アンゴラ 共和国。 アンゴラ基礎データ|外務省

アンゴラ内戦(アンゴラないせん)とは

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2019女子ハンドボール世界選手権大会、11月30日いよいよ開幕!! アフリカ王者、アンゴラ共和国女子ハンドボールチーム 東京2020オリンピック出場国 が来熊します! 【関連リンク】 アフリカ王者、アンゴラ共和国女子ハンドボールチームが来熊します! 玉名市上小田出身の在アンゴラ特命全権大使の橋渡しにより縁がつながったアフリカのアンゴラ共和国。 その縁を大切に、玉名市が7月下旬に行ったアンゴラ共和国を相手国としたホストタウン申請。 8月30日付けで内閣官房オリンピック・パラリンピック競技大会推進本部から登録の通知を受け、玉名市はアンゴラ共和国のホストタウン自治体に正式に決定しました。 また、アンゴラ共和国女子ハンドボールチームは、9月下旬にアフリカのセネガルで開催された「東京2020オリンピック・アフリカ代表決定戦」にて見事優勝し、来年の夏季五輪への出場権を獲得! そのアンゴラ共和国女子ハンドボールチームが、11月30日から熊本で開催される「2019女子ハンドボール世界選手権大会」に出場するため、来熊します! 玉名市はアンゴラ共和国のホストタウンとして、アンゴラチーム選手と交流を進めるとともに、アンゴラチームを応援します! 【関連記事リンク】 サイト内リンク アンゴラ共和国って、どんな国? アフリカ大陸で7番目に大きな国• 面積は約125万平方キロメートルで、日本の約3. 首都はルアンダ• 人口は2,578万人• 1975年11月1日、ポルトガルから独立• 公用語はポルトガル語• 日本との時差は8時間• 気候は雨期 11月頃〜5月頃 と乾期 5月頃〜10月頃 からなる• 特産品はコーヒー、トウモロコシ 2019女子ハンドボール世界選手権大会について 2年に一度開催される、女子ハンドボールの世界一決定戦です。 1997年に熊本で開催された男子ハンドボール世界選手権は、パークドーム熊本・熊本市総合体育館・八代市総合体育館・山鹿市総合体育館の3市4会場で行われ、大会期間中の観客は20万人を超えるなど、大きな盛り上がりを見せました。 開催期間 2019年11月30日 土曜日 〜12月15日 日曜日 大会日程 アンゴラ共和国女子ハンドボールチーム情報 見逃せない個々の身体能力 国家政策による強化で力をつけて1989年のアフリカ選手権で初優勝し、翌1990年の第10回世界選手権大会でデビューを果たしました。 この初陣は6戦6敗で16位 最下位 でしたが、当時から個々の身体能力の高さは目を見張るものがありました。 世界選手権大会には初出場から今大会まで連続出場。 1996年にはオリンピック アトランタ にも出場し、アフリカ女子のリーダーに。 経験を重ね、戦術も成熟させた第18回世界選手権大会 2007年 では7位、第20回大会 2011年 でも8位に躍進しています。 ここ3回の世界選手権大会は16位、16位、19位と上位に進めず、アフリカでもセネガルらに追い上げられていますが、簡単に盟主の地位を明け渡すことはないでしょう。 190センチの長身・カッソーマ選手を初め、一人一人の高い身体能力は、ぜひとも目に焼き付けたいところです。 アフリカの盟主、アンゴラ! アンゴラは、圧倒的なフィジカルで、世界のトップゾーンを何度も脅かしたチームです。 近年は組織的な戦術性にも豊かさが見られ、一発の勝負強さを発揮する可能性は小さくありません。 主な戦績 世界選手権大会• 出場:15回• 最高順位:7位 2007年 表:世界選手権直近3大会の順位 21回 2013年 16位 22回 2015年 16位 23回 2017年 19位 オリンピック• 出場:6回• 最高順位:7位 1996年 表:オリンピック直近3大会の順位 北京 2008年 12位 ロンドン 2012年 10位 リオ 2016年 8位 大陸予選 アンゴラはアフリカ1位で出場権を獲得しました。 