きめつたんじろうイラスト。 鬼滅の刃 竈門炭治郎 アイロンビーズの図案

誰でも描ける!ミニキャラ・チビキャラのコツ

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today 2013-3 2013年3月 今日の一言集 早3月。 今年は非常に寒い日が多く、お陰さまで花粉の影響は2月下旬頃から感じ始めるという遅いスタートとなりました。 去年は1月中には感じていたので、その分助かった?でも花粉の季節が5月末まで続くかも知れないと考えるとゾッとしますねえ。 新年度はチャレンジの年となるかも。 マークですが 赤色:客観的に最重要、 青色:客観的に重要、 緑色:主観的に最重要となっています。 万葉集の柿本人麻呂の歌である。 その前には「檜原(ひはら)に立てる春霞」?? つまりヒノキ林の霞を詠み込んだ歌もある。 スギ林やヒノキ林に立つ霞が春を告げるのは昔と同じだが、こちらは昨年の何倍かといわれる花粉の飛散を思い浮かべてしまう現代である。 専門家は今まで花粉症でなかった人もPM2.5のせいで発症することがありうるという。 しかし、こんな近未来(きんみらい)はごめんである。 「ひさかたの天つくビルもかすむ日は 人みな籠(こ)もる春となりけり/詠み人知らず」 毎日新聞 金言 西川恵 「中国あってのTPP」 安倍政権が環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の交渉参加に事実上こぎつけた。 これについて「『Gゼロ』後の世界」(日本経済新聞出版社)の著者で米国の戦略研究家イアン・ブレマー氏が 「中国がいたからこそ日本はTPPに参加できた」と先日、NHKテレビのインタビューで語っていた。 私もそう思う。 TPPが純粋に経済問題や国内問題としてしか認識されていなかったら交渉参加はもっと難しかっただろう。 TPPは力の威圧を隠さなくなった中国に対するけん制とともに、アジアだけでなく太平洋地域にも日本の選択肢を広げておくという戦略的な安全保障の観点で認識されていたからこそ、事前の世論調査でも加盟賛成が反対を大きく上回っていたのではないか。 この点で中国は交渉参加を後押しした陰の立役者である。 いま日本人の安全保障観は急速に変わりつつある。 もう少し正確に言うと皮膚感覚で安全保障とは何かを学びつつある。 その教材となっているのが尖閣諸島だ。 これまで日本人の多くは(私もその一人だが)、国土というものは「ここは日本の領土だ」と言っておれば保全されると考えていた。 日本国憲法前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」との文言に通じるこの理想主義的な考え方は、戦後長らく日本人の対外観を支配してきた。 しかし近年の尖閣諸島をめぐる中国との確執は、一片の宣言で領土が保全されるほど甘くはないことを見せつけた。 海上保安庁の巡視船は緊張のない平和時においてもローテーションを組んで離島海域を巡視し、不審船や異常をチェックしてきた。 尖閣諸島問題で中国の漁業監視船の領海侵犯が常態化すれば、島への上陸や実効占拠を防ぐため、時に身をていした監視活動で領土を守っている。 戦争の惨禍を経験した反動として日本社会は平和主義への志向が強いが、 物理的な力を行使して領土を守ってきた現実が厳然としてある。 平和時の巡視船の活動はニュースにもならなかったが、尖閣諸島問題は領土を守ることがどういうことかを具体的に世論に知らしめた。 戦略的な安全保障観に立った考え方に少なからず日本人はアレルギーがあった。 冷徹な現実政治(リアルポリティーク)を想起させるからだろうが、 日本をとり巻く環境の変化はよりシビアな視点で地域や世界を見つめ直す必要性を我々に迫っている。 この点においてTPP交渉参加は大きな流れに沿った選択だと私は思う。 毎日新聞夕刊 しあわせのトンボ 近藤勝重 「在り過ぎる」悲劇 人間の欲望というのは際限のないものらしい。 宗教家は「満たせば満たすほど欲は深くなる」と言う。 ベテラン刑事は「とくにお金だ。 お金は人を変えてしまう」と言う。 確かにそうで、長年の記者生活でもその種の事件にしばしば出合った。 といって善人であれとか、禁欲的であれなどとわかったふうなことを言うつもりはない。 人間の欲望はさまざまな矛盾を生み出すもので、文学や芸術にしても、矛盾のかたまりである人間にこだわらずして生まれるものではない。 没後30年になる批評家、小林秀雄氏の文章はとかく難解といわれる。 しかし ニーチェが説くギリシャ悲劇の本質から、悲劇の概念をかみくだいた次の一文はどうだろう。 「人間に何かが足りないから悲劇が起(おこ)るのではない、何かが在り過ぎるから悲劇が起るのだ」 前後には適当に難しい文章はあるものの、このくだりなどは実に明快、そのとおりだと思える。 ただし、 「在り過ぎる」悲劇といっても、個人の生き方と国家の政策とはおのずと異なる。 同等にはとても扱えない。 例えば 原発は国策で推進され、経済を動かす一大エネルギーとなった。 結果として成長政策と共に何かとあり過ぎる世の中を出現させたあげく、福島原発の大事故を見たのだった。 放射能禍で今なお十数万人が住む土地を追われ、福島原発の燃料プールは危うい状況のままだ。 民主党政権は2030年代に原発稼働ゼロ方針を打ち出したが、安倍晋三首相は「ゼロベースで見直す」とあっさり退けた。 やっぱりの声に交じって、ラジオからはこんな川柳も流れていた。 原発はゼロはゼロでも反省ゼロ 首相のおっしゃる「美しい国」と原発下の活断層や核のゴミの問題はどうかみあうのか。 アベノミクスを横目に疑問は募るばかりだ。 「3・11」以後、識者ら多くの人が 足るを知る生活を、身の丈にあった国づくりを、と訴えてきた。 そこに共通するのは 「在り過ぎる」悲劇をかんがみての声であった。 いい大人が、という言葉がある。 政治も経済もいい大人が担い手である。 その人たちの中には、ひざに孫を抱いて相好を崩している方もおられよう。 あえて言うまでもなく、 原発の存否は人類の未来を分かつ問題である。 さても危うきこの国の足元。 いい大人が目先のことにとらわれてばかりでいいはずがない。 毎日新聞夕刊 憂楽帳 平田崇浩 「ネット選挙」 ネット選挙が7月の参院選から解禁されそうだ。 普段は政党も政治家もホームページや電子メールで情報を発信しながら、選挙期間に限って禁止されてきた。 解禁によって何が変わるのだろうか。 昨年12月の韓国大統領選について、ソフトバンク社長室長の嶋聡さんがまとめたリポートが興味深い。 ネット選挙先進国の韓国では、中高年層にもスマートフォンが普及している。 ソーシャルメディアを通じて中高年層の間に朴槿恵氏を支持する動きが広がり、朴氏が僅差で当選する原動力になったという分析だ。 日本でネット選挙の解禁が遅れたのはネットを使いこなす若い世代の発信力を時の与党が恐れたからだ。 若者は変革を求める傾向が強く、選挙で野党が有利になるという一方的な思い込みが背景にある。 「18歳選挙権」がなかなか実現しない一因にもなっている。 「だから今の政治は民意を表していない」と語る嶋さんは、与党を経験しないまま転身した元民主党衆院議員。 案の定、ベテラン参院議員から反対の合唱が聞こえてきた。 YCASTER 2. SF小説などが描く極端に反人間的な未来社会がそれにあたる。 住民がみな同じ服を着て命令通りの仕事をするその「単一国」では、人間は「ナンバー」でしかなくプライバシーもない。 宇宙船技師の主人公の名はD? に対する警告である」とはザミャーチンの言葉だ。 社会保障や徴税(ちょうぜい)のために国民全員に番号を割り振る共通番号制度関連法案(マイナンバー法案)が閣議決定された。 国民にとっても便利にはなろうが、情報の漏(ろう)えいや目的外利用の懸念は残る。 人間の自由と尊厳を脅かす危険を制御するには、知恵も努力も注がねばならない現実社会である。 毎日新聞 近聞遠見 岩見隆夫 「丁々発止はあったのか」 アベノミクス・フィーバーの一方で、安倍外交もにぎやかだ。 先のアジア歴訪に次いで、米、露、韓トップとの対話も一巡した。 首脳会談の妙味は丁々発止である。 公式発表には出てこないが、後から少しずつわかってくる。 1972年9月、日中国交回復を仕上げた田中角栄首相と中国の周恩来首相との丁々発止は、戦後首脳外交史の白眉(はくび)ではなかろうか。 早野透桜美林大教授の新著「田中角栄」(中公新書・12年刊)によると、2人の侵略問答は次のようなものだった。 周首相が日本軍の侵略で殺された中国人は1100万人と詰め寄るので、田中は 「あなた方も日本を攻めてきたことがあったけど、上陸に成功しなかったでしょ」 と言ってしまった。 周は色をなして怒り、 「それは元寇のことか。 あれはわが国ではない。 蒙古だぞ」 と言う。 田中は引き下がらない。 「1000年の昔、中国福建省から九州に攻めてきたではないか。 その時も台風で失敗した」 「あんた、よく勉強してきましたね。 たいしたもんだ」 と周はほこを収めた??。 「首脳会談というのは、そういうものだよ」 と当時、「朝日新聞」記者の早野に田中が話したそうだ。 私も田中訪中の随行記者団に加わったので、元寇の話は聞いていたが、福建省の一件は初めて知った。 田中の野人的な外交が功を奏している。 ところで、安倍晋三首相とオバマ米大統領、森喜朗元首相とプーチン・ロシア大統領、麻生太郎副総理と朴槿恵(パククネ)韓国新大統領と、このところ会談続きだった。 どんな丁々発止が隠されているのか、あるいはなかったか、いずれ漏れてくるだろう。 次の外交秘話は、26年後に明かされた。 85年5月、ボンで開かれた第11回サミット(主要先進国首脳会議)。 会議の合間を縫って、中曽根康弘首相とレーガン米大統領の首脳会談がもたれた。 陪席したのは安倍晋太郎外相と山崎拓官房副長官、米側はシュルツ国務長官、ワインバーガー国防長官、リーガン財務長官の3人だった。 この席で、中曽根は思いがけない提案をする。 「この際、冷戦構造を解消しようではないか。 冷戦構造の東西のフロント(前線)は欧州のベルリン、朝鮮半島の(韓国と北朝鮮の国境の北緯)38度線だ。 ベルリンの壁の解消は、米国主導で北大西洋条約機構(NATO)でやってほしい。 38度線については、韓国は中国、ソ連と国交がない。 北朝鮮は日本、米国と国交がない。 だから、一気にたすき掛け承認をやって、38度線を取り払おう」 中曽根にとっては米・ウィリアムズバーグ、ロンドンに次いで3度目のサミット。 <世界のナカソネ>と顔が売れ出していた。 それにしても、大胆な発言だった。 会談はいったん中断され、レーガンは、 「ちょっと待ってくれ」 と言って、シュルツ、ワインバーガー両長官を連れて別室に消える。 しばらくして戻ってくると、 「いまの中曽根首相のオファー(提案)を我々は了承する」 と述べたという。 山崎は<冷戦解消構想>で合意の大ニュースを同行記者にブリーフしようとしたが、安倍外相に 「いまの話は外に出すな」 とクギを刺された。 中曽根にも相談したが、米側と打ち合わせのうえで、 「やめておけ」 と止められたという。 その後、中曽根提案どおりに展開したのはまずドイツで、89年、ベルリンの壁が撤去され、90年、東西両ドイツが統一を果たしている。 次いで韓国も90年にソ連、92年に中国と国交正常化した。 しかし、日米は北朝鮮といまだに正常化できず、従って冷戦構造の解消は完結していない。 この秘話は、山崎が一昨年、「日本経済新聞」電子版に連載した<わが体験的政界論>で初めて語られている。 レーガン、安倍ら関係者も死去し、そろそろ、ということだろう。 このなかで、山崎は、 「小泉純一郎氏が首相になったあと、ある時一杯飲みながら、このエピソードを話した。 それだけが動機とは思わないけれど、彼は2002年9月17日に北朝鮮に行ったんです。 日朝国交正常化を実現するという、あの時の平壌宣言は、85年の中曽根・レーガン合意に遠因があると考えている」 と推測した。 