上原美佐。 上原美佐(うえはら・みさ)「隠し砦の三悪人」(1958年)《雪姫再び、其之弐》 : 夜ごとの美女

上原美佐(うえはらみさ)のAV女優情報

上原美佐

0 「隠し砦の三悪人」上原美佐 上原美佐という、まったく無名の新人がお姫様役として抜てきされた。 その上原美佐が経歴詐称で騒がれたことがあった。 この作品でお姫様役が一般から募集され、上原美佐という、まったく無名の新人が抜てきされ主演した。 このときの彼女の役はあまりセリフもなく、黒澤監督の演出のせいもあって、ボロも出さず、大いにイカス新人として注目された。 なにしろ彼女は徳川義親元侯爵が、孫娘のようにかわいがっていた遠縁の娘ということだった。 当時「隠し砦の三悪人」の記者会見の席上、黒澤監督とともに上原美佐、そして徳川義親が同席して「上原は遠縁にあたります」といったのだから、保証付きである。 彼女の風貌も、いかにもおっとりしているし、まがうことなく貴き家の出と感じさせたものだ。 ところが、記者会見後、旬日を出でずして「上原さんは徳川家との血のつながりがなく、将軍家の孫娘は私の方です」という娘さんが名乗りをあげ、上原美佐の前歴、いや毛並みに横ヤリが入った。 名乗り出た直系のお嬢さんは、徳川義親の実兄の孫娘・徳川和子さん。 彼女はその春まで宝塚に席をおき、雪組で葵美津子として三年間舞台を踏んでいた。 「おじさまが上原さんを縁続きだといって応援してくれるなら、なぜこの私にもやってくれなかったのかしら—-」、と、いうエゴイズムが、和子さんの胸をふるいたたせた。 「上原さんは良く知っております。 あの人が抜てきされたことについては別に何とも感じていません。 でも、徳川の遠縁だとか、孫だとかいうのだったら、そんなことはゼッタイないといいきれます。 おじさまが可愛がっていたのは事実です。 それを利用するのはイヤな話です」和子さんの母親・徳川喜和子さんは芸能界のことは知らないので、この問題はただ笑っているだけ。 では上原美佐は一体何者? 昭和12年3月生まれ、当時20歳。 福岡女子高校から文化女子短期大学に学び、在学中から校長の徳川元侯爵にかわいがられ、卒業後、上京すると徳川宅に泊まり、徳川さんの行く先々に付いてまわるほどだった。 そのため徳川家の孫娘のように思われ、名古屋での試写会で東宝プロデユーサーにスカウトされ、「隠し砦の三悪人」のヒロインに決まったのだった。 活動屋の面目躍如といえようか。 収まらなかったのは本モノたち。 彼女はいわば静かなるドライ娘であったのだ。 そんな話題もあった「隠し砦の三悪人」だったが、上原美佐は、あの少しかん高い声で難しいセリフや演技を良くこなした。 黒澤監督が「気品と野生の二つの要素がかもしだす異様な雰囲気」で採用したと言うが、その意図が良くわかった。 作品は昭和33年の興行収入ベスト・テン5位と健闘した。 その後上原美佐は、一躍スターとなり、「戦国群盗伝」「独立愚連隊」「日本沈没」などに出演するが、「私には女優としての才能が無い」と言って、2年であっさりと引退してしまった。 平成15年、66歳で他界している。 Filed Under: , Tagged With: , , Primary Sidebar.

