いとあはれ いとをかし。 「いとおかし」の意味5つ・枕草子でのいとおかしの使われ方

もののあはれ

いとあはれ いとをかし

高校入試の古文で最もよく意味を問われるのが「をかし(おかし)」と「あはれ」です。 どちらも心が強く動いた時、感動した時に発する言葉ですが、意味や使い方に違いがあります。 まず「をかし」について述べます。 「をかし」は「面白い」とか「趣がある」と訳しますが、この面白いは、おかしくて笑ったときの面白いとは意味が違います。 知的な楽しさでの面白いです。 頭脳が「なるほど!ほう、これは面白い!」と判断し、心がわくわくした時に使うのが「をかし」です。 たとえば、一休さんのとんち話で「この橋、渡るべからず(この橋を渡ってはいけない)」という立札が橋のたもとに立ててあったとき、一休さんが橋の中央を堂々と渡り、それをとがめられて「端を渡ってはいけないとあったので、橋の真ん中を渡りました」と答えたときの「なるほどなあ!」と感心する面白さです。 また、をかしの代表的な文学として清少納言の「枕草子」があります。 枕草子には「いとをかし」のフレーズが随所に出てきます。 有名な「春はあけぼの」の段 夏は夜。 月の頃はさらなり。 闇もなほ、蛍のおほく飛びちがひたる。 また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。 雨など降るもをかし。 秋は夕暮れ。 夕日のさして山の端いと近うなりたるに、烏の、寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり。 まいて、雁などのつらねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。 日入り果てて、風の音、虫の音など、はた言ふべきにあらず。 この文章にも、「をかし」が何度も出てきます。 これを現代語に訳すときは「面白い」という意味よりも、「情趣がある」とか、「趣がある」と訳すのがしっくりいきます。 清少納言は、「蛍」「夏の夕立ち」「秋の雁」を、季節を象徴する風物詩的なものとして受け止めています。 季節を象徴するそれらのもと、季節に彩られた自然や風景全体とのつながりに知的な楽しさを見出し、「をかし」と表現しているのです。 次に「あはれ」について述べます。 「あはれ」は「しみじみとした趣がある」と現代語に訳すのが一般的です。 現代語では「あわれ」といえば、「かわいそう」の意味になります。 古文の「あはれ」も「かわいそう」の意味もありますが、「しみじみとした趣がある」という意味になることのほうが多いです。 「をかし」も「趣がある」と現代語に訳すのですが、「をかし」と「あはれ」で「趣がある」という心の状態は異なります。 「をかし」の「趣」は「なるほどな!」という頭脳を働かせての楽しさですが、「あはれ」の「しみじみとした趣」というのは、「心が揺さぶられ、感情が動くさま」のことです。 「心情に働きかける趣」が「あはれ」なのです。 「あはれ」について、さらに詳しく説明しましょう。 私たちは、何か予期せぬものを見たり聞いたり、あるいは経験した時、あまりの思いがけなさに感情が強く動きます。 そのとき思わず、口について出る言葉が、「あはれ」なのです。 あまりの思いがけなさに感情が強く動いたとき、その心の動きを表すのが「あはれ」であるため、「あはれ」は、実にたくさんの意味を持つことになります。 たとえばどこかに旅行に出かけたとき、思いがけず満開の桜の花が咲き誇る公園を見つけたとしましょう。 こんな時に、口をついて出ることばが「あはれ」なのです。 また、幼い子が、辛い顔をして泣いているのを見かけたとします。 私たちは、心配でいたたまれなくなり、なんとかしてあげたいという気持ちになります。 この時の感情も「あはれ」なのです。 美しい女性に偶然出会い、すぐさま恋に落ちたとします。 このときの感情も「あはれ」です。 ある人の不幸な身の上話を聞き、不憫に思い、もらい泣きをしたとします。 このときの感情もまた「あはれ」です。 このように「あはれ」は、同情であれ、美しさであれ、見事さであれ、何らかの感情が思いがけず強く動いたときに使う言葉です。 そのため、「あはれ」は、さまざまな現代語に訳すことができます。 あはれは、文脈に応じて、「感動する、かわいそうに思う、悲しく思う、素晴らしいと思う、恋をする、美しいと思う」などと訳すことができるのです。 先ほど引用した清少納言の「春はあけぼの」の段を読めば、「をかし」と「あはれ」の違いが理解できると思います。 「烏の、寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり。 」は、夕暮れ時、数羽のカラスが寝どころに急いで帰っていく姿に、思いがけず心が深く動くような感動をしたということです。 清少納言は蛍や夏の雨には頭脳を働かせての情趣を感じ、夕暮れの烏には心に響くようなようなしみじみとした趣を感じたのです。 また、「あはれ」の文学で代表的なものは紫式部の「源氏物語」です。 源氏物語は一言でいうと恋愛小説です。 恋愛というのは頭脳でするものではなく、心でするものです。 心が強く動くのが恋愛です。 ですから「あはれ」という語が多いのも納得でしょう。 あはれの文学とは、感動の文学というところでしょう。 最後にまとめると、「をかし」は頭脳の働きとともに湧き起こった感動や趣で、「あはれ」は、自分でも思いがけず、感情がひとりでに動いたときの、心に湧き立った感動です。