この合意秘話は、中曽根が昨年10月出版した「中曽根康弘が語る戦後日本外交」(新潮社)にも登場していない。 長い間ご愛読いただきありがとうございました。 最後ですので、今一番私が心配していることを書いておこうと思います。 それは今、日本でたいへんな勢いで進行する「少子高齢化」の先の先にほの見える日本社会の姿です。 昨年「国立社会保障・人口問題研究所」がこれからの日本の人口推計を発表しました。 2010年に1億2806万人の日本人口は30年に1億1662万人と減り始め、48年(約40年後)には9913万人と1億人を割り込むそうです。 そして50年後の60年には8674万人になると予想されています。 今後50年で4132万人の日本人が消えてなくなるという勘定です。 4000万人がいなくなる日本の国の姿を想像できますか。 実は昭和28(1953)年、日本の人口は8698万人でした。 1億人を超えたのは昭和42(1967)年です。 だから50年後にまた昭和28年に戻るだけさ!という言い方もできます。 しかし、 経済が右肩上がりに成長し人口が増えていった時は「明日は今日より良くなる」という未来の輝きがありましたが、人口減少の先には明るさや輝きは見えません。 2060年の世代別の割合を見てみましょう。 14歳の年少人口は9・1%(約1割)、15? 64歳の生産年齢人口は50・9%(約5割)、65歳以上の高齢者人口は39・9%(約4割)と推定されています。 つまり働いて税金や年金、医療、介護、失業など各種社会保障のシステムを支えている現役世代が5割、支えてもらう側の年少・老齢世代が5割、言い換えると 1人が1人を支える1対1社会が到来するのです。 今は6・5割の現役世代が3・5割を支えるおよそ2対1の社会です。 現在でも社会保障制度の維持は難しいのに1対1社会の維持は不可能でしょう。 この「絶望」を「希望」に変えるには人口減少にストップをかけなければなりません。 つまり、 若い世代が頑張って子供をもっと多く産んでくれるか、多くの移民を受け入れるかですね。 そこで最後に提案?? 公共事業に何兆円もつぎ込むより人口増加誘導策を! 2人目の子供を産んだら500万円、3人目には1000万円あげます!という政策はどうでしょうか!? YCASTER 2. 0 伊藤洋一公式サイト 「最高値トライへ?」 歳出の強制削減という新しい局面に入ったのに、アメリカでは株が高く、ドルが強い(書いている時点ですが)。「どうしてかな」と思いながらネットを見ていて、なるほどと思った言葉は、「 'Why should I care? ' 」でした。 ウォール・ストリート・ジャーナルの「Fiscal Pain to Be Parceled Out Unevenly」という記事に出てくる。これが何を言っているのかというと、 強制削減は始まるが、当面その影響が直ぐに出るのはアメリカでも一部だ、という点。 確かに 「7ヶ月間に850億ドルの連邦歳出削減」の対象になる半分は軍事予算。だからオバマ大統領は2月の最終週にバージニア州の軍船造船所を訪ねて「大量の失業者が出る」と議会に合意を呼びかけたのですが、要するに 最初の削減の影響が出るのはワシントンDC、メリーランド、バージニアなどのワシントン周りと、ハワイ、アラスカなど、それに加えてNew Mexico, Kentucky and Alabamaなど。いずれも軍の予算が関連するところだ。 その他のアメリカの主要地域(カルフォアウニアとかニューヨークなど)については、「3月中にでも財政赤字の削減に関してホワイトハウスと野党共和党の指導者との合意が出来れば、影響はほとんどない」と言うことも言える。だったら、「なぜ私が気にしなきゃいけないの」ということになる。 それにしても「sequester」と「sequestration」、加えて「furlough」という単語は一躍「時の単語」になった。順に訳すと「仮差し押さえする」「仮差し押さえ」「公務員などの賜暇・休暇」となるが、今回の場合の前の二者は「連邦歳出の強制削減」と訳して問題ないと思う。 では今後どうなるのかについて「The Sequester: What Happens Next」という記事がある。ここで 重要なのは3月27日です。この日に何が来るかというと、 現行の暫定予算の失効期日。だからこの英文にもあるとおり、「 Unrelated to the sequester, funding for some federal programs and agencies expires. マリで起きていることは私たちが直面する多くの問題の側面を映し出している。 まず イスラム過激主義だ。 トルコやモロッコ、フランスでみられる近代的、科学的なイスラム教もあれば、反動的で閉鎖的なイスラム教もある。 カトリックや福音主義の中にも過激思想はあり、神道や儒教にも変化を恐れる人々がいる。 だが これほどの宗教的なテロリズムはイスラム教にしか存在しない。 彼らは楽園つまり非常にポジティブな死後を信じ、現世に生きることを重要視しない。 イスラム教の「ジハード」という言葉は通常は自らの内面の悪に対する戦いと解釈されるが、無信仰者や異教徒に対する聖なる戦いと考える者が相当数いる。 これはイスラム教の本質的な思想をゆがめている。 過激な原理主義は最貧国ではなく、近代性に近づいている国で生まれやすい。 富裕層、エリート支配層に近づけない中産階級の欲求不満が強まるからだ。 例えばパキスタンはバングラデシュほど貧しくないが、原理主義がある。 二つ目に薬物の問題がある。 マリは薬物密売に関し、特別な位置にある。 ラテンアメリカからの薬物は大西洋を渡り(アフリカ大陸西岸の)ギニアビサウを通ってマリ国内の秘密の空港を経由し、欧州に入る。 テロリストと薬物が結びつくほど危険なことはない。 薬物の売却で彼らは兵器を購入するからだ。 本当の問題は過激主義を恐れることにある。 カタールやサウジアラビアでは富裕層が恐れから自衛のために過激派に資金を渡そうとしている。 これは非常に危険だ。 アルジェリアの人質拘束事件で、アルジェリア政府は長年の内戦の経験から、 テロリストに対して一つの対応しかありえないことを理解していた。 それは戦争だ。 彼らの対応は正しかった。 武装勢力の活動を世界規模で防ぐには強力な国際連携が必要だ。 興味深い例はペルシャ湾とソマリア沿岸だ。 かつて非常に多くの海賊やテロがあったが、フランスや英国、米国、ロシア、中国、日本などが非公式な形で国際警察のような作戦を実施し、安全が保たれている。 国際社会の協力でテロリズムと戦えることを示している。 一方で、 勢力を拡大する市場は、宗教の敵とみなされる可能性がある。 市場は精神面より物質面、集団より個人、長期より短期的なものを優先し、宗教と対立するからだ。 宗教と市場秩序の両立には宗教が国家ではなく個人に属することが条件だ。 国家の役割は個人が望む宗教を信仰できるようにすることだ。 宗教規則への服従を強制する社会に自由はなく、市場は自由でない社会では機能しない。 教育は非宗教的、近代的であることが重要だ。 ナイジェリアの過激派勢力が名乗る「ボコ・ハラム」は「反近代教育」という意味で、彼らは宗教学校でのみ行われる教育を要求している。 穏健なイスラム教と民主主義は共存しているが、 イスラム過激主義と民主主義は両立しない。 どのような宗教でもイデオロギーを強制する意思は全て、民主主義に反する。 私たちは、個人が好きなものをますます自由に選ぶ世界に向かいつつある。 それは宗教にも当てはまる。 現存する宗教を選んでもよいし、カトリックやプロテスタントやイスラム教、仏教の小さな断片を集めて個人的な宗教を作ってもよい。 それを私は「レゴ宗教」と呼ぶが、二つ意味がある。 一つは小さな断片で組み立てる、おもちゃのレゴブロックで、自家製の宗教だ。 アフリカにはイスラム教以前の宗教、アニミズム(精霊信仰)が存在し、イスラム教と同時に、あるいはカトリックと同時に信仰している人も多い。 過激派勢力は少数であっても、アフリカ全体の安定にとって脅威となっている。 アフリカの発展のためには国際社会が、法の安定と民主主義を国家が実現する手助けをしなければならない。 これは世界全体に言えることだ。 民主主義がなければ経済成長も起こらない。 二つ目に、最も貧しい人々が独自の経済活動を発展させるのを支援することだ。 ここでは マイクロファイナンス(小口金融)が重要だ。 誰かに毎日、食料を与える代わりに 自力で収入を得るための資金を貸すのだ。 アフリカの安定した統治を助けることができれば21世紀はアフリカの世紀になる。 莫大(ばくだい)な天然資源があり、やがて人口は世界人口の4分の1を占める。 アフリカは巨大な経済成長の可能性を秘めているが、そのためには最悪の事態を避けなければならない。 それはカオス(混とん)状態だ。 カオスを回避し国々を安定させるか、自ら安定するのを助けることができれば、世界の成長の大きな原動力となる。 フェイスブックやツイッターなどといったソーシャルメディアが話題にならない日はないほど。 だが、パソコンの普及もインターネットの浸透も、ここ十数年のことにすぎない。 だいたい それ以前のコンピュータは、人工知能すなわち「人間にかわって高速度で思考する機械」にほかならなかった。 それがいまや面目を一新し、何よりもまず 強力な相互通信機器に、また膨大な人々の考えを瞬時に把握できる機械になってしまったのである。 コンピュータは「タイプ1」から「タイプ2」へと変貌したのであると、本書の著者は言う。 「両者のあいだには、設計思想上の根本的な相違がある。 高価な注文生産のかわりに安価な大量生産が主流となり、ハードウェアはなるべくシンプルで基本機能だけをみたし、多様なヒューマン・インターフェイスをソフトウェアが分担することになったのである」と。 「タイプ1」の典型は、八〇年代、産官学のコンピュータ研究者をあつめ、およそ五〇〇億円の予算をかけてとりくんだ日本の国家プロジェクト「第五世代コンピュータ」開発だが、無惨な失敗に終わった。 なぜか。 理由は「プロジェクト・メンバーの見識の無さにあった」と著者は言う。 「西洋から輸入した技術自体は所与の前提とし、ひたすらその改良にいそしむ」という近代日本流のやり方がもはや通用しないことに気づかなかったからだ、と。 むしろ逆に、万物にみな生命が宿るといった日本古来の考え方のほうがよほど適切だったのに、と、示唆するのである。 本書はしかし国家プロジェクトの失敗の責任を問うているのではない。 そうではなく、 知の世界そのものが「機械の知」から「生命の知」へと大きく転換しつつあることに注意を促しているのだ。 近代西洋型の知からの大きな転換、コンピュータが「タイプ1」から「タイプ2」へと変貌したことの意味はそこにあるというのである。 人間の死を宣言したいわゆるポストモダンは「機械の知」の最終段階のようなもの。 「タイプ2」の登場とともにポストモダンの掛け声も急速にしぼみ、 いまでは「検索エンジンとソーシャルメディアによって低コストで直接民主制が達成できる」という楽観的な議論さえ横行している。 生産者と消費者を直接結ぶいわゆる流通の「中抜き理論」の政治版である。 「みんなの意見」は案外正しいといった「集合知」礼賛の声も同じ流れのなかにある。 だが、と、著者は警鐘を鳴らす。 透明でフラットなグローバル世界というイメージは幻想にすぎない。 人間社会とはむしろ「ローカルな半独立の社会集団」の無数の入れ子構造なのであり、それはつまり 「中抜き理論」のその「中」にこそ重要性が潜んでいるということなのだ、と。 こうして、 「人間集団を感性的な深層から活性化し、集団的な知としてまとめあげる」ような「タイプ3」のコンピュータの出現がいまや切望されているというのだ。 傾聴すべきだが、しかし本書の白眉はむしろ従来の主観・客観という考え方に対する痛烈な批判にある。 