いい子でいようとする。 いい子でいようとする子

アダルトチルドレン【親を許し、自分自身を生きる】いつも周りの気をうかがう「いい子」でした。親と合わない、よくぶつかっていました。

いい子でいようとする

をしている友人がにきてくれたときに、彼女が関わる小学校の児童の話を教えてくれました。 「先生も親も気づいていないんだけど、実は勉強もできるいい子が一番危ないんだよね」と。 26になる大人がぎくっとしたのを覚えています。 友人がから帰った後に、ネットで「いい子すぎて育った」とと、いい子症候群は要注意という記事をたくさん見つけ、そこに書かれていることの多くが自分に当てはまっていることを知りました。 多くの記事がいい子症候群の子どもへの対策を書いているのですが、いい子症候群のまま大人になってしまった人の状況と対策について書いた記事は少ないです。 今回は26歳にしていい子症候群であった・あると自覚した自分の現在の生きづらさと今後このいい子症候群とどうやって向き合っていけばいいかを書きたいと思います。 いい子症候群とは何か 「いい子症候群」とは、保護者のかたが思い描くような「いい子」でいようとするお子さまのことです。 お子さまはいい子でいようとして、自分の気持ちを抑えてしまうことがあります。 私はまさにこのいい子症候群の定義に当てはまるように感じます。 小中高校ではお勉強はでき、学級委員や議長なんかも務め、先生の言うことには従う、いわゆる優等生でいい子でした。 運動もそこそこできたので、自分は何でもできる子だと思っていました。 (大学に入学してだったことを知ったけれど) そして、親だけでなく先生や周囲の人が考える「いい子、優秀な子」になろうとして努力してきました。 そして勉強ができたり、運動ができたり、上手くクラスをまとめたりできたら「良い子だね、できる子だね」と褒められました。 そして褒められるのがとっても嬉しく、嬉しいからまた頑張ろうと努力が続けられました。 ネット上にはいい子症候群診断というサイトもあり、私はYesが7個あり、いい子症候群である可能性が高いという診断が下されました。 一方で大人になってからの自分についても当てはまることが多く、いい子症候群的要素を引きずって大人になってしまったように感じます。 上の記事にいい子症候群の特徴の1つに反抗期がないことが多いとありますが、私自身も反抗期がありませんでした。 弟が親に反抗しているのを横目で、なんで親の手にかかることをしているんだろうと思っていました。 家庭環境が劣悪だったわけではありません。 一方良い子だね、良くできるねと言われて育ったのと、年子の弟がいてお兄ちゃんとしてしっかりしないといけないという思いがあったのかもしれません。 ちなみに私は友達のお母さん方からの受けが良かったです。 お母さん方から、いつもてっちゃんは良い子ねと褒められてきました。 大人のいい子症候群の生きづらさ いくつかのサイトでも紹介されているものとかぶりますが、私が感じるいい子症候群の生きづらさをいくつか挙げたいと思います。 本来の自分が何をしたいかわからない 正直自分自身が何をやりたいのかわからないことが多いです。 人があれをやりたい、ここに行きたいと言ってくれると楽です。 いつも周りの人が求めるものを察して意思決定してきたような気がします。 で国際協力の仕事をするという選択をしている時点で、自分がやりたい道を突き進んでいるじゃないかと友人から言われました。 確かに自分で国際協力の道に進むことを決断し、に来るという決断をしたのですが、もしかすると人助けをするの仕事が尊敬に値するいい仕事であるというイメージをに感じ取りこの道に進んだのかもしれません。 強く感じるのが、何かの決断をするときに、 自分がやりたいことなのか、それが人に求められたことなのか判別することが難しいことが多いです。 傷つきたくない 常にいい子、できる、優秀だねと言われて育ったので、自分自身や自分のやっていることを否定されたくないという気持ちが強いように感じます。 敵を作って自分を批判されるのが嫌なので、誰とでもうまく接することはできます。 知りあいはとっても多い一方で、自分が思っていることを腹を割って言いあえる友人はほとんどいません。 また失敗することに慣れていません。 失敗して傷つくのが怖いです。 