表:大陸予選結果 1回戦 41-17 アルジェリア 準決勝 25-16 カメルーン 決勝 19-14 セネガル 注目選手 アルベルティナ・カッソーマ選手 23歳の若手ながら存在感あふれるプレーヤーです。 190センチの長身、長い手足を生かしたピポットプレーヤーとしてチームをリードします。 ハンドボールって、どんなスポーツ? パワフルなプレー 膝から上の上半身を使って、パスやドリブルでボールをつなぎ、相手ゴールにボールを投げ入れて得点を競う競技です。 「走る」「飛ぶ」「投げる」のスポーツの3要素をフルに生かし、コートプレーヤー6人、ゴールキーパー1人の7人1チームで対戦します。 スピーディーなパスワークや華麗なドリブル、ダイナミックなシュートシーンなど、縦40メートル横20メートルのコート内でパワフルなプレーが繰り広げられます。 ハンドボールのルール 1試合につき前半と後半をそれぞれ30分ずつ、コートプレーヤー6人、ゴールキーパー1人の7人チームで戦い、相手ゴールに入れた数が多い方が勝利となります。 膝の上のみ使うことができ、足でボールを蹴るとキックの反則となります。 1人のプレーヤーがボールに触れる時間は3秒以内で、ステップは3歩までです。 4秒以上のボールはオーバータイム、4歩以上のステップはオーバーステップの反則となります。 ただし、ジャンプした状態でボールをキャッチし、着地した場合の足は0歩となります。 ゴールエリア ゴール前には6メートルラインと呼ばれるゴールエリアがあり、自陣ゴールキーパーのみ入ることができます。 他の選手が侵入するとファウルとなります。 退場・失格 悪質なファウルをした選手は退場となり、該当選手は2分間試合に出られず、チームはその間、少ない人数で戦わなければいけません。 ファウルの回数に制限はなく、戦略としてファウルを使う場合もありますが、悪質な行為は失格となり試合に戻ることはできません。 接触プレー 相手を突き飛ばすプッシングや抱え込んで動きを妨害するホールディングはファウルとなり、相手チームのフリースローまたはペナルティースローとなります。 しかし、体正面から当たっていくボディコンタクトは許されています。 7メートルスロー シュート体勢に入っている選手へのファウルやゴールエリア内でのファウルにはペナルティスローが与えられます。 ペナルティースローは、ゴールから7メートルの地点でコートプレーヤーとゴールキーパーの1対1で行われます。 選手交代 プレーが続いている途中でも、交代エリアからであれば審判に申告なくいつでも何度でも選手交代が可能です。 攻撃や守備専門の選手もおり、試合展開に応じて入れ替えることができるので、選手交代の采配が試合の明暗を左右するポイントとなります。 アンゴラ選手写真提供:公益財団法人日本ハンドボール協会 みんなでアンゴラを応援しよう! 市民応援団結成!! アンゴラチーム応援のため、10月1日〜10日に行った一般募集により「市民応援団」が結成されました! 会場となる「アクアドームくまもと」で熱い声援を送ります!! 11月30日 土曜日 アンゴラ対セルビア戦• 出発式 12時45分 玉名市役所玄関前• 出発 13時• 試合開始 15時• 市民応援団100名 12月5日 木曜日 アンゴラ対ノルウェー戦• 出発式 18時15分 玉名市役所玄関前• 出発 18時30分• 試合開始 20時30分• 市民応援団50名 折り鶴でアンゴラ女子ハンドボール選手団を応援します! 11月2日と3日、熊本市の上通りで行われたハンドボールPRイベントにおいて、街行くたくさんの方々にアンゴラ女子ハンドボール選手団への応援メッセージを書いた折り鶴を作成していただきました! また、同じく市職員も全員で折り鶴を作成しました! 