現実に地上に存在するのは個々人の「主観世界」だけであり「客観知」のほうこそ人為的なツクリモノなのだ、にもかかわらず それが重要なのは、「主観」の食い違いによって闘争を繰り返さないために「衆知をあわせて創りあげた一種の知恵」にほかならないからである、というのである。 客観知とは「生命の知」なのだ、と。 過熱するネット社会を考えるための貴重な一冊。 場所はカナディアン・ロッキーにあるバージェス山の近く。 エビに似た巨大なアノマロカリス。 頁岩とは泥や粘土が固まってできた堆積(たいせき)岩のこと。 採掘が難しく顧みられなかったが、技術革新で開発に拍車がかかった。 米国では「ゴールドラッシュ」にたとえられるほど。 安倍晋三首相は施政方針演説で述べている。 中身は、省エネや再生可能エネルギー、電力システムの改革に加え、原発の再稼働。 核燃料を持ち出す必要のない米国がうらやましくなるが、 シェール資源も化石燃料だ。 持続可能なエネルギー革命の痕跡であってほしい。 毎日新聞 風知草 山田孝男 「繁栄の代償」 「経済大国」は必然的に「軍事大国」である。 競争相手の妨害を、時に武力で排除しなければならないからだ。 軽武装の経済大国・日本の繁栄は超大国アメリカに守られた例外だった。 その自覚が日本側に薄かった。 世界第3位の経済が軍事的保護と無関係に成り立つと思い込んでいた。 経済大国も軽武装なら憎まれまい、とタカをくくってきた。 そういう甘さが、財政難に苦しむアメリカの、国際紛争から手を引こうという政策転換によって浮かび上がった。 尖閣諸島の国境摩擦だ。 アルジェリアの人質事件だ。 日本人は繁栄の代償について学びつつある。 日米同盟は大事だが、万事アメリカ頼みは通らない。 しっかり立つしかない。 だからといって日本はアメリカにはなれない。 なるべきでもない。 このジレンマに触れ、日本の映画ファンに語りかけるのが、CIA(米中央情報局)がやたらと目立つ今年のアカデミー賞受賞作品である。 先週の授賞式でベン・アフレック監督・主演の「アルゴ」が作品、脚色、編集の3賞を獲得した。 主題はイランの米大使館占拠事件(79年)。 CIA工作員の機転で人質の一部6人を救出した実話に基づく。 小気味よくも脚色過剰の脱出劇と、映画ロケを偽装するというハリウッド好みの挿話。 作品もさりながら、政治的素材なのにオバマ米大統領のミシェル夫人が授賞式のプレゼンター(発表者)をつとめ、イランが反発している?? というようなことが話題になっている。 昨秋、全国115館で公開され、観客動員数27万人。 年末には東京の1館を除いて終わっていた。 それがアカデミー賞ノミネートで徐々に増え、同賞受賞により、先週末から再び全国100館規模の上映だ。 感想はさまざまあろうが、冒頭の、米大使館占拠の長くリアルな描写は印象深い。 言語も文化も異なる他国の不穏と不測の危機、人質救出の難しさ。 これらのメッセージが、いま、全国の銀幕に繰り返し投影され、観客を引きつけている。 アカデミー賞の話題作にCIA映画がもう一つあった。 音響編集賞の「ゼロ・ダーク・サーティ」だ。 こちらは国際テロ組織「アルカイダ」の指導者、ウサマ・ビンラディン容疑者の殺害(11年)に至るCIA女性分析官の執念がテーマ。 やはり実録ものだが、「アルゴ」と違って苦みが利いている。 米国内ではCIAの拷問描写が論議を呼んだらしい。 そもそもビンラディン暗殺はナゾが多い。 これまた感想はいろいろあろうが、暗視カメラ装着の米海軍特殊部隊がステルス(=レーダーで探知されない)仕様のヘリで潜入、暗殺に及ぶ電撃作戦の再現は記憶に残る。 「ゼロ?? 」は2月15日、全国145館で公開され、先週末までに23万人が見た。 環太平洋パートナーシップ協定(TPP)参加も、次期主力戦闘機F35の国際共同生産をめぐる武器輸出三原則緩和も「軍事大国でない経済大国」の矛盾に深く根差している。 無資源国の分際で無限の経済発展を求めるなら、我々も敵地潜入用のステルス仕様ヘリを買い、暗殺部隊を養わねばならないが、その選択肢はない。 海外での人質救出のための機材や特殊部隊の拡充は必要だろう。 同時に、拡大一途の大国路線を疑い、経済の質的転換を探る挑戦が、日本にこそ求められていると私は思う。 毎日新聞夕刊 上海交差点 隅俊之 「良い環境を子供たちに」 上海市内で2月24日、日本総領事館の主催で大気汚染に関する説明会が開かれた。 北京の大気汚染は深刻だが、上海も例外ではない。 1月は18日間が「大気汚染日」で、09年以降で最悪だった。 2月も春節(旧正月)の花火や爆竹による汚染が加わり、上海市や米総領事館が発表する微小粒子状物質「PM2.5」の数値がずいぶん気になった。 上海は長期滞在者数5万6000人の世界最大の日本人社会がある。 家族と一緒に暮らす駐在員も多いから、出会えば「今日は呼吸しづらいね」と話題は自然とそっちに向かう。 説明会では 「家族4人でマスクを連日使うと費用負担も大きい」「将来的な肺がんのリスクは高いのだろうか」と切実な質問が飛んだ。 反省させられたのは、環境省出身の担当者の「私たちは大気汚染の被害者であると同時に加害者の側面もある」という言葉だった。 タクシーの利用や家電の電力消費の多さなど、 地元の人と比べ、経済的に豊かな外国人は環境負荷の高い生活をしている。 企業も環境基準はあるが工場生産などで排水や排気をしている。 「子供たちに良い環境を残すために」という担当者の言葉に、一人一人の意識という環境問題の原則を改めて考え直した。 将来にいかに良い環境を残すか。 先日、上海市の水族館に行った時のこと。 ペンギンがいるからと物見遊山で出かけたのだが、最初の展示は「長江流域の希少生物」だった。 アジア最長と言われる長江には、多くの生物が生息し、300種類の魚がいる。 展示ではパネルを使って、工場や生活排水による水質汚染で希少種の生存が脅かされていると訴えていた。 水族館は観光名所の一つであるテレビ塔のそばにあり、地方から旅行で訪れた家族連れでにぎわっていた。 大人たちは珍しい魚の水槽の前で記念写真を撮るのに熱心だ。 だが、何人かの小さな子供たちは観光気分でいっぱいの親をよそに、パネル展示をジッと見ていた。 難しい説明の内容を彼らがどれだけ理解できたかは分からない。 だが、 紫色や緑色に染まった不気味な川の写真は、魚たちが置かれている厳しい状況を理解するには十分だったと思う。 大気汚染や水質汚染など、中国の環境問題が次世代に残す影響は深刻だ。 「中国の環境問題が日本に与える影響」も大事だが、 私自身が中国でこれからを生きていく子供たちにもっと考えを寄せねばと思った。 「医は仁術なり。 仁愛の心を本とし、人を救ふを以て志とすべし」。 医術とは、単に人の体の治療をするだけではない。 人徳を施す術である、という意味だ。 この言葉を体現する医師に出会ったことがある。 アフガニスタンのへき地を取材で訪れた時のこと。 隣国パキスタンから来たある女性医師が、村の女性に医療を提供していた。 特に目立ったのが「夫の暴力」によるけが。 患者の相談に乗り、村の長老たちに改善を求めて直談判していた。 「命を守る」。 彼女を突き動かしていたのは、そんな使命感だった。 私ごとで恐縮だが、高齢で1人暮らしの私の母も先日、「仁愛の心」ある中国人医師に助けられた。 母は健康診断で血中のカリウム値が異常に高いと指摘されたが、かかりつけのその開業医から来院を求められたのに応じていなかった。 すると彼はある日、病院帰りに母の家に車で立ち寄り、「これをすぐに飲みなさい」と薬を手渡してくれたという。 母は腎臓機能の低下で、野菜や果物から摂取したカリウムを排せつし切れずにいた。 血中に蓄積され続けると心臓の負担となり、最悪の場合、突然死することもある。 実際、母は当時、時折奇妙な息苦しさを感じていたという。 医師の機転がなければ、今ごろどうなっていたか。 娘としてその不知を恥じ、彼の医師としての「良心」に心から感謝した。 1人暮らしの高齢者が急速に増える日本では、これまで以上に「仁術」が求められる。 だが最近は、医学論文の捏造(ねつぞう)など不正が増えているという。 「医は算術なり」。 そんな皮肉が皮肉にならず、常識化する時代が来ないよう願いたい。 「天空の白鷺(しらさぎ)」という名の見学スペースを設け、しっくい壁の修理、屋根瓦のふき直しを公開。 マニアの人気になっている。 実は、この大天守閣が「強運」なのだ。 慶長20(1615)年、江戸幕府が制定した「一国一城令」で、諸大名は一つしか城を持てなくなったが、姫路城はなぜか例外。 火災、落雷を免れ、1868年の戊辰戦争では新政府軍に包囲されたが、城門を一つ爆破されるだけで済み、明治時代の廃城令では、天守は「瓦が大きすぎ」という理由で破却を免れた。 天守の真下の本丸御殿が焼失した時も延焼を免れ、姫路大空襲では焼夷(しょうい)弾の直撃を受けたが、不発だった。 ちょうど2年前、安倍さんは「父・安倍晋太郎は自民党総裁選で2戦2敗。 僕は1戦1勝。 安倍家として、この勝負、5分にしたい」と話していた。 冗談かな?と思った。 総裁選に出るとしても勝ち目は? 蓋(ふた)を開けてみると、有力候補が失言で脱落したりして、決選投票で逆転勝ち。 民主党の体たらくで、衆院選で自民党は圧勝。 「天下人」になった。 強運は続く。 「デフレは日銀の責任」という世論操作をしているうちに株高、円安……まるでアベノミクスの勝利と言わんばかりの展開。 ねじれの参議院で、補正予算は1票差で成立した。 閣僚の不祥事が相次ぎ、自らも病に倒れた「凶運の第1次安倍内閣」とは比べものにならない。 施設方針演説で「世界一になろう」とまで言い切った安倍さん。 「金融緩和+財政出動+成長戦略」の3本柱がアベノミクスであれば、それは世界の先進国の全てがやってきたこと、しかも、その成果は「?」。 かなりの「強運」が要求される。 成長戦略はあるのか? 聞けば、安倍さんがオバマ大統領にプレゼントした「国産のパター」。 山形市の社長一人の「パター工房」には世界20カ国から注文が殺到しているとか。 「日本の物作り」が評価される。 「親切と真心(まごころ)は庶民階層全体の特徴だ」はその人の観察である。 2020年夏季五輪の開催地選定にむけたIOC評価委員会による東京の視察が行われ、スポーツ界はじめ各界あげての歓待が繰り広げられている。 欧州などには原発事故の影響を懸念する声もあるが、誤解は解かねばならない。 だが弱点はIOC調査で50%を切っていた世論の支持である。 そこに描かれる庶民像が何とも気がかりな評価報告書である。 YCASTER 2. 0 伊藤洋一公式サイト 「ミルフィーユ」 実に実に久しぶりにこの言葉を思い出しました。 「相場は悲観の中で生まれ、懐疑の中で育ち、楽観の中で成熟し、そして幸福感(ユーフォリア)の中で消えていく」 ウォーレン・バフェット、ジム・ロジャースと並ぶアメリカの三大投資家と言われるジョン・テンプルトン(1912-2008)が残した言葉と言われている。じゃ、ニューヨークの株価(ダウ工業株)が新値を付けてきた今の段階はどこ ? 考えれば、「今何故?」と思えることは一杯ある。 アメリカを含め世界的に景気は「良い」とは言えない。BRICSを含めて世界の主要国の成長率は戦後のどの時期よりも押し並べて低い。失業率は世界的に高い。おまけにアメリカ政府は、議会との調整が出来ずに「歳出の強制削減フェーズ」にある。 しかし5日のニューヨーク株式市場では、ダウ工業株30種平均が引値で14253. 95 0. 鎮守の神前に集まった村人たちがある誓約をしている。 「親子兄弟を知らず、邪心を捨て、贔屓荷担(ひいきかたん)仕(つかまつ)らず、正直速やかに名主入札(いれふだ)仕るべく……」。 こうした投票の結果が、いわば神意とみなされたのだろう。 この教えの示す通り多くの寺で票の効力は各人平等だった。 その違憲無効を求めて弁護士グループが起こしていた訴訟で、東京高裁は選挙は違憲と判決を下した。 だが 最高裁判決から1年9カ月も問題を放置し、総選挙を従前の区割りのまま実施した国会である。 