馬と鹿 歌詞 意味。 米津玄師

【馬と鹿】米津玄師の新たな神曲&真骨頂!歌詞の意味を真剣考察

馬と鹿 歌詞 意味

元はハチというボカロPとして活動していましたが、その後本名の「米津玄師」として活動するようになります。 今回紹介するのは米津玄師さんの「馬と鹿」という曲です。 このタイトルに込められた意味と歌詞の意味、またMVにはどういった意味があるのかを考察していきます。 米津玄師「馬と鹿」ってどんな曲?? 本気の勝負に、手に汗握り、胸熱くなりました!! — REISSUE RECORDS reissuerecords 「馬と鹿」は米津玄師さんが2019年9月11日に発表した楽曲です。 タイトルの意味は動物の馬と鹿の文字を組み合わせると「馬鹿」という言葉になります。 馬鹿には「 愚かなこと、利口でない、社会の常識に欠けている」という意味があります。 そしてそれぞれの文字にも注目してみます。 「馬」は昔移動の手段であり、馬は高貴な人たちが使っていました。 「鹿」は仏教の中で「ハーモニー、幸福、平和」という意味があります。 TBS日曜劇場「ノーサイドゲーム」の主題歌を担当させて頂きました。 「馬と鹿」という曲です。 大泉洋さん演じる君嶋が、逆境の中をひとつひとつ進んでいく様をどうにか音楽にできないかと探っていった末にこの曲ができました。 素敵なドラマとご一緒できて嬉しいです。 どうかよろしくお願いします。 君嶋は出世レースの先頭に立ち幹部候補とまで言われていたが、上司が主導する企業買収に異を唱えた結果、左遷人事で府中工場に総務部長として赴任することに。 意に染まない異動だが、これもサラリーマンの宿命。 やるせない思いで赴任先の工場に赴いたところ、トキワ自動車ラグビーチーム「アストロズ」のゼネラルマネージャーを兼務するよう命じられる。 かつては強豪チームだったアストロズだが、いまは成績不振にあえいでいた。 こうして知識も経験もない君嶋にチーム再建という重荷が課せられた。 低迷するラグビー部と出世の道を絶たれた君嶋の、再起をかけた戦いが始まる。 となっています。 タイトルの説明でもしましたが、「馬」の出世コースまっしぐらの時期もありましたが、左遷されてからは出世コースから外れてしまい、無理難題を突きつけられてしまいます。 出世をするためには周りを蹴落とさないといけないのですが、弱小ラグビーチームを強くするためには周りとの意思の疎通など様々な協調が必要になってきます。 チームが一丸となることから「鹿」の幸福や安寧の大切さを知っていくこととなります。 ドラマ「ノーサイドゲーム」の最終回では米津玄師さんの「馬と鹿」のジャケットイラストが登場したことでも話題となりました。 米津玄師「馬と鹿」のMVは何を意味するのか?? このMVで印象に残ったのは創作ダンスと振り子のように揺れる炎です。 創作ダンスは内に秘めたる感情をダンスとして表すものですが、この曲の中では一人一人が寄り添っていくことの大事さと、それぞれが何かと戦って傷つきながらも立ち上がる力強さを感じました。 儀式的な感じもする聖杯や振り子のように揺れる炎は、自分は他の誰でもない自分自身ということや、誰かに依存してしまっている人間の2面性を表現しているのかもしれません。 そして、その中心にいる米津玄師さんは「苦悩や葛藤にもがきながらも歩き進んでいく」という周りの人たちから解き放たれた唯一無二の象徴なのでしょう。 米津玄師「馬と鹿」の歌詞の意味は?? それでは米津玄師さんの「馬と鹿」の歌詞の意味を、 ドラマ「ノーサイドゲーム」視点で意味を考察していきたいと思います。 歪んで傷だらけの春 麻酔も打たずに歩いた 体の奥底で響く 生き足りないと強く 春といえば出会いの季節でもあり、何かが始まる季節ですが、この物語の主人公にとってはそうじゃないようです。 心に傷を負っていて逆境の中にいることがわかります。 麻酔とは本来痛みを和らげるものとして使われますが、あえて使わないことでその痛みに対して逃げないということを表現しているのだと受け取りました。 痛みを感じることで体のそこからもっと生きていたいと感じるためなのかもしれません。 ドラマがラグビーの内容ということで選手のことで当てはめてみると、「逆境の中にいても自分たちの努力が報われる」ということで勝利に対して強い執念を感じます。 