地域の皆さんと市職員一丸となって、アンゴラの歓迎と応援の機運を盛り上げていきます! アンゴラ公用語のポルトガル語講座、アンゴラ料理教室 アンゴラ共和国の「2019年女子ハンドボール世界選手権大会」出場を記念して、アンゴラ共和国を身近に感じ、選手団を温かく迎え応援するため、11月1日から16日にかけて、同国公用語のポルトガル語講座、アンゴラ料理教室などのイベントを開催。 多くの市民の皆様にご参加いただきました! 玉名市全体で機運を盛り上げるとともに、みんなでアンゴラを応援しましょう! Angola Avante! アンゴラ アヴァンテ! 」という意味です。

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【目指せ!外交官】世界有数の産油国「アンゴラ共和国」の基本知識│公務員総研

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1975~76年,アンゴラの解放組織間で戦われたと,冷戦下の東西両陣営の支援を受けて 2002年まで続けられた内戦。 , FNLA, の3解放組織は,1960年代から 1970年代前半の対ポルトガル武装解放闘争中も互いに抗争を続けていたが,1974年4月のクーデター後ポルトガル新政府がアフリカ植民地を手放す決意を示すと,1975年1月連合してポルトガルと独立協定を結び,暫定政府の樹立に合意した。 しかし同 1975年3月以降,解放組織間で武力衝突が散発し,7月に入って MPLAと FNLAの戦闘が本格化,やがて UNITAも巻き込んで全面的内戦に発展した。 アフリカ統一機構 が仲介に乗り出したが成果はなく,ポルトガルも治安を維持できないまま,FNLA,UNITA連合軍をアメリカと中国が,MPLA軍をソ連と東欧が援助し,10月にはが連合軍側に立って軍事介入を始めるなど,内戦は連合軍の優勢裏に激化していった。 しかし南アフリカの参戦を機に,中国が連合軍支援を中止,他方 MPLA軍側には 11月初旬以降キューバ軍約1万 2000が加わったため,戦況は徐々に逆転。 11月 11日の独立日には,FNLA,UNITAがアンゴラ民主人民共和国を,MPLAはアンゴラ人民共和国の樹立を宣言したが,12月 19日アメリカが対アンゴラ軍事援助禁止法案を可決して援助を中止したことも影響して,連合軍は劣勢に陥り,また南アフリカの支援を受けたことから連合軍の正統性は急速に失われた。 1976年2月上旬,内戦は MPLAの軍事的勝利のうちに事実上終息し,アンゴラは人民共和国政権の支配下に OAUへの加盟を果たした。 その後 UNITAは南アフリカ,アメリカなどの支援を得て再び武装闘争を開始し,第2次内戦となった。 1994年 11月 MPLAと UNITAの間で和平協定がされたが,1998年に再び内戦状態となった。 2002年,UNITAの J. 議長の死を機に,政府と UNITAは停戦協定に調印した。 出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について の解説 2002年4月4日、アンゴラ政府軍と反政府組織アンゴラ全面独立民族同盟 UNITA が首都ルアンダで停戦協定に調印、1975年の独立後27年間続いたアンゴラ内戦は終結した。 直接の契機は、02年2月22日、・サビンビUNITA議長の戦闘中の死亡。 サビンビは独立後も社会主義を目指すアンゴラ解放人民戦線 MPLA 政権と対立、米国、南アフリカ共和国の支援の下に内戦を続けてきた。 冷戦終結後の94年、いったん和平協定 ルサカ合意 が成立したが守られず、UNITAはダイヤモンド産出地域を押さえ、そのにより戦闘を継続した。 