「正直」「道理」にもとるところなきかを問わねばならぬのは国会議員である。 で、 人が物事の否定的な評価より肯定的な見通しに影響を受けやすいことを「ポリアンナ効果」と呼ぶそうだ。 さらに 自己評価の高かった人ほど脳内で快楽物質を出す部位が活発だった一方、状況を判断する前頭葉の働きが弱くなっていたことが分かった。 むろん米国と日本の同時株高のことである。 ただし雇用や財政への不安などから実体経済と株高との落差も指摘される。 それも市場でほほ笑むポリアンナが授けてくれる元気の用い方次第であろう。 毎日新聞 発信箱 福本容子 「ストロング・ジャパン」 フォークランド諸島は、南米アルゼンチンの東沖480キロにあるイギリス領。 マルビナスというスペイン語名もある。 アルゼンチンも領有権を主張しているのだ。 1982年にはアルゼンチンが侵攻し、実効支配していたイギリスが派兵して制圧した。 その フォークランド諸島で来週、住民投票がある。 イギリスの海外領土として残るのか、を問うもので、3000人ほどの島に報道陣が押し寄せる。 中国のテレビも来た。 地元紙「ペンギン・ニュース」の編集長、リサ・ワトソンさんは取材され質問にびっくり。 「中国と日本がフォークランドに学ぶべきことは何ですか」。 尖閣のことなど知らない。 第一、2大国がこんな島の経験に学ぼうなんて。 ワトソンさんは困ったけれど、最近、 尖閣問題はよくフォークランドと重ねられる。 紛争当時、英首相だったサッチャーさんの言葉を安倍さんが施政方針演説で引用したことが大きい。 「日本の首相、フォークランド戦争を尖閣紛争に結びつける」(米タイム誌)、「日本、サッチャーとフォークランドを鼓舞に使う」(英デーリー・テレグラフ紙) サッチャーさんの言葉を引用したのは、武力行使ではなく国際法が物を言うべきだ、と訴えたかったからみたい。 でも、フォークランドでは結局、武力行使から戦争になり、74日でアルゼンチン兵649人とイギリス兵255人と島民3人が犠牲になった。 日本は中国と戦争する気がある??。 海外では首相のサッチャー語録引用が警戒を招いた。 「強いニッポン」を連呼する安倍さんだ。 「鉄の女」へのあこがれかもしれないけれど、日中関係を険悪にしないか、と世界は結構心配している。 「ストロング・ジャパン」。 言わない、が賢そう。 くそ食らえってんだ」。 決議と前後して腹に汽車を通すといわんばかりの大言壮語(たいげんそうご)はさらに度を増した。 けんか相手に啖呵を切るうちに、笑うどころか怒り顔のみんなに取り囲まれていた北の3代目である。 「覚えてろよ」ではすまない。 毎日新聞夕刊 憂楽帳 岩佐淳士 「中国脅威論」 「タイ側の主眼は経済連携。 中国の問題は日本政府に聞いてください」 安倍晋三首相が1月にタイを訪問した際、タイ外務省高官に首相が狙う東南アジアでの「中国包囲網」形成について聞くと、素っ気なく返された。 タイは中華系移民が同化している国とされる。 混血も進み、誰が中華系かは容易に区別がつかない。 タイの作家、ヨク・ブーラパーが70年代に発表した「中国じいさんと生きる」には、かつてタイ社会にとけ込もうと努力した中華系移民の老人が描かれている。 老人はタイ人を「商売ができない怠け者」とやゆする同胞を非難し、 「誰かれと差別しないタイ人の寛大さ」に感謝すべきだと訴える。 本来は 全く性格の違う中国人を、この国は懐深く取り込んできた。 財閥系企業や銀行など、 今のタイ経済は商売上手な中華系に支えられている。 それを中華系による支配ととらえることもできるが、日本人が唱えがちな中国脅威論は、実利を重んじるタイ人の「価値観」には合わないような気がする。 毎日新聞夕刊 憂楽帳 田内隆弘 「首都機能移転」 初任地は福島だった。 17年前の当時、東京一極集中の是正などを狙って、 国会などの首都機能を別の場所へ移す論議が盛んに行われていた。 その有力候補地に福島が浮上した。 なぜ? 疑問をぶつけると、担当の県職員は答えた。 「 関東と比べて地盤が固く、地震が少ないんです。 原発がたくさん建っていることからも、お分かりでしょう」。 ずいぶん後になって、 この解説が誤っていたと気づかされることになった。 東日本大震災から間もなく2年になる。 福島で巨大地震が起きるなんて、遠浅の浜に大津波が来るなんて、原発の電源が喪失するなんて、堅固な建屋が吹っ飛ぶなんて。 あの地で5年間暮らし、取材したからこそ抱いた「まさか」は少なくない。 放射性物質に汚された土地の除染、住民の健康や風評被害対策など、課題は山積だという。 もし国会が福島に移っていたらと夢想する。 日々被災地の空気を吸い水を飲めば、議員らの当事者意識も強まり、 復興の歩みは違ったものになっただろうか。 ポストも支柱が折れ消えてしまった。 それから、どこをどう流れていったのだろう。 だが、郵便ポストは北から南に流れた。 本土と沖縄方面に双方向の漂着物がある。 数を数えることを、「読む」という地方がある。 この神には「滄海原(あおうなばら)の潮の八百重(やおえ)を治(しら)す」神だという伝説がある。 郵便ポストの場所をインターネット地図で検索した。 国道のストリートビュー(写真)が出てきた。 撮影は2年前。 がれきの積まれた空き地が広がっている。 大自然の力にあらためて慄然とした。 新書が持っていた科学分野の一般読者向け総説、といった重さを捨て、バラエティに富んだテーマをトピックス的に取り上げる。 シリーズ創刊二十年、当初は地味で小さな本という印象で、出版も滞りがちに見えた。 だが二〇〇五年に装丁を一新して見た目も良くなり、『ハダカデバネズミ』『決着! 恐竜絶滅論争』『ヒトはなぜ難産なのか』など斬新なテーマでの出版が、月一? 二冊のペースで続いている。 同じ岩波の伝統ある雑誌『科学』は、社会的視点を強めた結果、かつてのような科学自体の面白さやその目覚ましい発展を伝える役割を失った。 残念ではあるが、一般読者にはこの「科学ライブラリー」が、科学の面白さ、最前線を新たな装いで伝えてくれるようになった。 科学の紹介でも、ビジュアル情報は大事だ。 その点やや物足りなかったが、カラー写真やイラストを入れたものが出始めたことを歓迎したい。 紹介する新刊二冊は、ともに動物の生態に関するもの。 カラー写真、愉快なイラストをたくさんちりばめ、電車の中や就寝前に楽しめる。 著者たちが一九六〇? 七〇年代生まれ、ピッチピチの現役研究者なのも新鮮だ。 研究現場の活気と興奮が伝わってくる。 『シロアリ』は、読んでずいぶんと驚かされた。 著者は野山を駆け回った子供時代にシロアリの巣を見てとりこになり、大学院で研究テーマをシロアリに定め、下宿のコタツでシロアリを飼ったという豪の者。 大学院時代からヤマトシロアリ(羽アリの季節以外は潜っているが、どこにでもいるらしい)の生態で大発見を連発。 女王は単為生殖で後継者を産むし(つまり遺伝子的には不死)、王様のほうはやたら長生きだ。 シロアリの巣に紛れ込んで増殖するカビの一種「ターマイトボール」の発見や、このカビがいかにシロアリのワーカーたちに卵と誤認させて毎日世話をさせるか等々。 そうした発見を述べる著者の筆も、なかなかに軽快である。 シロアリはアリやハチとは別種で、ゴキブリの仲間だそうな。 それが「社会性昆虫」としてアリやハチとそっくりな生態を発達させたことにも驚かされる。 その背後には、 進化という玄妙な運動原理が働いているのだ。 考えてみれば、海中の生物の日々の生活も、私たちはほとんど知らない。 海岸や海面での活動だけで知ったつもりではならじと、生物の水中での行動を記録する「バイオロギング」による研究が進んでいる。 最近テレビでも見るイルカに背負わせたカメラでの水中映像などは、その成果だ。 『サボリ上手な……』は、バイオロギングによる海中生態学研究の現場報告である。 小型のカメラ、深度計、速度計、加速度計や音響記録計を開発し、カメやイルカといった大型動物だけでなく、海鳥や魚にまで取り付ける。 彼ら彼女らが普段どおり餌を追い、追われ、子供を育てる行動がそのまま記録・回収される。 こうして彼らの日常生活がどんどん明るみに出て、ここでも驚きの連続だ。 バイオロギングの開発には、日本の研究者の貢献も大きい。 東大大気海洋研究所で研究にいそしむ著者たちが繰り出す動物たちの海中行動報告は、臨場感あふれる。 著者が強調するのは、速く泳げる動物たちも、「普段はゆったり泳ぐ」ことだ。 サボって余計なエネルギーを使わないことこそ、最も良く生きる道。 でもイルカなどは大いに遊ぶようで、そこにもひとすじ縄でいかない「生物」の面白さがある。 宮城県女川町で被災した佐藤成晃(さとう・せいこう)さんの歌集「地津震波」の3月11日の歌である。 復興計画で返還が4? 5年先になるという自宅の土地は手放し、今は仙台の集合住宅で暮らしている。 そしてなお復興からほど遠い元の住み家に帰れず、仮の住まいに、あるいは異郷に暮らす人の数のおびただしい2年後である。 原発事故の被災地では帰還をめぐる住民間の意識のギャップも大きい。 問われているのは日本人すべてである。 毎日新聞 風知草 山田孝男 「人は望む事を信じる」 人は自ら望む事を信じる。 古代ローマの英雄カエサル(シーザー)の警句である。 紀元前56年、ガリア(現在のフランスなど)制圧に乗り出した時のことだ。 北西部ブルターニュに派遣した副将サビーヌスが敵陣にスパイを放ち「ローマ軍は脱走者続出、戦意喪失」というニセ情報を流させた。 願ったりと攻め寄せた敵は思わぬ逆襲に遭い、敗走した。 カエサルはこの逸話を「ガリア戦記」に書きとめ、論評を加えた。 「およそ人は自分の望みを勝手に信じてしまう」(岩波文庫、近山金次訳) 活断層の評価の分裂、関心の低下を見るにつけ、やすきに流れる人情を思う。 活断層の真上に原発があっていいか。 東日本大震災直後には明白だった答えが今はぼやけている。 活断層とは何か。 地層に現れたズレだ。 地滑りの跡だ。 かつて(といっても1000年単位の昔だが)それに沿って繰り返し地面が崩れ、将来もそうなると考えられている亀裂である。 既に活動を停止した「死断層」と区別して活断層と呼ぶ。 活断層の上に原発があるとどうなるか。 耐震設計の原子炉も大きな地滑りに遭えばひとたまりもない。 原発制御の生命線である冷却水の配管や電気配線が破断し、万事休する。 メルトダウン(炉心溶融)だ。 日本列島の2000カ所以上で活断層が確認されている。 原発を建てるならそこを避ければよさそうなものだが、立地は科学とは無関係に決まる。 そもそも迷惑施設だから選択の余地が少ない。 初めに選定ありき。 活断層が見つかっても過小評価して審査をすり抜けるという手法がまかり通ってきた。 それはおかしいと早くから声を上げてきた専門家の一人に中田高・広島大名誉教授(71)=変動地形学=がいる。 中田は島根原発近くの活断層に対する中国電力の過小評価を立証し、注目を浴びた。 06年のことである。 その前年、中田は原子力安全・保安院(当時)の委託で調べ、活断層は全長18キロ超と報告していた。 だが、中国電力は別の専門家の全長10キロ説を盾に島根3号機(ほぼ完成、未稼働)の設置許可を取りつける。 無視された中田は現地を掘ってみた。 すると、中国電力が「活断層は存在しない」と見極めた所に地層の大きなズレが現れた。 「全長10キロ以下の活断層」は耐震指針の目安だった。 それなら原発はマグニチュード6・5に耐える設計でいい。 コスト優先で事実が曲げられた。 過小評価を先導した専門家は、国と電力会社から報酬をもらい、他の原発でも活断層の「値切り」を重ねる常習者だった。 中田は反原発ではない。 再稼働絶対反対でもない。 自分は保守的な人間だという自負さえある。 ガマンできないのは専門性の低い専門家が幅を利かせ、やってはいけないゴマカシがまかり通ってきたことだ。 原子力規制委員会が7月施行を目指す新しい安全基準づくりで、活断層が大きな論点になっている。 東京電力・柏崎刈羽などの各原発は真下に活断層がある可能性が指摘されており、再稼働へのハードルが高い。 