いつも失敗する手前であきらめるか失敗を失敗とみなさないようにして生きてきたような気がします。 感情が上手く表せない 上の傷つきたくないに関わるのですが、感情を上手に表すのが苦手です。 特に何か嫌なことが自分に起こっても怒ることが苦手です。 言い争うのも苦手です。 自分の気持ちに従って気持ちを表すということに慣れていないからです。 感情を表すというより我慢してしまうことが多いです。 今後いい子症候群とどう向き合っていけばよいか 多くの記事がいい子症候群を問題視して、大人になってから多くの問題を引き起こすと警告しています。 就職してもすぐ辞めたり、ミスを上司のせいにするなどの新型うつの原因にもなると書いてある記事もあります。 そして周囲の声ではなく、自分の声に耳を傾けられるようにするべきだと主張しています。 ある記事には 自分が 心の中につくりだした「親」の目から解放される必要があります。 と書いてありました。 確かに、人がどう思うかではなく、自分が何をしたいか心の声に従って意思決定ができるようになりたいと思っています。 一方で26年間そういう生き方をしてきた自分が完全に自分の声だけに従って決断をくだせるようになるのは現実的には難しいです。 どうしても先生や周囲の意見が気になってしまうのです。 また上でもちらっと書きましたが、そもそも自分がやりたいことなのか・他人が求めていることなのか判別することも難しくなっています。 その場合は自分のやりたいことを見つけ出すのも一苦労です。 さらに言えば、人の気持ちを考えられるのは良いことでもあると思うのです。 いい子症候群を問題視しすぎるのではなくて、まずはそうやって生きてきた自分を肯定する。 そして自分の心の声に徐々に耳を傾けて、いい子症候群とも上手に向き合っていく。 そんな生き方が重要なんじゃないかと思うのです。 私は大学を卒業してから、親元を離れて異国で孤独な日々が続いていますが、これは自分の声に耳を傾けるいい機会かもしれません。 親や尊敬する先生も近くにおらず、日本社会のように周りにきょろきょろしなくていいので、 自分のwantを真の意味で見つけ出すことができるかもしれません。 国際協力の仕事もにはいい自分を演じるための道具的な側面があったのかもしれませんが、 自分が解決したい課題は何か、やりたい仕事は何か、 リトルてっちゃんの声の存在にも気づいていけたらなと思います。 大人、大人と書いたけれど、まだまだ自分は成長の過程なんだろうと思いました。 kenyamatecchan.

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大人になって「いい子症候群」であることを自覚した

いい子でいようとする

学校であった事、困ったこと、悲しかった事、いろいろあるんだけど、どうでもいいようなことは、帰りの車の中でいろいろと話してくれる凛。 だけど、たまに1週間前、数日前のことを突然話始めることがあるんです。 そういう時はたいてい、いつもよりも深刻な内容が多いです。 今日も、いきなり、いつの事かも分からないようなことを話始めました。 学校でお友達と遊びたいとき「Let's play」と話かけたら、ある先生が「それはいい言い方じゃない」と注意されたとか。。。 おそらくちがうように聞こえたか、先生の勘違いだと思いますが、そのことをずっと悩んでいたようです。 それから、塗り絵の時に他の子に「凛のはグチャグチャだ」とからかわれたことも話してくれました。 まず、そういうことはその日のウチにマミーに言って欲しいと伝えました。 「Let's play」に関しては、全然問題ないので先生の勘違いだと思うので、先生に週明けにお話をしておくと伝えました。 塗り絵については。。。 凛は几帳面な性格なので、他の子が指摘するほどひどい塗り方をしていたとは思えません。 なので、マミーは凛がグチャグチャに塗っていたとは思わないし、「じゃああなたのを見せて」とか「グチャグチャじゃないよ」と言い返しても良いよと伝えました。 そうしたら、言い返していたら先生にタイムアウトにさせられる。。。 ということを心配していました。 正しい事、自分を主張するために意地悪ではなくて言い返すことは悪い事ではないので、尻込み必要はないし、それで先生の誤解を受けて「タイムアウト」になったとしても、マミーは言い返せた事を褒めてあげるよ、と伝えました。 