調印によりUNITA兵士 約5万人 は武装解除され、、警察に統合される。 この内戦で50万人が死亡、多くの難民が出た。 UNITAの政党復帰がなされ、03年6月の党大会で・サマクバがに選ばれた。 UNITAはできるだけ早期の大統領・国政選挙を要求したが、当初予定された06年10月の実施も延期される模様。 一方、04年、石油資源のある飛び地カビンダで分離独立を主張するムパラバンダが組織された。 これに対し政府軍は05年6月大攻勢をかけた。 林晃史 敬愛大学教授 / 2007年 出典 株 朝日新聞出版発行「知恵蔵」 知恵蔵について の解説 アンゴラ解放勢力の間で展開された、独立後の指導権をめぐる内戦。 1975年3月から1976年2月にかけての第一次内戦とそれ以降の第二次内戦とに分けられる。 ポルトガル領アンゴラでは、マルクス主義的なアンゴラ解放人民運動(MPLA)、反共的なアンゴラ国民解放戦線(FNLA)、アンゴラ全面独立民族同盟(UNITA)の3解放組織が互いに対立しながら対ポルトガル武装闘争を展開してきたが、1974年4月のポルトガル本国の政変の結果、新政府が植民地独立賦与声明を出したのちも、3組織間の対立は容易に収まらなかった。 1975年1月ケニアの調停で三者が一本化し、ポルトガルと独立協定を結んで、1975年11月11日を独立日と定め、暫定政府を発足させた。 しかし、同年3月にはMPLAとFNLAの間に、5月にはMPLAとUNITAの間に戦端が開かれ、8月以降MPLA対FNLA・UNITA連合勢力という形で内戦は激化していった。 当初、内戦は、ソ連・東欧諸国の援助を得たMPLAが、アメリカ・中国の援助を得た連合勢力を圧倒したが、10月末に南アフリカ共和国軍が介入すると形勢は逆転した。 しかし11月初旬からキューバ軍がMPLA支援のために送られ(内戦終結までに1万2000人に達した)、ソ連の武器援助も大規模化した(総計2億ドル相当)ため、形勢は再度逆転し、1976年2月中旬にはMPLAの勝利が確定した。 なお内戦中、MPLAはアンゴラ人民共和国を、連合勢力はアンゴラ人民民主共和国を宣言したが、内戦終結の直後、人民共和国の正統性がアフリカ統一機構(OAU)によって認められた。 これによって下火になったUNITAによる反政府武力闘争はその後ふたたび活性化し、第二次内戦へと発展したが、MPLA政権が1990年7月に社会主義路線を放棄し、1991年5月に複数政党制憲法を採択したことから和平の条件が整い、同月和平協定が調印され、1992年9月には大統領選挙、議会選挙も行われた。 しかし不正を理由にUNITAは選挙結果を認めず、第二次内戦が激化した。 1994年11月にUNITAの議長サビンビの副大統領就任(実際には「野党代表」という特別の地位に就いた)などの条件を含む和平協定調印があり、1997年4月ようやく国民統合政府が樹立された。 しかし、1998年UNITAと政府の内戦が再燃。 2002年2月サビンビが戦死し、UNITAの勢力が弱まり、和平交渉が進展した。 4月政府とUNITAなど反政府勢力が停戦合意に関する覚書に署名し、内戦は事実上終結した。

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2019女子ハンドボール世界選手権大会、11月30日いよいよ開幕!! アフリカ王者、アンゴラ共和国女子ハンドボールチーム 東京2020オリンピック出場国 が来熊します! 【関連リンク】 アフリカ王者、アンゴラ共和国女子ハンドボールチームが来熊します! 玉名市上小田出身の在アンゴラ特命全権大使の橋渡しにより縁がつながったアフリカのアンゴラ共和国。 その縁を大切に、玉名市が7月下旬に行ったアンゴラ共和国を相手国としたホストタウン申請。 8月30日付けで内閣官房オリンピック・パラリンピック競技大会推進本部から登録の通知を受け、玉名市はアンゴラ共和国のホストタウン自治体に正式に決定しました。 