また味わうさ 噛み終えたガムの味 冷めきれないままの心で ひとつひとつなくした果てに ようやく残ったもの 味がないガムは普通の人であれば吐き出してしまいますよね。 噛み終えたガムは挫折のことの比喩表現であり、主人公にとって大事なものでもあります。 挫折を乗り越えた先に待っているのは自分が今までした努力の証です。 諦めきれない=冷めきれないままの心 ドラマの中ではラグビーが選手一人一人にとって大事なものであり、大泉洋さん演じる監督にとっては今までの人生とは一転、左遷されてしまったことで一から作り上げていくといったもののこと。 そこから生まれた絆というのが何度も挫折した後に残った大事なものではないでしょうか。 これが愛じゃなければなんと呼ぶのか 僕は知らなかった 呼べよ 花の名前をただ一つだけ 張り裂けるくらいに 鼻先が触れる 呼吸が止まる 痛みは消えないままでいい ドラマではラグビーチームのアストロズの再建を目的としています。 選手や監督一人一人が何かしらの犠牲を払ってまでやり続けたいと思った気持ちは『愛』そのものです。 花の名前はただ一つだけという言葉から、誰一人同じ人はいない。 それぞれに良さがあって他に代わりはいないという表現。 『鼻先が触れる 呼吸が止まる』は選手たちがスクラムを組んでいる状態です。 ラグビー日本代表のシンボルとなる桜の花もこの部分の歌詞とかけているのかもしれません。 日本を背負って勝利を掴み取るという強い意思も感じ取ることができます。 疲れたその目で何を言う 傷跡隠して歩いた そのくせ影をばら撒いた 気づいて欲しかった 満身創痍の主人公は誰にも自分の気持ちを伝えることができませんでした。 自分と同じような気持ちを知ってほしいということを「影をばらまいた」という表現で表していますが、決して前向きな気持ちではなく、やらなければいけないという使命感にかられた精神状態が伺えます。 周りからの後押しを待っているのかもしれません。 まだ歩けるか 噛み締めた砂の味 夜露で濡れた芝生の上 はやる胸に 尋ねる言葉 終わるにはまだ早いだろう 倒れ挫折を味わったとしても同じような気持ちの仲間と出会うことで、 「まだやれる!倒れるにはまだ早い!」と自分自身を鼓舞しています。 自分一人であれば限界を迎えてやめてしまっているかもしれませんが、仲間同士で支え合うことで限界を越えることができているのかもしれません。 誰も悲しまぬように微笑むことが 上手くできなかった 一つ ただ一つでいい 守れるだけで それでよかったのに あまりにくだらない 願いが消えない 誰にも奪えない魂 みんなが幸せならそれが一番いいですよね。 周りに合わせれば自分が嫌だと思っていても丸く収まることは多々あります。 今までは自分にとって大事な気持ちを守れればそれで良かったのに、 今では 自分を押し殺してまでその気持ちにはなれなくて、 お互いに高めあいたいという気持ちが強くなってしまった。 このみんなで勝利を勝ち取りたいという執念の願いを果たしたいという誰にも負けない気持ちが、 「誰にも奪えない魂」として出てきているのでしょう。 何に例えよう 君と僕を 踵に残る似た傷を 晴れ間を結えばまだ続く 行こう花も咲かないうちに ここで出てくる「君」とはラグビーのことでもありチームメイトのことでもあると思います。 練習で同じ傷を作ってきたかけがえのない仲間と共に、 未来のことがわからなくてもチームメイトと一緒に大好きなラグビーをやりたいと心からの願いだと思います。 米津玄師「馬と鹿」の歌詞の意味は??ドラマ「ノーサイド・ゲーム」のタイアップ曲 まとめ いかがだったでしょうか?? 米津玄師さんの「馬と鹿」の歌詞の意味とドラマ「ノーサイドゲーム」などについてお伝えしていきました。 米津玄師さんの逆境と戦う意思の強さが歌詞にもあらわれていました。 いつも米津玄師さんの世界観には驚かされます。 もし自分にも同じように逆境に立ち向かわないといけない時はこの歌詞をみて勇気付けられることがあるかもしれませんね。

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米津玄師『馬と鹿』歌詞の意味を考察・解釈