それでは東電がもたぬ、経済がもたぬという、本末転倒の規制委批判が「現実路線」の名のもとに持ち出されている。 活断層は歴史上、現実に起きた地殻変動の痕跡だ。 経済再生を願い、地震の恐怖を忘れたいのは人情だが、それは願望であって現実ではない。 (敬称略) YCASTER 2. 0 伊藤洋一公式サイト 「墓がない国」 いま世界はの「世界の葬式」シリーズはなかなか面白いんですよ。昨日は 「お墓がないタイの葬式」でした。なんと葬式が一週間続くと。日本でも昔はそのくらい続いたと聞いたことがある。 お墓がないのは、あの辺では珍しくない。番組の中でも言ったのですが、チベットでもブータンでもお墓はありませんでした。多分ミャンマーの一部もそうだと思う。 輪廻転生だから、お墓がないのは考え方からして理解できる。このシリーズ今後も続くそうで、楽しみ。 ところで、昨日は番組中もWBCの日本ーオランダが気になっていたのですが、大勝だったんですね。今まで出なかったホームランも出て。鳥谷が最初にHRを打ったと聞いたときには、「へえ」と思ったのですが、その後も5本も出た。 台湾戦のような緊迫した試合を期待していたのですが、まったくの逆。コールドとは驚きです。結局、前田の好投が大きかったと思う。彼インタビューで「準決勝でも僕に任せて下さい」と言ったらしいですね。 頼りになると同時に、「そこまで言っていいんかい」とも思う。ま、調子がいいんでしょう。明日の順位決定の試合は、チーム全体の調子を上げることも一つの狙いでしょう。安倍などまだバットが振れていない選手もいる。長野もそうかな。 YCASTER 2. 0 伊藤洋一公式サイト 「忘れえぬ3.11」 やはり鮮明に思い出しましたね。午後2時46分に何をしていたのか、その後どうしたのか.....。 赤坂の高層ビルの28階にいたのですが、地震の際は建物が壊れそうになっていました。そこから高台の日枝神社に移動してPCを開き、ツイッターをして情報を得ながらあちこちと連絡を取ったこと、そしてその晩の人の流れは尋常ではなかったこと。コンビニの棚から全ての食べ物が消えたこと...etc。 思い出してもやはり大変な経験だったして、その時に東北を襲っていた津波の恐ろしさはその後のテレビなどで克明に報じられはしたが、防ぐ手立てもなかったこと。そしてその後の忌まわしい原発事故。 特別な場所にいたわけではありませんが、やはり自然と地震のあった時間には亡くなった人達のことを思って黙祷しました。私の周りにもそういう方は結構いらっした。3. それらのすべてを巨大津波は流し去ったのである。 失ったのは住む場所や働く場所だけではない。 2年が過ぎても遅々として復興は進まない。 「浜下り」という行事では、幼い子を砂浜に連れて行き海に向かって立たせる。 新しく生まれてきた子を先祖に見せる儀礼という。 「何のために生きているのか」と苦しむ人がいる。 それでも新たに生まれた命があり、社会へ巣立っていった若者たちがいる。 ふるさとに遠くから手を合わせる避難者もいる。 何も言わない海がそんな人々を見つめている。 毎日新聞 火論 玉木研二 遠い日の「独立」 1952(昭和27)年4月28日、サンフランシスコ講和条約が発効し、制度上、日本の占領時代は終わった。 どういう空気であったか。 当時の「サンデー毎日」は特集記事の冒頭にこう書く。 「ホッとした気分になる。 頭を四六時中、押さえられているようで、憂鬱でならなかった。 とにかく明るい顔を取り戻そう。 (中略)もう降伏なんていう境遇はたくさんだ。 そして混乱した世相というものが如何(いか)にいまわしいものであるかをかずかず体験した。 やはり日本人は日本人らしい道を歩もう」 新聞の広告を見ると祝賀ムードあやかりも目立つ。 大手デパート。 「日本独立の初節句で御座います。 人形を飾ってこどもの日をお祝い致しましょう」 大手証券会社。 「これから私たちはもっとよい生活をしたい。 かつてのように一等国民になりたい」……。 ラジオに音楽の「講和記念特集番組」も登場し、ワルツやかっぽれを流した。 さぞ浮き浮きしただろう。 だが、 沖縄は取り残され、米軍施政下に置かれた。 そして72年の本土復帰後も米軍基地はここに偏在、今に至る。 沖縄で4・28が今なお苦い記憶を伴う「屈辱の日」などといわれるゆえんである。 先週、 安倍晋三首相が、4月28日に政府主催で独立回復の記念式典を実施したいという方針を示した。 沖縄から反発の声が上がった。 首相は国会で「7年という長い占領期間があったことを知らない若い人が増えている。 日本の独立を認識する節目」と式典の意義を語る。 確かに「押さえつけられた憂鬱」などは本土で希薄になった。 占領終了後、本土の基地が縮小整理され、沖縄が負い続けているからだ。 政治史上の占領終了自体は歴史的節目としても、それが沖縄、あるいは同様に奄美、小笠原にとって、正反対に長い祖国からの切り捨てだったことを抜きには語れない。 こうした 意識や感覚のズレ、想像力の欠如は大きい。 例えば、こんな機微を見落としていないだろうか。 米軍施政下では日の丸を自由に掲げられず、復帰運動の精神的な象徴になった。 東京五輪の聖火リレーが沖縄を巡った時、規制にかまわず沿道は日の丸の旗の波が感泣とともに揺れたと伝えられる。 占領期、本土も日の丸が自由に掲げられず、49年元日、マッカーサー元帥の年頭の辞で許可を与えられた。 こんな 「屈辱」はあまり語り伝えられない。 本土の人々の間では忘れ去られ、そして沖縄の傷心にも思い至らなくなったか。 毎日新聞 発信箱 小国綾子 「分断」を結ぶ 半年前、宮城県の海辺で小さなタクシー会社を経営する運転手さんに乗せてもらい、沿岸を取材した。 国道を南下し、県境をまたいだ瞬間、彼は吐き捨てるように言った。 「いいよな、福島の人は。 東電の賠償金で遊んで暮らせるんだろ」 2年前の3月11日、自宅もタクシー用の車も大切な常連のお客さんも、何もかも津波に流された。 仮設住宅に暮らし、大きな借金を抱え、ようやく車を買い直し、タクシー会社を再出発させたが、 自治体が仮設住宅に走らせた無料バスのせいで、わずかな常連さんまで失った。 「賠償金でパチンコなんてうらやましいよ。 こっちは働いても借金を返せるあてさえないのに」。 これまでずっとこらえてきたのだろう。 怒りと悔しさに満ちた言葉は止まらない。 私は、ただ聞き続けるしかできなかった。 彼が突然無口になったのは、南相馬市小高地区に入った時だ。 警戒区域は解除されたが人影はほとんどない。 道路は割れたまま。 田畑には重機が転がっている。 国道から見えるはずのない海が目の前に広がった瞬間、彼は耐え切れず、うめいた。 「うそだろ、今もこんななのか」。 しばらく押し黙った後、彼はつぶやいた。 「原発だけじゃない。 津波にもやられたんだ。 俺らの街と同じだったんだな。 だけど何だよ、ここは。 あの日のまんまじゃないか」。 声にもう怒りはなかった。 ただ、深い悲しみに満ちていた。 私はこらえ切れず、後部座席でうつむいた。 震災でたくさんの「分断」が生まれたという。 でもこの日、運転手さんは教えてくれた。 分断の痛みを知る人はきっと、それを結び直す力も持っている。 せめて私は謙虚に耳を傾け、それらを一つ一つ言葉にしていこう。 毎日新聞夕刊 憂楽帳 野原靖 「ものづくりの神」 以前から勝手に「ものづくりの神」と尊敬していた、プラネタリウム製作者の大平貴之さん(43)に会いに、兵庫県伊丹市へ行ってきた。 大平さんは、 投影できる星が数万個どまりの大手メーカー製に飽きたらず、数百万個を映せる「メガスター」を独力で完成させた、異色の技術者。 今月、そのメガスターの新型が伊丹市のこども文化科学館で披露されたのだ。 神奈川県生まれの大平さんは少年時代から、科学館にあるような「本物」の製作に挑み続けた。 開発の舞台は家の7畳間。 スライド映写機でいえばフィルムの役割を果たす中枢部品の「原板」製作には極度に精密な加工が必要で、「家の前の道を走る車の振動にも邪魔された」というほど。 あまりに突き抜けた開発秘話には、逆に笑わされてしまう。 28歳でメガスターを完成させ、「大平技研」を興した。 大平さんは言う。 「今の風潮で心配なのは、子どもの失敗を恐れるあまり、親や周囲がスポイルすること。 挑戦者がいなければ、日本は貧しくなるだけだと思うんです」。 青春を挑戦と失敗に費やした大平さんの言葉を、人の親として重く受け止めた。 YCASTER 2. 0 伊藤洋一公式サイト 「メタンハイドレート」 商業ベースに乗る生産が何時始まるかはまだ全く分からないんでしょうね。しかし、 燃やせるエネルギーの少ない国に新しい可能性が開けたことは良い事だ、と思います。 やっぱりエネルギーは大きい。 日本の経常収支の赤字も専ら液化天然バスの輸入が増えたことが理由だし、米国の再生の一つの要因もシェール革命がある。そういう意味では日本も選択肢が欲しいと思っていた所でした。 政府は12日、愛知・三重県沖の海底にある「メタンハイドレート」からガスの取り出しに成功したと発表した。 天然ガス成分を多く含み「燃える氷」と呼ばれる メタンハイドレートを海中で分解してガスを産出したのは世界で初めて。 水深約1000メートルの海底から330メートル掘り進めたところに分布するメタンハイドレートを減圧して水とガスに分解し回収した。 見ればこの老人、戦前の民政党の浜口雄幸(はまぐち・おさち)に似ている。 当時は政友会が与党で、不信任案により政局運営を妨害する民政党への風刺をポスターにしたのだ。 両者の間に「銀行つぶし」の文字も躍る。 なりすまし対策には罰則を設けるという。 だがあまりに遅々としたネット選挙解禁への政界の対応だった。 ネット情報を呼吸する世代に「大道の邪魔もの」と見限られては政治の未来もない。 毎日新聞 水説 潮田道夫 「WHOの飲酒減らし」 アルコールの取りすぎは健康によくない。 それに異論を唱える人はいない。 しかし、だからといって、世界各国にそれぞれアルコール消費総量を10%削減すべし、と目標を課すのは適当でない。 だってそうでしょう。 国によってアルコールがぶ飲みのところもあれば、あまり飲まない国もある。 国情を無視して一律削減は乱暴だ。 実は昨年、そういう動きになった。 世界保健機関(WHO)は、アルコールによる健康被害を減らす取り組みをしている。 「アルコールの有害な使用を減らすための世界戦略」という。 これは 心臓病やがん、糖尿病による死者を25年までに25%減らす運動の一環である。 喫煙や塩分の取りすぎの問題とともに、アルコールについても削減目標などを話し合っていたが、事務局は一律10%削減を打ち出した。 びっくりしたのは日本政府とりわけ国税庁である。 国税庁は酒造業界を発展させしっかり酒税を取る責めを負う。 いまは強制力のない「合意」でも、放っておくとやがて条約になる可能性がある。 お酒をたばこのようにきつく規制したい人々もいるのである。 というので、当初案の修正を強力にはたらきかけた。 曲折の末「アルコールの有害な使用を各国の実情に合わせて」という文言を原案に付加し現実的条文にすることができた。 国税庁の案外な国際派ぶりを知らない人が多いだろうから紹介してみた。 調べてみるとずいぶん差がある。 WHOの「アルコールと健康に関する世界の現状2011」によれば、飲酒人口1人当たりのアルコールの年間消費量は、日本9・85リットルに対し中国10・61リットル、米国14・43リットル、ドイツ13・39リットル。 ウオツカの大量飲酒で早死にが問題になっているロシアは26・71リットル。 ドイツの2倍はいくら何でも飲み過ぎだ。 こういう例があるから、WHOはアルコール消費の削減にやっきになる。 実は お酒がアベノミクスの対象である。 1月に決まった緊急経済対策に「日本産酒類の総合的な輸出環境整備」が入った。 日本の酒類はなかなか有望なのだ。 例えば清酒。 国内生産量は10年前に比べ33%も減ったが、輸出量は88%も伸びている。 金額では昨年は89億円。 