また、アンゴラ共和国女子ハンドボールチームは、9月下旬にアフリカのセネガルで開催された「東京2020オリンピック・アフリカ代表決定戦」にて見事優勝し、来年の夏季五輪への出場権を獲得! そのアンゴラ共和国女子ハンドボールチームが、11月30日から熊本で開催される「2019女子ハンドボール世界選手権大会」に出場するため、来熊します! 玉名市はアンゴラ共和国のホストタウンとして、アンゴラチーム選手と交流を進めるとともに、アンゴラチームを応援します! 【関連記事リンク】 サイト内リンク アンゴラ共和国って、どんな国? アフリカ大陸で7番目に大きな国• 面積は約125万平方キロメートルで、日本の約3. 首都はルアンダ• 人口は2,578万人• 1975年11月1日、ポルトガルから独立• 公用語はポルトガル語• 日本との時差は8時間• 気候は雨期 11月頃〜5月頃 と乾期 5月頃〜10月頃 からなる• 特産品はコーヒー、トウモロコシ 2019女子ハンドボール世界選手権大会について 2年に一度開催される、女子ハンドボールの世界一決定戦です。 1997年に熊本で開催された男子ハンドボール世界選手権は、パークドーム熊本・熊本市総合体育館・八代市総合体育館・山鹿市総合体育館の3市4会場で行われ、大会期間中の観客は20万人を超えるなど、大きな盛り上がりを見せました。 開催期間 2019年11月30日 土曜日 〜12月15日 日曜日 大会日程 アンゴラ共和国女子ハンドボールチーム情報 見逃せない個々の身体能力 国家政策による強化で力をつけて1989年のアフリカ選手権で初優勝し、翌1990年の第10回世界選手権大会でデビューを果たしました。 この初陣は6戦6敗で16位 最下位 でしたが、当時から個々の身体能力の高さは目を見張るものがありました。 世界選手権大会には初出場から今大会まで連続出場。 1996年にはオリンピック アトランタ にも出場し、アフリカ女子のリーダーに。 経験を重ね、戦術も成熟させた第18回世界選手権大会 2007年 では7位、第20回大会 2011年 でも8位に躍進しています。 ここ3回の世界選手権大会は16位、16位、19位と上位に進めず、アフリカでもセネガルらに追い上げられていますが、簡単に盟主の地位を明け渡すことはないでしょう。 190センチの長身・カッソーマ選手を初め、一人一人の高い身体能力は、ぜひとも目に焼き付けたいところです。 アフリカの盟主、アンゴラ! アンゴラは、圧倒的なフィジカルで、世界のトップゾーンを何度も脅かしたチームです。 近年は組織的な戦術性にも豊かさが見られ、一発の勝負強さを発揮する可能性は小さくありません。 主な戦績 世界選手権大会• 出場:15回• 最高順位:7位 2007年 表:世界選手権直近3大会の順位 21回 2013年 16位 22回 2015年 16位 23回 2017年 19位 オリンピック• 出場:6回• 最高順位:7位 1996年 表:オリンピック直近3大会の順位 北京 2008年 12位 ロンドン 2012年 10位 リオ 2016年 8位 大陸予選 アンゴラはアフリカ1位で出場権を獲得しました。 表:大陸予選結果 1回戦 41-17 アルジェリア 準決勝 25-16 カメルーン 決勝 19-14 セネガル 注目選手 アルベルティナ・カッソーマ選手 23歳の若手ながら存在感あふれるプレーヤーです。 190センチの長身、長い手足を生かしたピポットプレーヤーとしてチームをリードします。 ハンドボールって、どんなスポーツ? パワフルなプレー 膝から上の上半身を使って、パスやドリブルでボールをつなぎ、相手ゴールにボールを投げ入れて得点を競う競技です。 「走る」「飛ぶ」「投げる」のスポーツの3要素をフルに生かし、コートプレーヤー6人、ゴールキーパー1人の7人1チームで対戦します。 