことです。 違法性が判断されてこそ成立する言葉で、だからこそ、裁判による強制的なものになります。 日本人が考慮して、お金を払うと言う事は、賠償でなく補償です。 ただ併合が違法であったという前提での判決であり、そもそもそこが間違いである。 右派は韓国と言う国家こそが韓民族の国家として相応しい存在としており、左派にとって韓民族の国家はまだ存在しません。 半分だけの大韓民国など、左派にとっては失敗作です。

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