スワンプ マン は 誰 だ。 スワンプマンは本物なのか?

スワンプマンとは?意味を解説&驚愕の思考実験の真相まとめ!

スワンプ マン は 誰 だ

どれほど極悪かと言うと 「継続中のプレイヤー・キャラクター(PC)は非推奨」「使用PCは、以後他のシナリオで遊ぶことが困難」という前提でプレイしてもらう必要があるほどです。 しかも単純なバッドエンドではなく、起きてしまった事件の性質からプレイヤーたちが悩みに悩んで選択するしかない……絶望的ながら納得せざるをえないエンディング。 賛否が分かれるシナリオですが、品質は折り紙付きです。 シナリオ中でも説明がありますが、 沼男(スワンプマン)というのは 哲学的な思考実験の一つです。 ある男がハイキングに出かける。 道中、この男は不運にも沼のそばで、突然雷に打たれて死んでしまう。 その時、もうひとつ別の雷が、すぐそばの沼へと落ちた。 なんという偶然か、この落雷は沼の汚泥と化学反応を引き起こし、死んだ男と全く同一、同質形状の生成物を生み出してしまう。 1987年、アメリカの哲学者 ドナルド・デイヴィッドソンが考案したもの。 死んでしまった男とその後出現した沼男は、はたして同一の存在でしょうか。 現実世界では起こりえない点を棚上げしての話ではありますが、物理的に同一なのか/歴史的な連続性があるのか、など自己を同一とみなす理由は何かを考えるうえで参考になる思考実験です。 TRPGシナリオ「沼男は誰だ?」に出てくるスワンプマンは、思考実験のスワンプマンを参考にしてはいますが、あくまでシナリオ上のガジェットであり異なるもの。 とはいえ突き付けてくる問題はほぼ同じで、簡単に答えが出せないからこそプレイヤーたちは悩み苦しむことに…… そして、ひまつぶし卓では長年プレイし続けた愛着あるキャラクターをこのデッドエンドシナリオに投入したため、プレイヤーの感情移入も筆舌に尽くしがたいレベルに達しました。 全て見通すと 約9時間弱になる大作リプレイで、CoCリプレイ動画としても特記すべきクオリティです。

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【初回】沼男(スワンプマン)は誰だ?【KPゆめつる】

スワンプ マン は 誰 だ

Contents• そもそも「スワンプマン」って? 直訳すると「沼男」という意味のスワンプマン。 そもそもどういった意味なのでしょうか。 スワンプマン(Swampman)とは、1987年にアメリカの哲学者ドナルド・デイヴィッドソンが考案した思考実験。 「私とは何か」といった同一性やアイデンティティーの問題を考えるのに使われる。 スワンプマンとは沼 Swamp の男 man という意味の英語。 サクラダリセットでは、例え話にいろんな思考実験のお話が出てきます。 今回はその中に出てきら「スワンプマン」についてのお話なのですが、サクラダリセットではこの「スワンプマン」という概念が物語を動かす大きな鍵となります。 思考実験の詳細 ある男がハイキングに出かける。 道中、この男は不運にも沼のそばで、突然 雷に打たれて死んでしまう。 その時、もうひとつ別の雷が、すぐそばの沼へと落ちた。 なんという偶然か、この落雷は沼の汚泥と化学反応を引き起こし、死んだ男と全く同一、同質形状の生成物を生み出してしまう。 この落雷によって生まれた新しい存在のことを、スワンプマン(沼男)と言う。 スワンプマンは原子レベルで、死ぬ直前の男と全く同一の構造を呈しており、見かけも全く同一である。 もちろん脳の状態(落雷によって死んだ男の生前の脳の状態)も完全なるコピーであることから、記憶も知識も全く同一であるように見える。 沼を後にしたスワンプマンは、死ぬ直前の男の姿でスタスタと街に帰っていく。 そして死んだ男がかつて住んでいた部屋のドアを開け、死んだ男の家族に電話をし、死んだ男が読んでいた本の続きを読みふけりながら、眠りにつく。 そして翌朝、死んだ男が通っていた職場へと出勤していく。 脚注 1. この実験の中で男は死んだ男の代わりとしてそのままいき続けるというストーリーです。 それは果たして元の男と同一人物と言えるのか。 多くの人間で議論が絶えないお話ですが、わたしの考えは少し違います。 偽物と本物の違い わたしはこのウィキペディアを見たときに衝撃を覚えました。 本物 = 偽物 「本物であり、偽物である。 」 答えとしては、これなんじゃないかなと愚考します。 本物であるとする基準はきっと、しようと思えばいくつだってできることで、本物でなければ偽物である。 という考え方も、いささか傲慢なのではないかなと考えたりもします。 本物 < 偽物 「偽物」というワードを聞いたときわたしはある本のことを思い浮かべました。 西尾維新さんの「」の中で、不吉そのものという男、貝木泥舟はこう言っていました。 「そこに本物になろうとする意思があるだけ、偽物の方が本物よりも本物だ。 」 西尾維新「」 これってものすごく、含蓄のある言葉だなと思っています。 貝木さんがいうからこそ、尚より一層。 本物らしくってなんなのか。 偽物らしくってなんなのか。 言い換えれば、本当の自分は誰で、偽物の自分は誰なのか。

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キチガイが行くクトゥルフ

スワンプ マン は 誰 だ

ある男がハイキングに出かけました。 でもその途中で男は運悪く雷に打たれて死んでしまいます。 同時刻に、ある沼(英語でスワンプ)に雷が落ちました。 そこで雷と沼の泥が化学反応を起こし、偶然にも先ほど死んだはずの男とそっくりうりふたつの男(スワンプマン=沼男)が誕生します。 スワンプマンは先ほどの男と見た目だけでなく、思考や脳の状態、それまでの記憶も同じものを持っています。 スワンプマンは、何事もなかったように死んだ男の家に帰り、以後、死んだ男と同じ日常生活を送っていきます。 果たして、死んだ男とスワンプマンは同一人物と言えるでしょうか? 実際には、沼の泥と雷が化学反応を起こして人間ができるなんて不可能ですよね。 ましてや、同時刻に死んだ男と同じ人間ができるなんていうことはありえません。 でも、ここが思考実験の楽しいところで、「実際には起こりえない事象を頭の中で検証し、ある概念について正しいか正しくないのか」と考えます。 スワンプマンの思考実験では、人や物の「同一性=アイデンティテイ」について考察します。 (スワンプマンの思考実験は人間や物の同一性=アイデンティティについて考える思考実験です) それでは、スワンプマンの思考実験から、同一性やアイデンティティの問題について掘り下げて考えてみましょう。 スワンプマンを、死んだ人間と同一人物であることを認めるか?によって、2つの立場が生じます。 死んだ人間とスワンプマンは同一人物とする考え方 まず一つ目は、スワンプマンは死んだ男と同一人物だとする考え方です。 スワンプマンと死んだ男は、姿かたちのみならず思考も知識も全て同じ。 同じ遺伝子を持ち、同じ原子からできているのだから、同じ人間として扱っていいじゃないかとします。 このように考えた場合、人間が人生で経験してきたことなどは特に重要でなく、いま現在、社会でになっている役割=その人のアイデンティティという考え方になります。 死んだ人間とスワンプマンは別人物とする考え方 スワンプマンと死んだ男は、別人物とする考え方もあります。 別人物であるとする理由は、まず自我が違うはずというものによります。 自我というものは唯一無二のものであるという考えをすれば、死んだ男に宿っていた自我とスワンプマンに宿っている自我とは全く別物であるということができるでしょう。

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