スピーディーなパスワークや華麗なドリブル、ダイナミックなシュートシーンなど、縦40メートル横20メートルのコート内でパワフルなプレーが繰り広げられます。 ハンドボールのルール 1試合につき前半と後半をそれぞれ30分ずつ、コートプレーヤー6人、ゴールキーパー1人の7人チームで戦い、相手ゴールに入れた数が多い方が勝利となります。 膝の上のみ使うことができ、足でボールを蹴るとキックの反則となります。 1人のプレーヤーがボールに触れる時間は3秒以内で、ステップは3歩までです。 4秒以上のボールはオーバータイム、4歩以上のステップはオーバーステップの反則となります。 ただし、ジャンプした状態でボールをキャッチし、着地した場合の足は0歩となります。 ゴールエリア ゴール前には6メートルラインと呼ばれるゴールエリアがあり、自陣ゴールキーパーのみ入ることができます。 他の選手が侵入するとファウルとなります。 退場・失格 悪質なファウルをした選手は退場となり、該当選手は2分間試合に出られず、チームはその間、少ない人数で戦わなければいけません。 ファウルの回数に制限はなく、戦略としてファウルを使う場合もありますが、悪質な行為は失格となり試合に戻ることはできません。 接触プレー 相手を突き飛ばすプッシングや抱え込んで動きを妨害するホールディングはファウルとなり、相手チームのフリースローまたはペナルティースローとなります。 しかし、体正面から当たっていくボディコンタクトは許されています。 7メートルスロー シュート体勢に入っている選手へのファウルやゴールエリア内でのファウルにはペナルティスローが与えられます。 ペナルティースローは、ゴールから7メートルの地点でコートプレーヤーとゴールキーパーの1対1で行われます。 選手交代 プレーが続いている途中でも、交代エリアからであれば審判に申告なくいつでも何度でも選手交代が可能です。 攻撃や守備専門の選手もおり、試合展開に応じて入れ替えることができるので、選手交代の采配が試合の明暗を左右するポイントとなります。 アンゴラ選手写真提供:公益財団法人日本ハンドボール協会 みんなでアンゴラを応援しよう! 市民応援団結成!! アンゴラチーム応援のため、10月1日〜10日に行った一般募集により「市民応援団」が結成されました! 会場となる「アクアドームくまもと」で熱い声援を送ります!! 11月30日 土曜日 アンゴラ対セルビア戦• 出発式 12時45分 玉名市役所玄関前• 出発 13時• 試合開始 15時• 市民応援団100名 12月5日 木曜日 アンゴラ対ノルウェー戦• 出発式 18時15分 玉名市役所玄関前• 出発 18時30分• 試合開始 20時30分• 市民応援団50名 折り鶴でアンゴラ女子ハンドボール選手団を応援します! 11月2日と3日、熊本市の上通りで行われたハンドボールPRイベントにおいて、街行くたくさんの方々にアンゴラ女子ハンドボール選手団への応援メッセージを書いた折り鶴を作成していただきました! また、同じく市職員も全員で折り鶴を作成しました! 地域の皆さんと市職員一丸となって、アンゴラの歓迎と応援の機運を盛り上げていきます! アンゴラ公用語のポルトガル語講座、アンゴラ料理教室 アンゴラ共和国の「2019年女子ハンドボール世界選手権大会」出場を記念して、アンゴラ共和国を身近に感じ、選手団を温かく迎え応援するため、11月1日から16日にかけて、同国公用語のポルトガル語講座、アンゴラ料理教室などのイベントを開催。 多くの市民の皆様にご参加いただきました! 玉名市全体で機運を盛り上げるとともに、みんなでアンゴラを応援しましょう! Angola Avante! アンゴラ アヴァンテ! 」という意味です。

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