せめて たけのこ だ よね。 【悲報】るろうに剣心「逆刃刀だから死なないでござるよ」

春なのに、お別れの『デフレスパイラル』|たけのこ|note

せめて たけのこ だ よね

暖かくなってきた。 寒いのも嫌いだし暑いのも好きじゃない。 あまり花粉症に関係がない私にとって、春は一年で一番過ごしやすい時期だ。 かといって、今年のようにどこに出ることもなく家の中に引きこもっている状態では、あまり春の恩恵にあずかれているとは言えない。 テレビは子供たちに独占されていることが多く、たまった録画は増える一方。 せめても積読を減らしていきたいところだけれど、 積読というやつは、「今なら読むことができるな」という心の隙間を見つけるとすぐにつけ入ってくる。 不思議だ。 不可解だ。 だが、現実に積読は増える一方なのだから、受け入れざるを得ない。 買った段階で、一通りの満足を得ているという考え方もあるだろう。 「かわいい!」と思って買った服をなんだかんだ一回しか着なかった、という経験は割とみんな持っているだろう。 『買う』という行動をした時点で元をとったのだ。 自分のものにするという行為にこそ価値があったのだ。 そう考えれば積読なんて、あえて積む必要すらないのかもしれない。 むしろ積読になっているからこそ、「読まなければならない」というプレッシャーになるのだ。 つまり最適解はこうだ。 唯一の問題は、財布から諭吉が加速度的になくなっていくことだろう。 ……いや、違うな。 これは違うぞ。 あたなの手元には、「本を買った」という満足感と、「本を売った」ことで得られる金銭。 そして「部屋が片付く」という精神的安定まで得ることができるのだから、むしろこれよりも尊いスパイラルが他にあるだろうか。 いやない(反語)。 そのうち家にあるものも、どんどん金銭化していき、はれてミニマリストの仲間入り。 スパイラルはスパイラルでもデフレスパイラルだなこれは。 こんまり先生に弟子入りしなきゃ。 ……ま。 残念ながら私の手元には、電子書籍ばかりが増えている状態なので、部屋は汚れないにしても、買った満足感も少なければ、売ることもできないのですけれど。 いやそもそも買った本読まずに売れるほど、裕福な生活はおくっておりませんから(笑 今日、いったいなんの話しているんでしょうね私(笑 タイトルからして謎だわ(笑.

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【悲報】るろうに剣心「逆刃刀だから死なないでござるよ」

せめて たけのこ だ よね

暖かくなってきた。 寒いのも嫌いだし暑いのも好きじゃない。 あまり花粉症に関係がない私にとって、春は一年で一番過ごしやすい時期だ。 かといって、今年のようにどこに出ることもなく家の中に引きこもっている状態では、あまり春の恩恵にあずかれているとは言えない。 テレビは子供たちに独占されていることが多く、たまった録画は増える一方。 せめても積読を減らしていきたいところだけれど、 積読というやつは、「今なら読むことができるな」という心の隙間を見つけるとすぐにつけ入ってくる。 不思議だ。 不可解だ。 だが、現実に積読は増える一方なのだから、受け入れざるを得ない。 買った段階で、一通りの満足を得ているという考え方もあるだろう。 「かわいい!」と思って買った服をなんだかんだ一回しか着なかった、という経験は割とみんな持っているだろう。 『買う』という行動をした時点で元をとったのだ。 自分のものにするという行為にこそ価値があったのだ。 そう考えれば積読なんて、あえて積む必要すらないのかもしれない。 むしろ積読になっているからこそ、「読まなければならない」というプレッシャーになるのだ。 つまり最適解はこうだ。 唯一の問題は、財布から諭吉が加速度的になくなっていくことだろう。 ……いや、違うな。 これは違うぞ。 あたなの手元には、「本を買った」という満足感と、「本を売った」ことで得られる金銭。 そして「部屋が片付く」という精神的安定まで得ることができるのだから、むしろこれよりも尊いスパイラルが他にあるだろうか。 いやない(反語)。 そのうち家にあるものも、どんどん金銭化していき、はれてミニマリストの仲間入り。 スパイラルはスパイラルでもデフレスパイラルだなこれは。 こんまり先生に弟子入りしなきゃ。 ……ま。 残念ながら私の手元には、電子書籍ばかりが増えている状態なので、部屋は汚れないにしても、買った満足感も少なければ、売ることもできないのですけれど。 いやそもそも買った本読まずに売れるほど、裕福な生活はおくっておりませんから(笑 今日、いったいなんの話しているんでしょうね私(笑 タイトルからして謎だわ(笑.

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春なのに、お別れの『デフレスパイラル』|たけのこ|note

せめて たけのこ だ よね

暖かくなってきた。 寒いのも嫌いだし暑いのも好きじゃない。 あまり花粉症に関係がない私にとって、春は一年で一番過ごしやすい時期だ。 かといって、今年のようにどこに出ることもなく家の中に引きこもっている状態では、あまり春の恩恵にあずかれているとは言えない。 テレビは子供たちに独占されていることが多く、たまった録画は増える一方。 せめても積読を減らしていきたいところだけれど、 積読というやつは、「今なら読むことができるな」という心の隙間を見つけるとすぐにつけ入ってくる。 不思議だ。 不可解だ。 だが、現実に積読は増える一方なのだから、受け入れざるを得ない。 買った段階で、一通りの満足を得ているという考え方もあるだろう。 「かわいい!」と思って買った服をなんだかんだ一回しか着なかった、という経験は割とみんな持っているだろう。 『買う』という行動をした時点で元をとったのだ。 自分のものにするという行為にこそ価値があったのだ。 そう考えれば積読なんて、あえて積む必要すらないのかもしれない。 むしろ積読になっているからこそ、「読まなければならない」というプレッシャーになるのだ。 つまり最適解はこうだ。 唯一の問題は、財布から諭吉が加速度的になくなっていくことだろう。 ……いや、違うな。 これは違うぞ。 あたなの手元には、「本を買った」という満足感と、「本を売った」ことで得られる金銭。 そして「部屋が片付く」という精神的安定まで得ることができるのだから、むしろこれよりも尊いスパイラルが他にあるだろうか。 いやない(反語)。 そのうち家にあるものも、どんどん金銭化していき、はれてミニマリストの仲間入り。 スパイラルはスパイラルでもデフレスパイラルだなこれは。 こんまり先生に弟子入りしなきゃ。 ……ま。 残念ながら私の手元には、電子書籍ばかりが増えている状態なので、部屋は汚れないにしても、買った満足感も少なければ、売ることもできないのですけれど。 いやそもそも買った本読まずに売れるほど、裕福な生活はおくっておりませんから(笑 今日、いったいなんの話しているんでしょうね私(笑 タイトルからして謎だわ(笑.

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