馬と鹿 歌詞 意味

元はハチというボカロPとして活動していましたが、その後本名の「米津玄師」として活動するようになります。 今回紹介するのは米津玄師さんの「馬と鹿」という曲です。 このタイトルに込められた意味と歌詞の意味、またMVにはどういった意味があるのかを考察していきます。 米津玄師「馬と鹿」ってどんな曲?? 本気の勝負に、手に汗握り、胸熱くなりました!! — REISSUE RECORDS reissuerecords 「馬と鹿」は米津玄師さんが2019年9月11日に発表した楽曲です。 タイトルの意味は動物の馬と鹿の文字を組み合わせると「馬鹿」という言葉になります。 馬鹿には「 愚かなこと、利口でない、社会の常識に欠けている」という意味があります。 そしてそれぞれの文字にも注目してみます。 「馬」は昔移動の手段であり、馬は高貴な人たちが使っていました。 「鹿」は仏教の中で「ハーモニー、幸福、平和」という意味があります。 TBS日曜劇場「ノーサイドゲーム」の主題歌を担当させて頂きました。 「馬と鹿」という曲です。 大泉洋さん演じる君嶋が、逆境の中をひとつひとつ進んでいく様をどうにか音楽にできないかと探っていった末にこの曲ができました。 素敵なドラマとご一緒できて嬉しいです。 どうかよろしくお願いします。 君嶋は出世レースの先頭に立ち幹部候補とまで言われていたが、上司が主導する企業買収に異を唱えた結果、左遷人事で府中工場に総務部長として赴任することに。 意に染まない異動だが、これもサラリーマンの宿命。 やるせない思いで赴任先の工場に赴いたところ、トキワ自動車ラグビーチーム「アストロズ」のゼネラルマネージャーを兼務するよう命じられる。 かつては強豪チームだったアストロズだが、いまは成績不振にあえいでいた。 こうして知識も経験もない君嶋にチーム再建という重荷が課せられた。 低迷するラグビー部と出世の道を絶たれた君嶋の、再起をかけた戦いが始まる。 となっています。 タイトルの説明でもしましたが、「馬」の出世コースまっしぐらの時期もありましたが、左遷されてからは出世コースから外れてしまい、無理難題を突きつけられてしまいます。 出世をするためには周りを蹴落とさないといけないのですが、弱小ラグビーチームを強くするためには周りとの意思の疎通など様々な協調が必要になってきます。 チームが一丸となることから「鹿」の幸福や安寧の大切さを知っていくこととなります。 ドラマ「ノーサイドゲーム」の最終回では米津玄師さんの「馬と鹿」のジャケットイラストが登場したことでも話題となりました。 米津玄師「馬と鹿」のMVは何を意味するのか?? このMVで印象に残ったのは創作ダンスと振り子のように揺れる炎です。 創作ダンスは内に秘めたる感情をダンスとして表すものですが、この曲の中では一人一人が寄り添っていくことの大事さと、それぞれが何かと戦って傷つきながらも立ち上がる力強さを感じました。 儀式的な感じもする聖杯や振り子のように揺れる炎は、自分は他の誰でもない自分自身ということや、誰かに依存してしまっている人間の2面性を表現しているのかもしれません。 そして、その中心にいる米津玄師さんは「苦悩や葛藤にもがきながらも歩き進んでいく」という周りの人たちから解き放たれた唯一無二の象徴なのでしょう。 米津玄師「馬と鹿」の歌詞の意味は?? それでは米津玄師さんの「馬と鹿」の歌詞の意味を、 ドラマ「ノーサイドゲーム」視点で意味を考察していきたいと思います。 歪んで傷だらけの春 麻酔も打たずに歩いた 体の奥底で響く 生き足りないと強く 春といえば出会いの季節でもあり、何かが始まる季節ですが、この物語の主人公にとってはそうじゃないようです。 心に傷を負っていて逆境の中にいることがわかります。 麻酔とは本来痛みを和らげるものとして使われますが、あえて使わないことでその痛みに対して逃げないということを表現しているのだと受け取りました。 痛みを感じることで体のそこからもっと生きていたいと感じるためなのかもしれません。 ドラマがラグビーの内容ということで選手のことで当てはめてみると、「逆境の中にいても自分たちの努力が報われる」ということで勝利に対して強い執念を感じます。 