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「あはれ」と「をかし」 ~本当に英語は必要か?~ Part1|ピエロ|note

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「高2の3学期、もうすぐ受験生か…」と思っている頃ではないでしょうか。 そんな時期におススメしたい武器が、そう、手帳なんです。 特に、1日当たりのスペースが大きいものを買うと、使い勝手が良いのでおススメ。 ・実際に高2の時に使っていた手帳です 学校の小テストの予定や友達との遊びの約束など、すべての予定を、その手帳で一括管理しましょう。 そうすれば、その手帳を見ればすべての予定が一目でパッと分かるようになります。 ただし、すべて同じ色で書くと見にくくなるので、部活の予定や学校の予定などで、色は変えましょう。 これによってどんなに忙しい毎日を送っていても、目標を意識して過ごす日々はより質の高いものとなり、周りとの差を生みます。 タイムスケジュールの例 毎日、自分が何時から何時まで何をしていたかを記録し、自分の行動を客観的に見つめなおしてみましょう。 そうすれば、今までの自分がどれほど無駄な時間を過ごしていたかが分かり、それを修正することができます。 これも色を使い分けてみると、自分がどんなことにどれだけ時間を費やしているかが分かりやすくなりますよ。 振り返りの例 明日を今日よりもよくするため、来週をよりよい週にするため、振り返りを行い、次に向けて自分がどうすればよいかを考えてみましょう。 これを簡単にでもするだけで、来週は頑張るぞという気持ちになります。 どうでしたか? このように、どれも難しいことではないので、ぜひ一度試してみてください! これを継続すると、毎日が無駄のない洗練された日となり、部活などでどれだけ忙しくても、好成績を収めることができます! <この記事を書いた人> 国際教養大国際教養学部 先輩チューター やっすー これからフィリピンとベトナムに行ってきます。