タイムアウトをされても、褒めてくれるとうい事にすごく衝撃を受けたようでした。 自分が正しいと思うときは戸惑わず主張しなさい!! それで怒られたときはマミーが先生に説明してあげる!! 学校でいい子でばっかりいようとしなくてもいいの、それがいつも正しいとは限らないよ。 ダディーもマミーもいつも凛の味方だよ、だけど、人を傷つけようと思ってわざと意地悪をしたり、本当に間違ったことをしたら、思いっきり怒るよ。 そう伝えると「え、本当?」と不思議そうでした。 タイムアウトを極度に恐れていたのは知っていたけどね、なかなか自分の本当の気持ちをお友達や先生に伝えられずにいるんだなと思いました。 夏が終わるとキンダーガーテンで、新しい環境、新しい先生。 もっと学校らしくなるので、ケアが行き届かないこともあるかも知れません。 なので、今日の凛との会話ができたこと、すごく良かったなと思います。 いつも子供に寄り添っていたいと思った出来事でした。

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A型女子の特徴7選♡ A型女子と相性のいい血液型や面倒なA型女子との付き合い方も

いい子でいようとする

(長文です) ご質問をいただきました。 ・・・ いつも周りの気を伺って いわゆる「いい子」でいようとする子どもでした。 また、母と合わない、というかよくぶつかっていました。 今は離れて暮らしているのでほとんどぶつかることはありませんが 考え方や行動が許せないと思う場面はこれまでもよくありました。 親子関係はとても淡泊で、帰省は1~2年に1度 電話もお互いほとんどかけないため年に話をするのは数回程度です。 ・・・(2017年1月7日 12:02) 「みんなちがって みんないい」が認めないとあらゆる人間関係はぎくしゃくする あらゆる人間関係において「みんなちがって みんないい」が認めれないとやがてその人間関係はぎくしゃくしたものになります。 それは避けられません。 みんな自分自身でいたいからです。 みんな自分自身の人生を生きたいのです。 それはすべての人にある永遠の魂の欲求です。 それをずっと押さえつけ続けることはできません。 それは常に本当の自分を生きはじめるまで自分の胸のドアを叩き続けるからです。 それは親子関係でも、恋人同士でも、夫婦でも、友人同士でも同じです。 あらゆる人間関係に当てはまります。 お互いに「自分自身」であることを認めないとあらゆる人間関係はぎくしゃくします。 「いい子」でいようとしてきた人は多い さて、あなたは、いわゆる「いい子」でいようとする子どもでした。 別に珍しくありません。 そんな人はいっぱいいます。 女性に多いです。 女性は穏やかな人間関係を愛します。 険悪になるくらいなら自分が引こうと考えがちなのです。 男性でもそんな人は多いですね。 さて、あなたの親御さんです。 あなたに「いい子」でいることを求めました。 それはあなたの親御さんにとって、それがあなたに対する最高のアドバイスに思えたからです。 「いい子」に勉強し、「いい子」で入試に合格し、「いい子」でいい成績をとり、「いい子」でいい就職をする。 それがあなたにとって一番幸せだと信じたのです。 彼らはそれ以外の選択を思いつくことができなかったのです。 なぜなら自分がそうだったからです。 自分はそうしてきて、ここまで人生を生きてきた。 だからあなたにもそれを求めたのです。 幸せになって欲しかったんですよ。 「あなたに干渉する」考えや行動が許せない 親の「考え方や行動が許せないと思う場面はこれまでもよくありました。 」 なぜある考え方や行動が許せないのか。 あなたは・・・。 あなたについて、あれこれ言ったり、決め付けたり、制限したり、ある行動をとるべきだと言ったり・・・まあ要するに「あなたに干渉する」考えや行動が許せないのです。 それ以外のことはどうでもいいですよね。 親が何を食べようが、どこに出かけようが・・・ ただ「自分に干渉される」ことがイヤなのです。 誰でもイヤですよ。 本当に自分になれないからです。 だからあれこれ干渉してくる親をうっとうしく感じるのはあたり前なのです。 すべての人に共通する思いです。 親だけではありません。 あれこれ干渉してくる夫、妻、恋人、友人・・・すべてうっとうしくなります。 