また味わうさ 噛み終えたガムの味 冷めきれないままの心で ひとつひとつなくした果てに ようやく残ったもの 味がないガムは普通の人であれば吐き出してしまいますよね。 噛み終えたガムは挫折のことの比喩表現であり、主人公にとって大事なものでもあります。 挫折を乗り越えた先に待っているのは自分が今までした努力の証です。 諦めきれない=冷めきれないままの心 ドラマの中ではラグビーが選手一人一人にとって大事なものであり、大泉洋さん演じる監督にとっては今までの人生とは一転、左遷されてしまったことで一から作り上げていくといったもののこと。 そこから生まれた絆というのが何度も挫折した後に残った大事なものではないでしょうか。 これが愛じゃなければなんと呼ぶのか 僕は知らなかった 呼べよ 花の名前をただ一つだけ 張り裂けるくらいに 鼻先が触れる 呼吸が止まる 痛みは消えないままでいい ドラマではラグビーチームのアストロズの再建を目的としています。 選手や監督一人一人が何かしらの犠牲を払ってまでやり続けたいと思った気持ちは『愛』そのものです。 花の名前はただ一つだけという言葉から、誰一人同じ人はいない。 それぞれに良さがあって他に代わりはいないという表現。 『鼻先が触れる 呼吸が止まる』は選手たちがスクラムを組んでいる状態です。 ラグビー日本代表のシンボルとなる桜の花もこの部分の歌詞とかけているのかもしれません。 日本を背負って勝利を掴み取るという強い意思も感じ取ることができます。 疲れたその目で何を言う 傷跡隠して歩いた そのくせ影をばら撒いた 気づいて欲しかった 満身創痍の主人公は誰にも自分の気持ちを伝えることができませんでした。 自分と同じような気持ちを知ってほしいということを「影をばらまいた」という表現で表していますが、決して前向きな気持ちではなく、やらなければいけないという使命感にかられた精神状態が伺えます。 周りからの後押しを待っているのかもしれません。 まだ歩けるか 噛み締めた砂の味 夜露で濡れた芝生の上 はやる胸に 尋ねる言葉 終わるにはまだ早いだろう 倒れ挫折を味わったとしても同じような気持ちの仲間と出会うことで、 「まだやれる!倒れるにはまだ早い!」と自分自身を鼓舞しています。 自分一人であれば限界を迎えてやめてしまっているかもしれませんが、仲間同士で支え合うことで限界を越えることができているのかもしれません。 誰も悲しまぬように微笑むことが 上手くできなかった 一つ ただ一つでいい 守れるだけで それでよかったのに あまりにくだらない 願いが消えない 誰にも奪えない魂 みんなが幸せならそれが一番いいですよね。 周りに合わせれば自分が嫌だと思っていても丸く収まることは多々あります。 今までは自分にとって大事な気持ちを守れればそれで良かったのに、 今では 自分を押し殺してまでその気持ちにはなれなくて、 お互いに高めあいたいという気持ちが強くなってしまった。 このみんなで勝利を勝ち取りたいという執念の願いを果たしたいという誰にも負けない気持ちが、 「誰にも奪えない魂」として出てきているのでしょう。 何に例えよう 君と僕を 踵に残る似た傷を 晴れ間を結えばまだ続く 行こう花も咲かないうちに ここで出てくる「君」とはラグビーのことでもありチームメイトのことでもあると思います。 練習で同じ傷を作ってきたかけがえのない仲間と共に、 未来のことがわからなくてもチームメイトと一緒に大好きなラグビーをやりたいと心からの願いだと思います。 米津玄師「馬と鹿」の歌詞の意味は??ドラマ「ノーサイド・ゲーム」のタイアップ曲 まとめ いかがだったでしょうか?? 米津玄師さんの「馬と鹿」の歌詞の意味とドラマ「ノーサイドゲーム」などについてお伝えしていきました。 米津玄師さんの逆境と戦う意思の強さが歌詞にもあらわれていました。 いつも米津玄師さんの世界観には驚かされます。 もし自分にも同じように逆境に立ち向かわないといけない時はこの歌詞をみて勇気付けられることがあるかもしれませんね。

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「ノーサイドゲーム」主題歌は米津玄師の「馬と鹿」!タイトルの意味や由来は?