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『源氏物語』の現代語訳:桐壺6

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「あはれ」な『源氏物語』と「をかし」な『枕草子』 紫式部と 清少納言。 平安時代を代表する2大女流作家といっても過言ではありません。 そして、なにかといってライバルとして語られることが多いのもこの2人です。 西暦1000年頃に清少納言が『枕草子』で文壇に立てば、少し遅れて1008年頃に紫式部が『源氏物語』を完成させて脚光を浴びます。 さらに、紫式部が仕える中宮彰子と、清少納言が仕える中宮定子、ひいては藤原道長と藤原道隆の骨肉の権力争いが2人の立場を決定的なものにします。 そして何より、『紫式部日記』に書き連ねられた紫式部から清少納言に対する辛辣な評価を見ると、二人が火花を散らす様子を伺い知ることができます 原文: 清少納言こそ、したり顔にいみじうはべりける人。 さばかりさかしだち、真名書きちらしてはべるほども、よく見れば、まだいとたらぬこと多かり。 口語訳: 清少納言は実に得意顔をして偉そうにしていた人です。 あれほど利口ぶって漢字を書きちらしております程度も、よく見ればまだひどく足りない点がたくさんあります。 (紫式部日記『新編日本古典文学全集』小学館 p201 より引用) 現代に燦然と輝く名作を残した才能ある2人だったからこそ、互いに譲れない部分も多くあったのでしょう。 さて、2人の代表作である 『源氏物語』と 『枕草子』。 この2作も対比して語られることが多くあります。 『源氏物語』は「あはれ」の文学で、 『枕草子』は「をかし」の文学であるとよく言われます。 国語の文学史でそう習った記憶がある方もいらっしゃるのではないでしょうか。 『源氏物語』では「あはれ」という語が多用され、一方の『枕草子』では「をかし」が多用されていると言われています。 「あはれ」「をかし」という語は、現代語ではどちらも「情趣」とか「風情」といったように訳される言葉です。 しかし、厳密にいうと、この2語は少し異なる意味を持ちます。 「あはれ」…心の底から湧き出てくるしみじみとした感情や感動を表す 「をかし」…はっとした気づきから来る機知にあふれた感動を表す 「あはれ」の文学と言われる『源氏物語』では、光源氏を中心とした登場人物たちの緻密な心情描写や、そこからあらわれるしみじみとした情趣が描かれています。 また、「をかし」の文学と言われる『枕草子』は、若い清少納言のウィットに富んだ気づきから来る、はっとおどろかされるような感動が作品の魅力となっています。 私はこの話を高校時代の国語の先生から聞いて、「はえー、そうなんだ、すごいなぁ」と納得していました。 しかし、最近、古典に触れる機会が増えた結果、「あのときの先生の話は本当なのか」と自分の目で確かめなくては、いてもたってもいられなくなってしまったのです。 というわけで、前置きが長くなりましたが、『源氏物語』『枕草子』に登場する「あはれ」と「をかし」の数を数えてみちゃいました。 結果発表 舌の根の乾かぬ内にすみません。 結局、数えませんでした。 というのも、初めは、語彙索引やJapanknowledgeの検索機能を使って一つずつ調べていっていたのですが、なにせ時間がかかる。 徹夜と人海戦術を駆使し、手作業で調べていた先人のみなさまには申し訳なく思いますが、なにか良い資料はないかと大学の本棚を探していると、見つけました。 これは、『源氏物語』『枕草子』を始めとして、『方丈記』『大鏡』『更級日記』『紫式部日記』『蜻蛉日記』『後撰和歌集』『土佐日記』『古今和歌集』『伊勢物語』『竹取物語』『万葉集』、計13作品に含まれる語の数を、それぞれ表として提示しているというものです。 すごい! これを使えば一目でわかる! ということで、この『古典対照語い表』を用いて今回は調査を進めました。 ) あれ? 「あはれ」「をかし」のどちらも、『源氏物語』の方が多いぞ……? 実はこれにはちゃんとわけがあります。 それは 、『源氏物語』と『枕草子』の分量の差です。 今回の調査対象を両作品とも収録している小学館の『新編日本古典文学全集』では、『枕草子』が1巻で収まっているのに対し、『源氏物語』は6巻分にも及んでいます。 単純に数だけを比較すれば、『源氏物語』がどうしても多くなってしまうのです。 そこで、『古典対照語い表』の巻末に載っていた、『源氏物語』と『枕草子』ののべ語数を使うことにしました。 結果がこれです。 源氏物語(のべ語数:207808) 枕草子(のべ語数:32906) あはれ 944(0. ) 割合を見ると、たしかに、『源氏物語』は「あはれ」が多く、『枕草子』は「をかし」が多いという結果になりました。 高校の先生が言っていたことは間違っていなかった! それにしても、目を引くのは『枕草子』の「をかし」の多さです。 驚異の1%越え! それもそのはず、『古典対照語い表』の巻末資料によると、『枕草子』における『をかし』の割合は全語の内、上位8位に食い込んでいます。 1位~7位までを「あり」「いふ」「いと」「人」「す」「もの」「こと」といった、上位にいて納得のラインナップが占める中、唐突な「をかし」なので、清少納言のこだわりが感じられます。 『源氏物語』を超える「あはれ」な作品 余談ですが、『古典対照語い表』に掲載されていた他作品も調べてみたところ、「あはれ」の割合が『源氏物語』を超える作品を見つけました。 それが『 更級日記(さらしなにっき)』です。 『源氏物語』が0. 45%だったのに対し、『更級日記』は 0. 61%とそれを上回っています。 『更級日記』は平安時代中期に 菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)によって書かれた日記文学の名作の1つです。 物語に憧れた無邪気な少女時代から、身内の死去、結婚などを経て、次第に現実の厳しさを知り老いていくまでの約40年間が綴られています。 注目したいのは、 菅原孝標女が特に恋い焦がれていた物語が『源氏物語』だということです。 国語の教科書にも「源氏五十余巻」として掲載される『更級日記』の一節では、叔母である藤原道綱母(ふじわらのみちつなのはは)からもらい受けた『源氏物語』を喜々として読む姿が描かれています。 こうした菅原孝標女の強いあこがれを見ると、『源氏物語』から影響を受けた結果、『源氏物語』を上回るほど「あはれ」を多用してしまったんじゃないかと考えてしまいます。 おわりに 調べた結果、『源氏物語』は「あはれ」が多く使われていて、『枕草子』は「をかし」が多く使われており、『源氏物語』は「あはれ」の文学、『枕草子』は「をかし」の文学、という言説に間違いはなさそうだという結論に至りました。 そして、真偽は定かではありませんが、『源氏物語』の「あはれ」の精神は『更級日記』にも受け継がれているようです。 みなさんも、好きな作家、憧れの作家がいたら、その人の文体を徹底的に真似してみることで後世に伝わる名作を書ける……かもしれません。

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