そういう人の言うことを聞いていたら自分の人生を生きられないからですよ。 だから人間関係をスムーズにするコツはお互いに「みんなちがって、みんないい。 」を認めるしかありません。 だからそれを認め合っている人間関係は長続きします。 昔の同級生などは、その人がどんな仕事をし、誰とつきあい、結婚し、子供をどう育てようがお互いに干渉しませんよね。 「みんなちがって、みんないい。 」をお互いに認め合っています。 ですからそういう関係は長つづきするのです。 親は「自分自身である」人生を生きたことがない だから親子関係においても、親は最大限に「この子らしい人生とは何か」を応援してあげれば何も問題が起こらないのです。 しかし、「自分自身である」人生を生きたことがない人にとってこれは非常に難しいのです。 「いい子」にして人の期待に応えれば生活できる、幸せになれると信じているのです。 自分の人生がそうだったからです。 それ以外の生き方がわからないのです。 「この子らしい」生き方をさせてしまったら、この子は絵ばかり描いているかもしれない、歌ばかり歌っているかもしれない、野山を探検ばかりしているかもしれない・・・ そんなことじゃ生活できないぞ! ちゃんと「いい子」にして勉強しなさい! 自分のやりたいことをばかりしていないで「いい子」にしなさい。 エライ人にほめられ、認められる人になりなさい。 それがこれまで親が経験してきた処世訓なのです。 人生哲学なのです。 自分がその経験しかありませんから、それ以外の「自分自身である」生き方など想像もできないのです。 だからあなたに「いい子」であることを求めてきました。 彼らに悪気はありませんでした。 それは彼らに理解できるあなたに対する最大限の思いやりでした。 そして、それはあなたにとってもいい選択に思えたのです。 「いい子」にしていれば、親ともトラブルはない。 時々、ご褒美もくれる。 学校の先生も褒めてくれる。 まんざらでもなかったのです。 あなたが「いい子」でいようとすることを選択した だからあなたは「いい子」でいようとすることを選択しました。 それはあなたの選択です。 「いい子」でいようとすることを選ばない子もいますから。 私なんかは典型的な後者です(笑) 父親にはさんざん反抗しましたからね。 母親には反抗する必要はありませんでした。 母親はどういうわけか「みんなちがって、みんないい。 」の人でしたからね。 私がどれだけわんぱくしても何も言いませんでした。 しかし、「いい子」だけでは誰の魂も決して納得しないのです。 人の期待に応えるだけじゃ納得しないのです。 それじゃ永遠の召使です。 いやいや働くなら永遠の奴隷です。 社畜という言葉もありますね。 ただ「生活するだけ」なら「いい子」を演じ続けて、給料をもらうことは、これまではとてもいい戦略でした。 「いい子」にはそれなりのご褒美もありました。 「いい子」で人の期待に応える生き方は機能しなくなってきた しかし、最近は困ったことが起きてきました。 ただ「生活するだけ」に満足できなくなってきたのです。 雨露しのげる場所もある。 服もある。 スマホもテレビもある。 生活するには何も困らない。 でも何かが足りない。 そうだ!「自分自身」がなかった! すべて「人の期待」に応えて生きてきた。 そしてもう一点。 「人の期待」に応え続けることしかできない人は生活にも困る人が出てきました。 現在は非正規雇用の人が4割を越えました。 いくら「人の期待」に応えることができても、そういう人はどんどん替えがきくのです。 別にあなたじゃなくてもいいよ、と言われてしまうのです。 だから「人の期待」に応える仕事の単価は競争原理が働き下がる一方です。 「人の期待」に応えるだけでは生活がジリ貧です。 そうだ!「自分自身」がなかった! 衣食住が子供のころから満たされた人は、もうそれだけでは満たされていない自分に気づいています。 もう欲しいモノはあまりありません。 「人の期待」に応え続け「いい子」を演じ続けるのも、うんざりです。 そうだ!「自分自身」がなかった! 自分自身でありたい。 それが切実な問題になってきている人がたくさんいます。 「自分自身」でありたいと思うことはとても贅沢品です。 生活に追われ、食うや食わずの人は生きるのに必死でそんなことに関心はありません。 衣食住が満たされて、欲しいものがなくなり、初めて「自分自身」がなかったことに気づくのです。 