馬と鹿 歌詞 意味

上は第1話の予告動画ですが、「馬と鹿」はこのドラマの為に作られた楽曲であるため、ドラマの理解は楽曲考察に欠かせることができません。 そのため、まずはあらすじを簡単に説明していきます。 大泉が演じる大手自動車メーカー「トキワ自動車」の中堅サラリーマン・君嶋隼人は、出世レースの先頭に立ち幹部候補とまで言われていたが、意向に沿わない異動を受けてしまいます。 その先に待ち受けていたのは、 ラグビーチーム「アストロズ」のゼネラルマネージャーへの任命でした。 現在、成績不振な「アストロズ」を再建するという重荷。 出世の道を絶たれた君嶋の、再起をかけた戦いが始まるというわけです。 今回、「ノーサイドゲーム」の主題歌となった「馬と鹿」について、米津玄師本人は TBS日曜劇場「ノーサイドゲーム」の主題歌を担当させて頂きました。 「馬と鹿」という曲です。 大泉洋さん演じる君嶋が、逆境の中をひとつひとつ進んでいく様をどうにか音楽にできないかと探っていった末にこの曲ができました。 素敵なドラマとご一緒できて嬉しいです。 どうかよろしくお願いします。 これを見て頂けると分かるのですが 逆境の中をひとつひとつ進んでいく様 が 「馬と鹿」では描かれているのです。 具体的な内容はどのようになっているのでしょうか? さっそく楽曲考察に移っていきましょう。 楽曲名「馬と鹿」とは 「馬と鹿」という二つの動物が、タイトル名になっていますが、これらは 「馬鹿 バカ 」という言葉を構成する要素になります。 「馬鹿」は、誰もが共通して浮かぶ語で 愚かなこと。 社会の常識に欠けていること。 という意味を持つ言葉。 時には蔑みの念を込めて、時には冗談交じりで私たちの日常で多く使われている言葉です。 ここで更にタイトル解釈を深読みすると なぜ「馬鹿」ではなく「馬と鹿」なのか。 という問題にぶつかります。 率直な「馬鹿」より、見栄えが良いから。 という可能性もあり得るとは思いますが、深い意味を持つ言葉を量産する米津さんのことです。 隠されたメッセージがあるのでは!?と疑ってしまいます。 そのためまずは、 両者の動物が象徴するもの を調査してみました。 まず「馬」に着目にしたところ、 馬は高貴で縁起がいいこと。 を象徴していることが明確になりました。 なぜなら、機械が発達する前は、移動手段として用いられており、たいへん貴重で高価なものだったからです。 だから馬は 「富や権力の象徴」とも言われていました。 次に「鹿」です。 これは文化によって異なりますが ハーモニー、幸福、平和、長寿 といった意味を持つそうです。 どの文化でもプラスイメージの動物でした これらを包括すると 「馬と鹿」は かなりポジティブなイメージ を象徴していることが分かります。 公開された歌詞からは「泥臭さ」のようなものを感じましたが、その中に隠された光や希望があり、だからこそ「馬鹿」ではなく 「馬と鹿」というタイトルになっているのかも知れません。 少なくとも、だた蔑むための意ではないのでしょう。 さらに、楽曲を深追いしていきます。 MVの詳細 スポンサーリンク 歌詞 歪んで傷だらけの春 麻酔も打たずに歩いた 身体の奥底で響く 「生き足りない.. 」と強く まだ味わうさ 噛み終えたガムの味 冷めきれないままの心で ひとつひとつなくした果てに ようやく残ったもの これが愛じゃなければ 何と呼ぶのか 僕は知らなかった 呼べよ花の名前を ただ一つだけ 張り裂けるぐらいに 鼻先が触れる 呼吸が止まる 痛みは消えないままでいい 疲れたその目で何を言う 傷あと 隠して歩いた そのくせ 影をばらまいた 気づいて欲しかった まだ歩けるか 噛みしめた砂の味 夜露で濡れた芝生の上 はやる胸に尋ねることは 終わるにはまだ早いだろう 誰も悲しまぬように 微笑むことが うまくできなかった ひとつ ただひとつでいい 守れるだけで それで良かったのに あまりにくだらない 願いが消えない 誰にも 奪えない魂 何にたとえよう 君と僕を 踵に残る似た傷を 晴れ間を結えば まだ続く 行こう 花も咲かないうちに これが愛じゃなければ 何と呼ぶのか 僕は知らなかった 呼べよ 恐れるままに 花の名前を 「君じゃなきゃ駄目だ」と 鼻先が触れる 呼吸が止まる 痛みは消えないままでいい あまりにくだらない 願いが消えない 止まない 作詞作曲:米津玄師 スポンサーリンク 歌詞の意味・解釈 歪んで傷だらけの春 麻酔も打たずに歩いた 身体の奥底で響く 「生き足りない.. 