ビール、ウイスキーなどを合わせると206億円だ。 原発事故の影響で各国が清酒の輸入規制を行い、一部それが残っているなかで、額は小さいが着実に伸びている。 海外の日本酒需要は腰が強いようだ。 日銀いじりはやめてこういうのに力を入れようじゃないか。 毎日新聞夕刊 熱血!与良政談 与良正男 「子供の歓声が聞きたい」 先週紹介した「ふくしまキッズ」と同様、私が応援している大震災後の取り組みに「プロジェクト結(ゆい)」という活動がある。 「震災から2年」を機に、その報告会が10日、東京都内で開かれたので足を運んできた。 「結」は宮城県石巻市を中心に、被災地に暮らす子供たちを支援するため、NPOや大手企業、大学などで作ったボランティア組織だ。 現地に出向いて放課後に子供と遊んだり、学校の図書館の整理をしたり、プールそうじをしたり。 クッキー作りなどの教室を開く一方、最近は託児所と学童保育の場を兼ねた場所作りにも取り組んでいる。 参加したボランティアはもう延べ300人近くになる。 報告会には「結」の活動拠点として自宅や従業員施設を提供してきた(私も以前宿泊させてもらった)石巻市の水産加工会社「湊水産」の木村一成社長もゲストとして出席した。 津波の大きな被害に遭いながら、「絶対、ここでもう一度やってやる」と覚悟を決めて、震災の2カ月後にタラコ作りと販売を再開した木村さんはこう言った。 「この2年間で従業員の家に計5人の赤ちゃんが生まれた。 人が死んでいく瞬間を見つめてきたものとして、それが一番幸せだった」 木村さんによれば、 被災地では貧富の差が一段と顕著になって、感情的な対立も芽生えているそうだ。 復旧のための公共事業に携わる以外に、やはり職は少ない。 将来の展望が開けないのに借金はかさむ。 父も母も手いっぱいで子供に手が回らない。 市内のがれきの山は確かに低くなったが、近ごろは粉じんがすさまじい。 子供の遊び場を作る作業もなかなか進まない。 木村さんは 「子供にがまんをさせ過ぎている。 復旧・復興は進んでいるというが、子供の歓声が聞こえない。 子供の笑顔が戻らないと町は元気にならない」とも言った。 苦労する親の姿を見て日々、辛抱しているのは、福島の子供たちだけではないのだ。 報告会では参加者たちが数人のグループに分かれて、今何が起こっているか、それに対して私たちは何ができるか?? を話し合った。 既にボランティアで現地に出かけた人が多いだけに 「地元以外の人は震災を忘れかけているのでは」という声が多かった。 結だけではない。 ボランティアの数も資金(寄付金)も現実には減っていて活動は厳しい状況にある。 もう一度、見つめ直そう。 2人がそう宣言したというジョークである。 名を逆に呼ぶのはウソつきへの仕打ちだ。 だが格差拡大をいとわぬ成長戦略をとってきた中国が抱える問題の大きさと根深さはその比でない。 だが 成長の減速期を迎え、社会の安定のためには貧富の格差是正が迫られる一方、既得権益に手をつければ政権の安定を望めぬ今の中国である。 ジレンマのはけ口に排外ナショナリズムを持ち出す得意技は封じることだ。 毎日新聞 発信箱 落合博 「生きる力」 外資系IT企業に勤務する荒井貴さん(50)は生まれた時から両腕がない。 世界的な薬害を引き起こしたサリドマイド事件の被害者だ。 幼いころ、父親の方針で頭部を保護するヘッドギアをつけることが許されなかった。 体のバランスを崩しても、かばい手ができず、頭や顔の生傷は絶えなかったが、リスクと向き合った。 4歳から水泳を始め、5歳から仕込まれた空手では転ばないようにと片足立ちの形から始めて有段者に。 自立に向け、人一倍の努力によって生きる力を身につけた。 H・G・ウェルズの短編 「盲人国」では、 何世代にもわたって研ぎ澄まされた聴覚、嗅覚、触覚を駆使することで視覚の不在を補って余りある生活を送る人々の姿が描かれている。 健常者は目が見えるがゆえに他の感覚はどうしても鈍くなる。 明かりがなければ夜道を歩けず、「劣った者」としてみられる。 走るジャーナリスト、大島幸夫さん(75)が視覚障害者の伴走を始めて四半世紀が過ぎた。 最初のころの話だ。 海外のある島で開催された大会で全盲のランナーが言った。 「波が高くなって、雲も厚くなってきた。 スコールが来るのではないか」。 しばらくして、言った通りになった。 波の音を聞き分け、気圧や湿度の変化を皮膚感覚で言い当てる力に健常者である大島さんは感心するしかなかった。 大島さんの新著「協走する勇者たち」は、多様なランニングライフを送る障害者を主役にした24の物語で構成されている。 種類を問わないあらゆる障害者と健常者の走友会「アキレス」(本部はニューヨーク)のメンバーで、29歳の時に皇居の周りを走ることから始め、今ではフルマラソンを完走するまでになった荒井さんも登場する。 毎日新聞 発信箱 二木一夫 「息苦しい条例案」 生活保護費をパチンコやギャンブルに使い果たすような受給者がいれば通報する。 そういう義務を市民に課す条例案が兵庫県小野市議会に提出された。 散財を禁じるのは当然という声があるものの、「密告の奨励」とも受け取られかねない。 同県弁護士会が「市民を監視態勢に巻き込み、生活保護への差別偏見を助長する」と撤回を求めたのも、経済的困窮者の人権侵害を招くという危機感からだ。 誰が受給者なのかはプライバシー情報で、行政が開示することはない。 なのに、浪費しているのを見つけたら知らせよ、と言うのでは実効性に乏しい。 先入観や誤解によるうその情報や、ねたみからの通報もあり得る。 不正受給事件やお笑いタレントの親族の受給問題で、生活保護に対する風当たりは強い。 生活保護法は、受給者に節約の心がけを求めているが、娯楽が一切許されないわけではない。 他人の目を恐れ、使い道を自己規制することになれば、家計への行き過ぎた干渉に当たる恐れがある。 大津市は昨年、いじめを発見した児童生徒にも通報を求める条項を防止条例案に含めたが、「学校がスパイ天国になる」などと反対意見が多く、削除した。 いじめ自殺を止められなかった大人の側に責任があるのに、それを子供に転嫁するものという批判も強かった。 小野市は、市と地域社会が一体となって受給者の自立した生活を支援するための条例と説明する。 目的はよしとして、不正かどうかのチェックを住民に強いることは福祉行政の責任放棄にも映る。 各地に条例が広がれば、 「相互監視社会」を危ぶむ声も強まろう。 息苦しくはないか。 毎日新聞 木語 金子秀敏 「鬼役人を生む制度」 2月初め、 中国のネットに「計画生育(けいかくせいいく)幹部」が逮捕されたという短信が流れた。 計画生育幹部とは「一人っ子政策」を定めた「人口・計画生育法」に違反したものから、「社会撫育(ぶいく)費」という罰金を取り立てる役人だ。 報道によると、浙江(せっこう)省温州(おんしゅう)市の村に住む陳某さんの家に、地区の共産党書記が部下10人を連れて車で乗り付けた。 一行は、陳さんの赤ん坊が違法だと罰金を要求した。 けんかになり激しく突き飛ばされた陳さんは抱いていた生後13カ月の赤ん坊を地面に落とし、幹部の乗ってきた車にひかれて死亡した。 詳しい事情は関係方面が調査中??。 ひき殺したとは書いていない。 が、書記と運転手は「刑事事件の容疑で勾留(こうりゅう)された」とあり、単なる過失ではないだろう。 でも、中国人にはさほど衝撃的ではなかったのか、続報を見かけない。 短い記事の中から中国社会の事情がわかる。 書記はなぜ10人も部下を連れて行ったのか。 罰金が高すぎて激しく抵抗されるからだろう。 罰金の額は、各地の所得水準に応じて決まる。 軽工業の発達した温州は比較的豊かだから罰金も高額だったのだろう。 なぜ、赤ん坊は道に落ちたのか。 罰金を払えない父親は赤ん坊を抱いて逃げ出し、幹部たちに捕まったのだ。 妻の悲鳴が聞こえてくるようだ。 ではなぜ、 幹部はこれほど手荒なことをするのか。 ひとつは、 罰金が村の財源になっているから。 もうひとつが、 罰金の取り立てが共産党員の出世の条件だからだ。 「人口・計画生育法」には 「一票否決制」という奇妙な規定がある。 一人っ子政策のノルマ(一票)を達成できなかった党書記は、ほかの業績がいくら優秀でも昇進させないという規定だ。 この制度があるから中国の地方官僚が出世するには強制堕胎や罰金徴収で鬼にならなければならない。 「都市快報(かいほう)」紙によると、違法出産に科す罰金は推定年間200億元(日本円で約3000億円)にのぼり、貧困な地方には貴重な財源だ。 しかし使途は不透明で 「都会の役人、土地を食う。 いなかの役人、胎(はら)を食う」という恐ろしい言葉があるという。 3月の全国人民代表大会(全人代)に行政機構改革案が出された。 鉄道省の民営化や国家海洋局の再編とともに、国家計画生育委員会も衛生省を合併して「国家衛生・計画生育委員会」になる。 看板は変わる。 だが、 悪政のかなめの「一票否決制」は変えないというから、改革ではなく改名だ。 「胎を食う」社会はまだ続く。 自然環境保護に携わる人を守るのはアッシジの聖フランシスコである。 この人は動物と話せて、鳥に説教し、オオカミを回心させたとの伝説がある。 聖人が信仰に目覚めたのは、ある日キリストの化身の呼び声を聞いたからだという。 約600年ぶりに退位したベネディクト16世の後継を決めるコンクラーベは、実に1272年ぶりに欧州以外の地域から法王を選び出した。 ただ、その率いるカトリック教会は人々の価値観の激変のただ中にあって、聖職者の性的虐待はじめスキャンダルが相次ぐありさまである。 すでに「私の家を修理しなさい」という声はその耳に届いていよう。 毎日新聞 発信箱 青野由利 「原発と倫理」 手元にちょっと変わったドイツ語の教科書がある。 ぱらぱらめくっても普通だが、前書きを読むと作った意図がはっきりしている。 原発事故以降の世界を生きていくために何が必要か。 一つの答えが「ドイツ語を読む力」だったという。 著者の一人である京都大教授の大川勇さんによれば、 3・11以降、精度の高い情報を得るにはドイツ語が欠かせなかった。 メルケル首相が間髪を入れず脱原発にかじを切った背景を理解するにもドイツ語が必要。 メルケルさんは、 原発の専門家による「原子炉安全委員会」と、哲学者らによる「倫理委員会」に意見を聞いた。 二つの答申は相反していたが、すんなり倫理委の主張を受け入れた。 そこに、カント以来の倫理の思想が読み取れる、というのだ。 日本ではどうか。 原発政策に倫理は無縁かと思っていたら、意外なところで出合った。 原子力委員会が昨年末に公表した見解だ。 今後の原子力研究開発の評価には、市民団体や社会科学の人も参加し、「倫理的、法的、社会的」視点を入れた作業が重要だと述べている。 その通りと思うにつけ、エネルギー基本計画を作る審議会の委員の入れ替えに驚く。 民主党政権の時には原発に批判的な委員が3分の1を占めた。 安倍政権は、そこから市民団体のメンバーや、原発の高コストを明らかにした委員、再生可能エネルギー推進派の委員をはずした。 代わりに、明確な原発推進派や、原発立地自治体の知事を加えた。 あからさまなやり方に、倫理はどこへ?と言いたくなる。 原発事故の背景には利害関係者の声を無批判に受け入れてきた政策があった。 そんな過去への逆戻りだけはごめんこうむりたい。 毎日新聞 金言 西川恵 「バチカンの脱皮」 バチカン(ローマ法王庁)の新法王にアルゼンチン出身ホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿(76)が選ばれた。 信者が減り続け、教会の影響力が落ちている欧州とは対照的に、中南米は信者が増えている。 南米からの初の法王誕生は、バチカンの新しい求心力をこの地域に求める動きだと私は思う。 中南米のカトリック教会は行動力と実践で他に追随を許さない歴史がある。 1960、70年代、多くの国で軍事政権が誕生したが、人権擁護と民主化運動を担ったのは教会だった。 神父たちはデモの先頭に立ち、農村に分け入って貧農支援に汗を流した。 