弘道 会 野内 組。 『山口組』抗争激化…篠田組長出身の弘道会がある“名古屋が舞台”の恐れ「ヒットマン何回も名古屋に」の見方も

【野内組】弘道会/山口組

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指定暴力団・山口組ナンバー2の高山清司若頭(72)の出所から18日で1カ月。 「弘道会」の執行部体制が大きく動いた。 昇格や舎弟直り、引退など、計12人の新たな人事が発表され、執行部の刷新が行われた。 昇格に関しては、敵対勢力からの組員引き抜きや、一連の対立抗争における戦果など、山口組分裂後の動向が反映された人事と思われ、特に注目されたのが、抗争のキーマンといわれる「野内組」の野内正博組長の若頭就任。 野内組長は2年前、若頭補佐から統括委員長に就いて舎弟に直った。 今回の電撃人事ではナンバー2の地位である若頭に就き、竹内会長を「親」とする弘道会ファミリーの「子」で、なおかつ長男に当たる存在となった。 中野寿城若頭からバトンを受けた野内若頭が弘道会の指揮を執っていくのは明らか。 長野県飯田市では、当時、山口組の直系だった「二代目近藤組」 現・野内組傘下 と、神戸山口組系山健組傘下だった「三代目竹内組」 現・任侠山口組 が対立を繰り広げた。 平成27年10月には近藤組幹部が竹内組に移籍したとされる兄弟分の元幹部を射殺。 分裂後、初めて銃声が鳴り死者が出た。 その後も長野県では衝突が相次ぎ、平成28年1月には山口組系組員と神戸山口組系組員が中央道カーチェイスを繰り広げた。 さらに、山健組系組員の乗った車両が銃撃され、2月には乱闘も起きていた。 これらの事件には、常に野内組の名前が挙がり、射殺事件後、野内組は三代目となった近藤組を吸収し、勢力を拡大した。 平成28年5月には神戸山口組系池田組若頭が、弘道会系組員に射殺される事件があり、8月にはその返しをうかがわせる動きがあり、当時の山健組最高幹部たちが、野内組長や野内組幹部の暗殺を計画していたとする殺人予備の疑いで逮捕された。 野内組長自身が矢面に立ったのは、平成29年1月に京都で起きた六代目会津小鉄会を巡る騒乱で、野内組長が火付け役といわれ、同じ七代目会津小鉄会を名乗って、六代目山口組寄りと神戸山口組寄りに分裂。 神戸山口組の井上組長ら複数名が傷害などの容疑で逮捕され、野内組長も有印私文書偽造・同行使の疑いで逮捕された。 さらに「切り崩し」でも野内組は際立ち、昨年に山口組が離脱者の受け入れ期限を8月と定めて以降も、各組織で引き抜きが続行され、野内組には任侠山口組の最高幹部ら複数名が移籍した。 それが鮮明となったのが、今年4月に起きた山健組の與則和若頭が刺された事件。 野内組傘下組員らが殺人未遂容疑で逮捕された。 組員らは任侠山口組から移籍した西川純史舎弟率いる「二代目北村組」所属で、弘道会による山健組への宣戦布告とみられた。 新人事では他にも最高幹部が大きく変わり、中村英昭舎弟頭が最高顧問、福島康正舎弟頭補佐が舎弟頭、中野若頭が舎弟頭補佐に就任。 小松数男若頭補佐、大栗彰若頭補佐が舎弟に直り、室橋宏司幹部、遠藤輝幹部、小澤達夫幹部が若頭補佐に上がった。 さらに、中西新吾若頭補佐が本家室長に専念することとなり、「三代目髙山組」若頭でもある「三代目矢嶋総業」石原道明組長が若中から「幹部」に昇格。 また、顧問だった「浜健組」浜田健嗣組長が引退した。