」と強く まだ味わうさ 噛み終えたガムの味 冷めきれないままの心で ひとつひとつなくした果てに ようやく残ったもの 作詞作曲:米津玄師 ここでは、米津さんが抱く楽曲の意図。 逆境の中をひとつひとつ進んでいく様 が、まさに描かれています。 本来「春」という季節は、出会いや恋を連想させる期待感に溢れた季節であり、キラキラしたものの象徴であるともいえます。 しかし、 歪んで傷だらけの春という言葉を使うことで、逆境の中にあることを演出しているのです。 そして、 麻酔を打たないというのは 感覚を鈍らせないということ。 つまりは、 自分の気持ちに素直に向き合う ことを表現するために使われており、 歌詞の前半部分は たくさんのものを失くして傷だらけになったけど、これくらいで絶望するわけにはいかない。 いっさいのプライドを捨て、自分の心に問いただしてみると「生きたい」と強く訴えていた。 と解釈できます。 とにかく、前進しようとしているのです。 これが愛じゃなければ 何と呼ぶのか 僕は知らなかった 呼べよ花の名前を ただ一つだけ 張り裂けるぐらいに 鼻先が触れる 呼吸が止まる 痛みは消えないままでいい 作詞作曲:米津玄師 ここから先の歌詞は、 「愛」「鼻先が触れる」など、ラブソングのような語法で綴られていきますが、米津さんの制作意図を見る限り、単なる恋愛ソングと受け取るのは間違っていると思います。 おさらいですが、本楽曲「馬と鹿」は、 ラグビーチーム「アストロズ」を再建する という目的を持つ「ノーサイドゲーム」の主題歌として書き下ろされています。 それを踏まえると、ここの部分は チームを想う心 が描かれているのだと思います。 花に一つ一つ名前があり、それぞれの花言葉があるように、チームメンバー1人1人にも名前があって、各々の特徴があります。 呼べよ花の名前を 張り裂けるぐらいに という歌詞は、 チームを応援する君嶋の姿を映しているのではないでしょうか。 何にたとえよう 君と僕を 踵に残る似た傷を 晴れ間を結えば まだ続く 行こう 花も咲かないうちに 作詞作曲:米津玄師 歪んで傷だらけの春 と対比するくらい、心が張り裂けそうになっていた主人公でしたが、同じ境遇 似た傷 を持つ仲間のお陰で、 花の咲いていない春という逆境の中でも、進む意思を灯すことが出来たのです。 「春」や「花」という言葉で 「希望」や 「期待感」と、それをひっくり返されたときの 「絶望感」を演出しているのです。 さすが米津さんと言わんばかりのテクニカルな歌詞ですよね。 これが愛じゃなければ 何と呼ぶのか 僕は知らなかった 呼べよ 恐れるままに 花の名前を 「君じゃなきゃ駄目だ」と 鼻先が触れる 呼吸が止まる 痛みは消えないままでいい あまりにくだらない 願いが消えない 止まない 作詞作曲:米津玄師 上記のサビと同じですが最後は くだらない世界を肯定する ように締められます。 今回紹介した「馬と鹿」は、流して聴くと、ラブソングのようにも受け取ることが出来ますし、意図を踏まえて聴くと、がむしゃらに這い上がろうとする姿を連想することができます。 1曲で複数の解釈ができるのも、意味深な言葉が散りばめられる米津玄師の楽曲の醍醐味ですよね。 「馬と鹿」は「ノーサイドゲーム」の為に書き下ろされた楽曲!• 逆境の中を進んでいく様が描かれている!• サビがキャッチーで心に響く! 今回の作品もグッときますね~ 米津玄師の作品は毎度毎度、楽曲の顔が変わってくるから本当に飽きがこない。 同じアーティストなのに、それを感じさせない多角的なアプローチがすごい。 ファンを惹きつけてくれますね。 今回も素敵な楽曲をありがとうございます。 時間がある方はこちらの人気記事をどうぞ。

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