現在こそ勢いは衰えたが、カトリック教義と左翼理論を結びつけて被抑圧者救済の実践を呼びかけた「解放の神学」は多くの信者を引き付けた。 私が中南米におけるカトリックの影響力をまざまざと実感したのはペルーの日本大使公邸占拠事件(96? 97年)の時だった。 勤務先のローマから事件取材の応援で首都リマに駆けつけ、そこでバチカン大使と懇意になった。 日本大使公邸を占拠する極左ゲリラとペルー政府の仲介を務めたのは同国のシプリアニ司教。 同司教を通じてゲリラや人質の様子がペルー政府のみならず教会関係者に伝えられ、バチカン大使は情報の断片を教えてくれた。 極左ながらゲリラたちも敬虔(けいけん)な信者で、シプリアニ司教が公邸内で行うミサに加わり、司教と宗教対話を行っていることも知った。 カトリックの風土にあってこその共通基盤が双方に存在していた。 ある時、大使が「今度の日曜日、ローマ法王の説教に注意してください」と言った。 その日、ヨハネ・パウロ2世(在位78? 2005年)はイタリア語ではなくスペイン語で説教をし 「いかなる理由があろうと人間の自由を力で奪うことは許されない」と語った。 ペルーの事件を念頭においた内容だった。 これはペルーでもラジオ、テレビで報じられ、ゲリラたちも聞いたと後日、大使から教えられた。 「社会正義の実現のためには、一時的に自由を奪うこともやむを得ない」というゲリラへの反論で、これはゲリラへの共感と同情が広がることへの心理的歯止めになった。 法王はその後も何回か同様の説教をした。 性的虐待などのスキャンダルで揺れたバチカン。 南米からの法王誕生は新たな出発を画すイメージ転換の役割を果たすだろう。 ただより本質的なところでは、 欧州文明に深く根差したカトリックがどのようにユニバーサルなものへ脱皮していくかに私の関心はある。 YCASTER 2. 15)にほんの僅か(1563. 私どもにご用命くださればお安くするとは、つまり売り込みだ。 ともかくも環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の交渉参加を表明した安倍晋三(あべしんぞう)首相だ。 コメなどの「聖域」化交渉だけにかまけては、何のためのTPPか分からない。 21世紀日本にほしいのは多国間交渉をリードして秩序形成につなげる構想力と自信である。 毎日新聞夕刊 憂楽帳 清藤天 「公共性とは」 東日本大震災から2年が過ぎた。 東京電力福島第1原発事故の影響で、いまだにふるさとに戻れないという報道を見聞きして、頭に去来したことがある。 国が愛知県設楽町に建設を計画する設楽ダムで、水没予定地から町外に転出した70代の男性の嘆きだ。 「時間があるときにいじれる畑もないし、新たな土地習慣にも慣れない。 本当は年金だけでいい。 近くで畑仕事して、細々でも住み慣れた所で暮らせれば、それでよかった。 犠牲になるつもりで出たのに、補償金をもらったと、残る人たちに嫌みを言われる」 昨年11月、取材をしながらやりきれなさを感じた。 補償などいつか使い果たす。 結局、心地よい生活を、ふるさとを失った痛みばかりが残る。 福島も電力確保のために安全神話を説かれ、原発立地に同意したところが結局ふるさとを奪われた。 補償金も細り、いずれなくなる。 家族が分散したまま補償や貯金を取り崩し、先行きに不安を持つ被災者が知り合いにいる。 幸福でなく悲しみを生産する「公共性」とは一体何だ。 毎日新聞夕刊 憂楽帳 西村浩一 「教師に名刺を」 「公立の学校の先生って名刺を持ってないのよね」 最近、そんな指摘を聞いた。 確かにそうだ。 仕事でも私ごとでも、これまで何度も先生に会ったが、 校長、教頭以外から名刺をもらったためしがない。 文部科学省に聞いてみた。 官僚らしい理論武装を想定したが、「法令上、持つことに何ら問題はありません。 交換の機会が少ないからでは」と推測。 「しかし、地域連携が重要というなら名刺くらいないと」と言うと「重要なご指摘かもしれません」と褒められた。 私の地元の市教委はどうか。 「名刺に関しては指導も通達もしていません。 名刺を持つという認識もこれからは必要かもしれませんね」と、これまたこちらに同意。 えっ、これから、とびっくりさせられた。 市教委の人は必要なので自費で名刺を作っているという。 製作費は予算化されていない。 持たないことに首をかしげつつも、自費で作るのも……。 やっぱり教育界の意識改革は必要だなあ、と思う。 でも、それは上からの改革ではなく、単に公費で名刺を作ることから始めてもいいのではないだろうか。 ケンブリッジで博士論文を準備中だったトッドは、ハンガリーに短期滞在しただけで、ロシア語も知らなかったが、フランスの国立人口統計学研究所で偶然、 ソ連の乳児死亡率が一九七一年を境に上昇している統計を発見したことから、この超大国を蝕(むしば)む深刻な危機の分析に乗り出す。 ではトッドはなぜ乳児死亡率の上昇にソ連崩壊の兆候を見たのだろうか? 「食糧供給の困難、暖房や輸送の諸問題、医療分野の無秩序といったものは、どんな社会においても、乳児死亡率に即時・直接の効果をもたらす」 トッドが歴史人口学から学んだ教訓は、生まれた人間は必ず死ぬ、ゆえに その「死に方」は社会の実態を推し量る指針になるというものだった。 ソ連における乳児死亡率の異常な上昇は社会危機の深刻度を如実に物語っていたのである。 当時、西側観察者はソ連の軍拡に目を奪われ、ソ連社会システムの安定を主張していたが、トッドは 内部機構がすでに解体を始めているからこそ軍拡が始まったのだと見てとった。 しかも、 内部崩壊は東欧の衛星国や連邦内の共和国ではなく、ソ連の中核部でより顕著な様相を示していたのだ。 だが、なぜ、崩壊はソ連内部から始まったのか? それは 共産党独裁と計画経済という中央集権的システムの驚くべき非効率(というよりも無秩序)にあった。 このシステムの最大の敵は「より豊かな生活がしたい」と願う民衆の願望である。 というのも、軍事、鉄道、道路といった 集団的な財は中央統制が効くが、個人消費は統制が難しく、ブラックマーケットに任せるほかなかったからだ。 「労働者にとって、話にならないくらい単価の安い製品を数限りなく製造して精魂を使い果たすよりは、手仕事に時間を費やして、己の労働から産まれた製品を、コルホーズ員が売る[個人保有農地の]産物と交換する方がましなのだ」。 この 闇経済という「第二部門」が実質的に国民の生活を支えていたのだが、その分、 公的な「第一部門」は徹底してネグレクトされ、非効率と無秩序は極限に達した。 なかで最悪だったのが医療・保健で、乳児死亡率はこの部門の崩壊を反映していたのである。 残された道は経済自由化しかなかったが、ソ連指導者は頑(かたくな)にこれを拒んだ。 「なぜなら個々人の熱望の水準(、、、、、)は、生活水準(、、、、)より急速に上昇するからである。 革命というものは、こうした初動的富裕化の局面で起こる傾向がある」 ソ連指導者は民衆と革命を極度に恐れた。 共産党の党是が「プロレタリア革命」で、民衆の識字化を促進し、無神論を掲げ、階級闘争を謳(うた)っていたため、この原則が再革命を用意しかねなかったのだ。 そのため、民衆を奴隷状態に押し込めることにしたが、これには民衆の不満を抑え込む抑圧装置(KGBほか)が不可欠だった。 ところが、 ソ連の「第四次産業」と呼ばれたこの抑圧装置がひどく高くついたのである。 その高コストを補うために民衆搾取がさらにひどくなり、結果、国営部門の非効率は増し、闇経済は活発化するが、ために、より大きな抑圧装置が必要になり……という悪循環が生まれたのである。 また奴隷並の低賃金は産業の機械化を妨げた。 機械より人間の方が安いからである。 「共産主義経済には、技術的停滞への自動的傾向(、、、、、、、、、、、、)が存在する」 この 「高コストの抑圧装置のパラドックス」の拡大版が東欧の衛星国に睨(にら)みをきかせる目的で駐屯させていた赤軍で、ソ連経済はその経費で沈んだが、衛星国は抑圧装置を肩代わりしてもらったおかげでソ連より一足先に経済的テイクオフを開始することができた。 ベルリンの壁はソ連が赤軍経費を支えきれないほど衰弱していたから崩壊したのである。 同じことが軍拡についてもいえる。 西側の自由経済の幻影に脅えたソ連は民衆から搾取した富を西側と唯一対抗可能な軍拡につぎ込んだのだ。 「クレムリンの指導者たちにとって、軍事的攻撃性もまたイデオロギー的な防衛の一つの形」であったのだ。 軍拡で西側を屈服させて軍縮を勝ち取るというソ連の矛盾路線はやがてレーガン大統領の登場で御破算に帰すこととなる。 さて、一九七六年にトッドが行ったソ連分析はすでに「過去」となった「未来予測」にすぎないだろうか? その逆である。 「ソ連の軍拡には唯一の原因があるわけではない。 システムのすべての弊害とすべての弱点が、最速下降線をたどって、武器の製造と社会の軍国化の方へと押しやって行くのである」という指摘ほど、軍拡続行中の極東の共産国に当てはまるものはない。 現代の解読には歴史学の方法が一番役に立つことを教えてくれる本である。 先月末で張り紙ははがされたが、列強が中国に租界を設けた時代の「中国人と犬お断り」を踏まえた文面だろう。 いちいち目くじらは立てないが、連綿と続く敵意と怨念(おんねん)のDNAを感じ、ふと フセイン政権のイラクを思い出した。 「神様がおつくりになるべきでなかったものが三つある。 ペルシャ人とユダヤ人とハエだ」。 前年、イランとの戦争で実質的に勝ったフセイン大統領は、会場に着くや万雷の拍手を浴びた。 この人は翌年、隣国クウェートへの侵攻を命じ、91年の湾岸戦争で米国にたたきのめされる。 おごれる者は久しからずの教訓は洋の東西を問うまい。 東アジアは中東に似てきたのか。 毎日新聞 風知草 山田孝男 「決意と連携」 自ら国を守る決意なくして国防なし。 領土に対する不当な侵害は、それを認めぬ決意と国際連携を尽くしてはねのけるしかない。 国を守る決意は右翼の専売特許ではない。 問われるべきは何が不当かであり、決意を示すことの是非ではない。 安倍晋三首相は2月28日の施政方針演説で「国際法が力の行使に勝たなくてはならない」という、イギリスのサッチャー元首相の決意を引いた。 「サッチャー回顧録」(日本経済新聞社)に登場する フォークランド紛争回顧談の一節である。 そこを引用して尖閣諸島に押し寄せる中国船をけん制している。 それが、日本の新首相の好戦的な性格を表しているかどうかということが内外マスコミの関心を引いている。 フォークランド諸島はアルゼンチン沖にある。 イギリス系移民3000人が住み、イギリスが実効支配している。 1982年、かねて領有権を主張してきたアルゼンチンの軍事政権が上陸侵攻、サッチャー政権は艦隊を派遣して排撃した。 この紛争を扱った回顧録の第7章と第8章のうち、経済停滞と国境紛争に悩まされる今日の日本人の心に強く響くのは、開戦前のイギリス現代史を振り返る以下の慨嘆だろう。 「56年のスエズ(動乱)の大失敗以来、イギリスの外交政策は長期にわたって後退を続けていた。 (当時の国際社会の)暗黙の想定は、世界におけるイギリスの役割は縮小する一方の運命にあるというものだった。 イギリスは友からも敵からも、戦時はおろか平時でも、自国の利益を守る意思と能力のない国だと見なされていた」 サッチャーは国連や先進7カ国首脳会議の場で各国に働きかけ、支持を広げつつ、軍事行動に踏み切った。 戦勝は、以後9年続く長期政権の基盤になったのみならず、冷戦末期の国際関係に大きな影響を与えた。 イギリスは競争重視型の政策で経済成長を追求、福祉切り捨てと格差拡大を招いた半面、国の内外で威信を取り戻した。 紛争による死者はアルゼンチン649人、イギリス255人に上った。 フォークランド領有に至る植民地主義の歴史認識も絡んで評価は複雑だが、「戦争は好ましくない」という理由でサッチャーを一方的に断罪することはできない。 国際法にそむいて空母部隊による上陸侵攻を最初に仕掛けたのはアルゼンチンだったからである。 