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弘道会野内組組織図 関連動画

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日本最大の暴力団・山口組の抗争が、激しくなっている。 抗争では、住宅街でマシンガンが乱射されるなど、一般の市民も危険にさらされ、名古屋も抗争の舞台となる恐れが増している。 山口組の年末恒例行事「餅つき」に異変 年の瀬の12月8日、名古屋市南区にある山口組の傘下組織・「高山組」の事務所。 行われていたのは、年末の恒例行事「餅つき」だ。 全国から山口組の最高幹部らが集結した。 山口組「弘道会」の竹内照明組長 この餅つき、例年と決定的に違う点があった。 山口組の最高幹部が集まるこの行事、これまでは総本部を構える神戸市で開かれていた。 しかし「抗争状態」であるとして、警察から総本部などの使用を禁止する命令が出されていたため、名古屋にその舞台が移された。 山口組のトップ・司忍こと篠田建市組長。 名古屋市中村区にある「弘道会」の出身であることから、名古屋が実質的な本拠地となっている。 激化する山口組の対立抗争…引き金は「弘道会」 2015年の山口組分裂も、引き金となったのは「弘道会」だった。 篠田組長が、ナンバー2に弘道会出身の高山清司若頭を就任させるなど、人事を掌握。 この「弘道会体制」に不満を持った神戸市が拠点の「山健組」などが分裂し、「神戸山口組」を結成した。 止まぬ銃声…繰り返される報復 分裂以降、衝突を繰り返してきた2つの組織。 この数ヶ月で抗争の激しさ、そして頻度が増している。 2019年4月、神戸市で神戸山口組「山健組」の最高幹部が包丁で刺され大けがをし、山口組系の組員2人が逮捕された。 そして、その4か月後の8月には、神戸市内で山口組傘下の組員(51)が拳銃で撃たれ、一時意識不明の重体に。 殺人未遂の疑いで山健組の組長が逮捕された。 さらにその2ヵ月後の10月には、山口組側が報復。 神戸山口組系の組員を銃撃。 2人を殺害したとして逮捕者が出た事件も起きた。 ジャーナリストが語る抗争激化の背景は「高山若頭=六代目山口組」 山口組を長年取材してきた、ジャーナリストの鈴木智彦さん。 抗争激化の背景には「1人の男の存在」が大きく影響しているという。 暴力団業界に詳しいジャーナリストの鈴木智彦さん: 高山若頭がイコール山口組なんだという、六代目山口組ですよね 山口組のナンバー2・高山清司若頭(72)。 2019年10月、6年の刑期を終え、東京の刑務所を出所した。 暴力団関係者によると、高山若頭は分裂抗争について、かねてから「山口組を一本化する」と話していたという。 高山若頭は出所後、中核組織である「弘道会」のナンバー2に、武闘派として知られる傘下組織の野内正博組長を昇進させるなど、神戸山口組に対して強い姿勢で臨むよう指示しているという。 そして、出所から1か月後の2019年11月、兵庫県尼崎市で、神戸山口組の幹部が銃撃され即死。 犯行に使用されたのはアメリカ軍で使われている自動小銃で、30発近くも発射されたとみられている。 現場は住宅街にある中華料理店の目の前で、市民が多く行き交う夕方の犯行だった。 暴力団の抗争に巻き込まれる市民…過去には死者も 山口組の抗争をめぐっては1997年、神戸市で当時の若頭が射殺された事件で、流れ弾が当たり、一般市民の男性が犠牲になった。 かつては名古屋でも対立抗争があった。 1985年、守山区のゴルフ場で組員2人が銃撃。 翌1986年には、千種区のファミリーレストランが抗争の舞台となるなど事件が相次ぎ、街は不安に包まれた。 市民が巻き添えとなった対立抗争の舞台が名古屋となる恐れがあるのは、今回も例外ではない。 「餅つき」から3日後にも名古屋に集まった山口組幹部…愛知県警も取り締まりを強化 12月11日にも、名古屋市内の組事務所に集結した高山若頭をはじめ山口組の幹部。 ジャーナリストの鈴木智彦さん: ヒットマンは、偵察だったら何回も名古屋に来ているはずです。 名古屋を舞台にしたいんですよ。 ヒットマンは走って回ってターゲットを探して、必ずここだという場所を決める。 そうなると住宅街にある愛人宅ですよね。 若しくは他団体の抗争で多かったのが病院ですね。 彼らの独善的な論理では、流れ弾が当たりにくいということだと思いますね 市民への影響が懸念される対立抗争は1月7日、新たな局面を迎えた。 愛知県公安委員会などが、「山口組」と「神戸山口組」を暴力団の活動に強い制約を課すことができる「特定抗争指定暴力団」に指定。 決められた警戒区域内で組員が5人以上で集まったり、組事務所を使ったりすることも禁止され、違反した場合には逮捕される。 特定抗争指定区域となったのは、兵庫県神戸市や名古屋市など関西から東海地方にかけての8か所。 愛知県警 後藤和宏本部長: 弘道会などの取り締まりを一層強化し、暴力団の活動基盤に大打撃を与える 警察の威信をかけた対策「特定抗争指定」は、対立抗争を終結に導くことはできるのだろうか。 ジャーナリストの鈴木智彦さん: 特定抗争指定されたらこんなに大変で、だったら(組が)つぶれるよりはいいよねということで、どこかで折衷案を出してくるのだと思うんですよね。 (山口組側は)特定抗争になってからが勝負と思っているはず。 特定抗争だろうが最後まで戦うということになれば、これはもう新しいステージに入ったということで、どうなるか分からないです.

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任侠山口組内でクーデター勃発。有力4組織が弘道会野内組に移籍。

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その返しとして稲川会系上州田中一家馬場組傘下のブラッドが弘道会系野内組系栗山組に押しかけました。 さらにブラッドは栗山組に火炎瓶を投げつけて事務所を燃やしています。 栗山組は群馬県太田市新井町81-17に本部を置く暴力団で、六代目山口組の四次団体です。 上州田中一家は群馬県太田市岩松町142-3に本部に置く暴力団で、稲川会の二次団体です。 最近芸人で大阪から東京に進出している人が多いけど、東京向きってあるよね。 NHKクローズアップ現代でやっていた「貧困暴力団」を見ました。 nhk いま歌舞伎町で住吉会幸平一家や極東会などと揉めているスカウト会社ナチュラル社長の木山兄弟の背後に公安 山口組弘道会系の藤島組の小川総業の部屋住み組員加賀谷保氏が弘道会の神戸連絡所(神戸市中央区)で3発撃 1988年、1989年の名古屋アベック殺人事件、綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人事件も黒幕としてCI 六本木では、元暴力団組長の倅が経営する店にライバル店のキャッチ十数人が乱入して暴行を働いた。 麻布署が 大宮のキャバクラ「ピーチジョン」の経営者で住吉会の男性がキャバ嬢や客にコカインを無理やり吸わせていた 最近は男性ヤンキーの間でフェンディとグッチが大流行しているそうです。 ちょ 住吉会幸平一家聡仁組と稲川会山川一家内堀組が抗争勃発したようです。 2002年3月4日神戸商船大学大学院生の浦中邦彰さんが道で目が合ったと因縁をつけられて神戸山口組の西.

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