どれだけモノがあっても、生活に困らなくても「自分自身」がない虚しさに気づくのです。 それが感じられるということはともて贅沢なことです。 親は「生活」より「自分自身」が大切であることなど思いもよらなかったからです。 あなたは親が許せないのでなく「自分自身」になろうとしない自分が許せない ここで私はあなたの親を弁護します(笑) 親は親なりにベストを尽くしました。 あなたは今自立して自分の生活を営んでいます。 もし自立していなければ親が「あなたに干渉する」ことを受け入れざるを得ない場合があります。 親がいまだにあなたのスポンサーであれば、スポンサー企業があれこれ注文をつけるのは当然のことです。 だってスポンサーなんだから! しかし、もうあなたは親から完全に自立した生活を営んでいます。 それは親が教えてくれた「いい子」ちゃん戦略がよかったからですよ。 だから自立した生活が送れ衣食住に困っていません。 しかし、親にとっては衣食住が満たされたあなたが、「何か足りない」と感じることは想定外だったのです。 そして、もうあなたは親が「あなたに干渉する」ことなく生活できるのです。 実際そうしています。 親はもうあなたには何の影響力もない 親はもうあなたには何の影響力もないんですよ! もし親があなたに何かを言って来ても馬耳東風でいいんですよ。 「はい。 そうね。 また来年のお正月!もし帰れたら帰るわね~ 元気でね~」 それでいいんです。 自立して生活を営んでいる大人に親は影響を与えることはできません。 だからかわいそうな親を許してあげてください。 何を言われてても「しょうがないなぁ」ですよ。 しょうがないんです。 「みんなちがって、みんないい。 」んです。 親も違っていいんです。 あなたも違っていいんですよ。 あなたがあなた自身であることを妨げているのはあなただけ 実際には自立した子供には親は何の影響力も持っていません。 もし親があなたに影響力を行使できるとしたら、あなたが親に何かを期待している時だけです。 住宅資金を援助して欲しいとか、教育資金を援助して欲しいとか、遺産が欲しいとか・・・そういう時は彼らはあなたのスポンサーだから、スポンサーの意向に従わないとね。 自分が誰かに何かを期待していなければ、相手は自分に何の影響力も行使できません。 確かに親はあなたに「いい子」になるよう躾けてきたかもしれません。 あなたが子供の時は、親は絶対的なスポンサーですから、彼らの意向に従わざるを得ないのは無理もないことでした。 しかし今、もう親はあなたのスポンサーではないのです。 あなたはもう親の意向に左右されない存在なのです。 あなたがあなた自身であることを妨げているのはあなただけです。 あなたが気にしなければ親の影響はその時終わる 過去のことがあなたに影響し続けるのは「あなたが気にしている」時だけです。 あなたが許せないときだけです。 それはもう相手の問題ではありません。 もう相手はあなたに何の影響力ももっていないのですから! 彼らがあなたに影響を与えている理由は「あなたが気にしている」ことだけです。 どうすればいいのか? 気にしなければいいんですよ!(笑) なぜなら「あなたが気にしている」こと以外にあなたに影響を与えることはできないからです。 それに気づくだけです。 あなたがすべきことは今の現実の中で最大限「自分自身」を表現していくこと あなたがすべきことは何か? あなたに影響力のない人のことをうじうじ考え続けることですか? それが好きならそれはあなたの選択です。 「みんなちがって、みんないい。 」のですから、あなたは好きなだけ誰かのことをうじうじ考えればいいです。 そんなことをしても自分の現実は何もよくならないと気づくまでそうすればいいのです。 さて、もう自分に影響力のない人のことをうじうじ考えてもしかたがないことに気づきました。 自分のかけがえのない貴重な時間、自分の人生で何をするのか。 今の現実の中で最大限「自分自身」を表現していくためにはどうしたらいいか? ということを考えるのですよ! それがあなたが本当にしたかったことです。 それが「自分自身」になるということなのですよ! 自分に影響力のない人のことをうじうじ考えることは「自分自身」になるということとは一切関係ないことなのです。 それはあなたのしたいことじゃないんですよ! 