次の

press.prosperity.com: 隠し砦の三悪人: 三船敏郎, 上原美佐, 千秋実, 藤原釜足: generic

上原美佐

0 「隠し砦の三悪人」上原美佐 上原美佐という、まったく無名の新人がお姫様役として抜てきされた。 その上原美佐が経歴詐称で騒がれたことがあった。 この作品でお姫様役が一般から募集され、上原美佐という、まったく無名の新人が抜てきされ主演した。 このときの彼女の役はあまりセリフもなく、黒澤監督の演出のせいもあって、ボロも出さず、大いにイカス新人として注目された。 なにしろ彼女は徳川義親元侯爵が、孫娘のようにかわいがっていた遠縁の娘ということだった。 当時「隠し砦の三悪人」の記者会見の席上、黒澤監督とともに上原美佐、そして徳川義親が同席して「上原は遠縁にあたります」といったのだから、保証付きである。 彼女の風貌も、いかにもおっとりしているし、まがうことなく貴き家の出と感じさせたものだ。 ところが、記者会見後、旬日を出でずして「上原さんは徳川家との血のつながりがなく、将軍家の孫娘は私の方です」という娘さんが名乗りをあげ、上原美佐の前歴、いや毛並みに横ヤリが入った。 名乗り出た直系のお嬢さんは、徳川義親の実兄の孫娘・徳川和子さん。 彼女はその春まで宝塚に席をおき、雪組で葵美津子として三年間舞台を踏んでいた。 「おじさまが上原さんを縁続きだといって応援してくれるなら、なぜこの私にもやってくれなかったのかしら—-」、と、いうエゴイズムが、和子さんの胸をふるいたたせた。 「上原さんは良く知っております。 あの人が抜てきされたことについては別に何とも感じていません。 でも、徳川の遠縁だとか、孫だとかいうのだったら、そんなことはゼッタイないといいきれます。 おじさまが可愛がっていたのは事実です。 それを利用するのはイヤな話です」和子さんの母親・徳川喜和子さんは芸能界のことは知らないので、この問題はただ笑っているだけ。 では上原美佐は一体何者? 昭和12年3月生まれ、当時20歳。 福岡女子高校から文化女子短期大学に学び、在学中から校長の徳川元侯爵にかわいがられ、卒業後、上京すると徳川宅に泊まり、徳川さんの行く先々に付いてまわるほどだった。 そのため徳川家の孫娘のように思われ、名古屋での試写会で東宝プロデユーサーにスカウトされ、「隠し砦の三悪人」のヒロインに決まったのだった。 活動屋の面目躍如といえようか。 収まらなかったのは本モノたち。 彼女はいわば静かなるドライ娘であったのだ。 そんな話題もあった「隠し砦の三悪人」だったが、上原美佐は、あの少しかん高い声で難しいセリフや演技を良くこなした。 黒澤監督が「気品と野生の二つの要素がかもしだす異様な雰囲気」で採用したと言うが、その意図が良くわかった。 作品は昭和33年の興行収入ベスト・テン5位と健闘した。 その後上原美佐は、一躍スターとなり、「戦国群盗伝」「独立愚連隊」「日本沈没」などに出演するが、「私には女優としての才能が無い」と言って、2年であっさりと引退してしまった。 平成15年、66歳で他界している。 Filed Under: , Tagged With: , , Primary Sidebar.

次の

「隠し砦の三悪人」の上原美佐が履歴詐称 (昭和33年)

上原美佐

上原美優プロフィール 出典; 名前:上原美優 生年月日:1987年5月2日 身長:152センチ 職業:グラビア・タレント 事務所:プラチナムプロダクション 10人兄弟の末っ子として産まれ、貧乏アイドルとして大活躍しました!! 上原さんの、幼少期はかなり過酷なものでした。 この生活は、過酷すぎですよね。 でも、凄く立派な方だったようで、家族を楽にさせてあげたいと芸能界デビューをしました。 しかし、彼女を待ち受けていた芸能界の実態は、甘いものではありませんでした。 少なすぎる給料 出典; グラビアでも活躍、レギュラー番組も多くもっていた上原さん。 しかし、上原さんの給料は働いても働いても上がる事はなかったそうです。 噂では 15万程しかなかったそうです。 レギュラー番組も抱えてて15万はかなり少なすぎますよね。 これでは、仕送りもできないと悩んでいたそうで… 辞めたいと言っても「今まで、投資した金を返せ」と、脅されたらしく辞める事もできなかったそうです。 なんと、上原さんの事務所プラチナムは、暴力団の 関東連合との関わりが深かったのです。 これだと、何も強く言えなかったのかもしれませんね… 上原さんのマネージャーも関東連合の方だだったそうです。 しかし、上原さん強面の方がタイプだったそうで。 お付き合いしてた方は、かなり恐ろしい方でした。 スポンサーリンク 元関東連合リーダーが彼氏! 出典; おおっ。 かなり強面。 怖すぎます… 上原さんは、元関東連合リーダーの石元太一さんに、相当惚れこんでいたそうで… 石元太一さんといえば、 『海老蔵事件』= 海老蔵さんは、飲食店で石元さんに絡み酒をし、石元さんが連れていた伊藤リオンから、暴行を受け、大けがを負った。 出典; 『六本木クラブ襲撃事件』= 六本木クラブで客として、訪れていた藤本亮介さんが関東連合のメンバーらによって人違いで撲滅された。 石元被告は、実行には関わっていなかったものの、報復のために自らの影響力で後輩を操り、事件発生に最も影響を与えた人物であるとして懲役22年が求刑されています。 出典; そして、芸能界では 『上原の周りには危ない人が多いからあまり親しくならない方がいいよ』 と、言われていたそうで、上原さんは避けられ芸能界ではなかなか友達ができなかったそうです。 トラブルを、多く起こした石元さんとは別れましたが大好きな人を失い相当落ち込んでいたそうです。 しかし、大物芸人は上原さんに目をつけました! 伸助が原因で自殺!? 出典; 「周囲は警戒して近づいてこないのに、伸助は接近してくる。 二人が親しい仲に発展していったことは、テレビ界では有名でした テレビ関係者 」 島田紳助さんは、暴力団とも関係があり、お気に入りの共演者に手を出す事で有名だったそうです。 これが、実際に起こっていたなら上原さんは相当芸能界の闇によって苦しんでいたんですね。 まとめ 全て、噂にすぎないのでほんとの事は本人に分かりませんが… 原因の1つには、関東連合の関わり、島田紳助さんの事があったのかもしれませんね。 上原さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。 スポンサーリンク.

次の