自分に影響力のない人のことをうじうじ考えること自体が、あなたが「自分自身」になることを妨げているのです。 なぜなら、その人のことを考えている時間、「今の現実の中で最大限「自分自身」を表現していくためにはどうしたらいいか?」を考えることができないからですよ。 だから、その人のこと考えること自体が、あなたが「自分自身」になることを妨げているのです。 あなたが「自分自身」になれない、そのイラ立ちは、自分自身の「思考の選択」にあったのです。 そして、自分に可能な最大限の時間を「今の現実の中で最大限「自分自身」を表現していくためにはどうしたらいいか?」を考えるために使うのです! その時、おちつちて世の中を見渡し、あらゆる選択肢を検討してください。 ブレーンストーミングです。 なぜそのことをリアリティを持って感じるのか。 あなたがそれをしたくてたまらないからです。 そうある自分が生き生きと自分らしく感じられてしかたがないからです。 あなたが自分自身の選択としてリアリティをもって感じないことはあなたの人生に起こることはありません。 あなたがそれを選んでいないからです。 世界中から最もあなたが生き生きして、リアリティを感じる現実を選んでください。 世界中からあらゆる選択肢を検討して、これが自分の人生!というものを選んでください。 そういうことを思考しはじめて、初めてあなたは「自分自身」を生きはじめるのです。 それ以外は、あの溜まった仕事をどう片付けるかとか、あの支払いはどうするのかとか、そんな「生活」のことはどうでもいいのです。 それはどうにかなってきたのです。 これからもどうにかなります。 人類はすべてどうにかなってきたのです。 戦中戦後の大混乱もどうにかなったのですよ!あなたはみんなその生き残りの子孫です。 まあでも現実があるのもわかります。 だから「今の現実の中で最大限「自分自身」を表現していくためにはどうしたらいいか?」を考えるのです。 それがチャレンジなんですよ! これ以上にやりがいのあるチャレンジがどこにありますか? 「今の現実の中で最大限「自分自身」を表現していくためにはどうしたらいいか?」を考えるのです。 考えたら書きとめてください。 言葉にするのです。 私はこういう人間だ。 これが私の人生だ。 そう自分自身に宣言してください。 そしてそれを「今の現実の中で最大限「自分自身」を表現していくため」の行動を起こすのです! 素晴らしい! 世界中に存在するあらゆる選択肢の中で、最もワクワクし、最も自分が生き生きすることを「今の現実の中で最大限「自分自身」を表現していくため」にチャレンジを始めるのです! これこそが人生最大の冒険です! もっともやりがいのある仕事です。 それ以外にあなたの人生に意味ある思考も行動も存在しないのですよ! あとのことはどうでもいいのです(笑) すべての人に言ってあげてください。 「みんなちがって、みんないい。 」 あなたがそのような人生を生きるのはあなたの自由だ。 私は世界中に存在するあらゆる選択肢の中で、最もワクワクし、最も自分が生き生きすることを、「今の現実の中で最大限「自分自身」を表現していくため」にチャレンジをしはじめるぞ! それが私の人生だ。 それ以外に私には何の関心もない。 もし自立していない家族がいたらあなたに言うでしょう。 私はどうなるの? あなたがどのような人生を生きるのはあなたの自由だ。 と言ってあげましょう。 (もし子供なら)あなたが自立できるまで応援しよう。 それは私の喜びでもある。 それは私の選択だ。 あなたはあなた自身の情熱を見つけない! それを追い求めなさい。 私もこれからは自分自身の情熱を追い求め、「今の現実の中で最大限「自分自身」を表現していくため」にチャレンジしていく、あなたもうそうしなさい! 私は世界中に存在するあらゆる選択肢の中で、最もワクワクし、最も自分が生き生きすることを自分自身の人生で実現し、経験することほと楽しいことはないから! だからあなたもそうしなさい! もし自立していない大人の家族があなたに「私はどうなるの?」と言ったら・・・ その「今の現実の中で最大限「自分自身」を表現していくため」にチャレンジをしはじめることがあなたのテーマですよ!(笑).

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