フォークランド諸島と尖閣諸島は違う。 尖閣は無人島だ。 中国は経済、軍事でアメリカに迫る新・超大国である。 だが、 当時のイギリスと今の日本が直面する問題は似ている。 相手が強硬だから、失っても損害は少ないからと首をすくめ、国際法無視の暴走を黙認していいかという問題だ。 日米安保条約5条(米国の対日防衛義務)の上にアグラをかき、当事者である自分はぬくぬくと引きこもっていて日米同盟が成り立つか、国際社会の共感を得られるかという問題である。 自ら国を守る決意なくして国防なし。 それも「気に食わないから、やっつけろ」式の粗野な決意ではない。 国際法を無視して日本の実効支配を覆す挑戦は認めない決意だ。 同盟国、周辺諸国、国際社会と連携し、「尖閣は中国の核心的利益」という一方的な宣言に基づく無法を断じて許さない決意である。 私は新政権の経済成長重視路線に疑問を抱く一人だが、領土をめぐる首相の主張が右翼的だとは思わない。 (敬称略) 毎日新聞夕刊 上海交差点 隅俊之 「かわいそうな豚」 生活する身としては笑うに笑えなかった。 先日、中国版ツイッター「微博」で一つのつぶやきが目に留まった。 北京人「私たちは幸せだ。 窓を開ければタダでたばこが吸えるんだから」 上海人「大したことない。 俺たちは水道の蛇口をひねれば豚のスープさ」 北京人の嘆きは大気汚染について。 上海人の嘆きは、最近問題になった 大量の豚の死骸が川に流れ着いた話だ。 豚の死骸は3月上旬から、上海の中心部を流れる黄浦江(こうほこう)で見つかった。 その数6600頭以上。 黄浦江は水源でもあり、市民の間で「水道水は大丈夫なのか」と不安が広まった。 上海市は「調べたが水質に問題はない」と強調した。 豚はいったいどこから来たのか。 たどっていくと上流にある隣の浙江省嘉興(かこう)市と分かった。 昔から養豚が盛んな地域で、10万戸以上の養豚農家がある。 年間の飼育数は約450万頭。 病気や寒さなどで3%は出荷前に死んでしまうといい、その数は年間13万5000頭に上る。 大量の死骸は一部の養豚農家が川に捨てたものだった。 だが、死亡率は変わらないのに、なぜ急に大量の死骸が川に? 調べると、やるせない気持ちになった。 嘉興市には 以前から、死んだ豚を養豚農家から買い取り、食用肉として違法に横流しする闇業者がいた。 食の安全が求められる中、地元警察は昨年、一斉取り締まりに乗り出し、17人を逮捕。 地元の裁判所は3人に死刑、14人に最高懲役12年の実刑を言い渡し、 一帯の闇業者は一網打尽にされた。 嘉興市には600カ所の死骸の処理場があるが、もともと処理能力が足りなかった。 農家は死骸を闇業者に売ることで小銭を稼いでいたのだが、 闇業者が摘発されて死骸は行き先を失った。 不法投棄は罰金刑だが、処理場に連絡しても音沙汰はなく、 山積みの死骸に困った農家は夜中に川に捨てたのだった。 豚の死骸を横流しするのは問題だが、 そもそも処理場が足りないことが原因の一つ。 闇業者を摘発したはいいが、当局側もその手当てはしていなかった。 そして、捨てられた豚は「水質汚染の懸念」という形になって上海にしわ寄せがきた。 実のところ、中国の豚肉はおいしい。 独特の甘みが強く「豚肉を食べている」という実感がわく。 だから肉になることもできず、川に捨てられた無数の豚を思うと、せめて「成仏してほしい」と思うのだ。 毎日新聞夕刊 憂楽帳 大島秀利 「希望の発電所を」 福島第1原発事故から2年。 いまだに15万人が避難生活を送っている。 その福島で、地元の人たちが「企業組合」を作って自然エネルギー(再生可能エネルギー)で収入を得ようとする動きを1年前に紹介した。 支援してきた大阪の電気設備会社社長、麻生義継さん(55)によると、南相馬市や二本松市、いわき市、会津若松市で具体化し始めているという。 南相馬太陽光発電所企業組合では農業や会社員などさまざまな14人が加わり、やっとパネル設置までこぎつけた。 14人の中に被災者がいると聞き、「津波に家をやられた方ですか」と尋ねると、理事長の二谷恒雄さん(64)が「放射能に汚染された20キロ圏内に住んでいた人で、避難を余儀なくされているのです」と答えてくれた。 事故の影響でまわりは仕事のない人が多く、二谷さんもその一人という。 「もう原発を動かしたくない。 これからの生活の糧を少しでも自分たちで得て、将来に向かってほのかな光をともしたい。 何かしらの希望がいるのです」 50キロワットの「希望の発電所」は今月29日に稼働し、約10年後から利益を生む予定だ。 YCASTER 2. Cypriot President Nicos Anastasiades, who bowed to demands by euro-area finance ministers to raise 5. 6 billion by taking a piece of every bank account in Cyprus, delayed a parliamentary vote to pass the measure by a day. The European Central Bank pushed for a vote today, according to two people with knowledge of the discussions. Anastasiades plans to address the nation later today. With no government in Italy, Spain in the throes of a political scandal and Greece struggling to meet the terms of its own bailout, more turmoil could hamper efforts to end the crisis. 「銀行預金に対する税」とな。そりゃみんな引き出しにかかるでしょう。その結果は「取り付けに見える銀行ATMの前での引き出し騒ぎ」(週末なので)となる。ブルームバーグにはその写真がある。 キプロス問題は以前から言われていた。銀行組織が不良債権問題に直面しているのはスペインと似ているが、 キプロスの銀行の資本毀損は100億ユーロと、同国の国内総生産(GDP)の50%に達している(小さい国になので)。 同国の政府債務残高はGDPの100%に近づいており、公的資金で銀行の資本既存分を穴埋めすることはできない。 しかしドイツを中心にキプロスの銀行救済にEUは乗り気でなく、「自力での脱出」を求めている。「銀行預金に対する税」(levy on bank deposits)が仮に他の南欧諸国(イタリアを含む)にも適用されたら「大きな問題になる」との見方もある。 もちろんあまり日常的には注意を払っていなかったので知らなかったが、 キプロス新政権(選挙によって選ばれたばかりのアナスタシア....なんとか大統領率いる)はEUの要求に従って58億ユーロを調達するため、銀行預金に対する税(levy on bank deposits)の徴収を企画。 その承認を議会に求めたところ、議会側がこれに抵抗して票決が一日延ばされたことを発端としているという。ブルームバーグには「EUは今日の採決を求めている」とある。 ほんの小さな国なのですが、EUを揺さぶっている。 YCASTER 2. 0 伊藤洋一公式サイト 「EUはへましたかな...」 普段キプロスという国に疎いので、時間が空くと調べています。このページなども参照しながら。 しかしいずれにしても、非常に小さい国です。四国の半分くらいの大きさ。人口は86万人.....と聞いてブータンを思い出しました。むろんブータンはもうちょっと大きい。人口は同じくらいですが。九州の大きさがある。 うーん、EUがキプロスに押しつけた銀行ロスの回収策はちょっとまずいですよね。政治的に。だって 民主主義の国だから、一般の人にまで負担を求めたら納得がいかない人々は政府に対してノーとなる。当面は議員ですが。 「キプロス 銀行金利」で検索すると、 「定期預金の金利が高いのが特徴」と出てきます。つまり、 この国の銀行利子が高いことを目当てに、ロシアなど世界中の金持ちがキプロスに預金をしているのだと思う。ネットには、「キプロスへの銀行預金」勧誘に関するサイトが一杯出てくる。 その銀行を救済するのだから、「預金者にも負担を」とEUは言っているのだと思う。だとしたら、預金額10万ユーロ以上の人に税を重くしなければならない。その方向の調整も進んでいると言われる。しかし、 まあ暫く銀行は開けないでしょうね。「取り付け騒ぎ」が恐ろしいので。 この「levy on bank deposits」の恐ろしいところは、「同じような税(課徴金)が自分の国にでもかかるのではないか」と南欧の人々が考えたときです。そしたら、ヨーロッパの南の国々の銀行組織全体の問題となる。 Under a controversial deal struck with international bailout lenders in the early hours on Saturday, a 6. 75 per cent levy would be imposed on all deposits under 100,000 euro while accounts over that threshold would be hit with a 9. 9 per cent levy. The parliamentary passage of the levy is hanging in the balance. Several lawmakers from the Democratic party, the junior partner in the governing coalition, have threatened to vote no. The government controls only 28 of 56 seats in the chamber and is seeking backing from two deputies from a small pro-European party. 1年は12カ月で、余りの5日間は祝日である。 フランスでも春先は強風の日が多い。 北へ縮小する寒気団と南から広がる暖気団とが温帯低気圧の発達によって激突するからだという。 低気圧が発達しながら日本海側を通過したためだが、近畿では3年ぶり、東海では4年ぶりの春一番(はるいちばん)という。 史上タイ記録となる早い開花宣言のあった東京の桜の上空でも、寒気と暖気のせめぎ合いはまだまだ決着がつきそうにない。 毎日新聞 火論 玉木研二 「占領者は頭下げず」 1952年のサンフランシスコ講和条約発効日4月28日を、占領時代の体験に思いを致し主権回復を記念する日とするならば、メディアにはまた別に苦いものを感じながら、振り返るべき事があるだろう。 占領期の検閲である。 毎日新聞東京本社に 「検閲の指針」という29ページの小冊子(複写)が残っている。 それまでの検閲で記事にストップがかかった事例から、今後も何がひっかかるのか、予想される「検閲線」を示したのだ。 事前検閲より、印刷後にノーが出る方が影響は大きく、GHQ側の反応を先に判断しなければならない。 冊子は制度の経緯と相手の着眼点、分野別傾向や変化などポイントを整理した。 むしろ比較的ささいな事例が、この異常な時期の空気を映しているように思える。 例えば「大男が指揮、6人組短銃強盗」という記事。 大男には「六尺近い」という形容がついていたが、削られた。 進駐軍兵士を暗示したと受け取られたらしい。 彼らの威厳を傷つける記事は一切禁じられていた。 投書の美談にも神経をとがらせる。 進駐軍兵士が日本の傷痍(しょうい)軍人のために席を譲ってくれと、日本人に頭を下げて頼んだというくだり。 「頭を下げて」が削られた。 占領は正しく、秩序を保って行われている、という建前が崩れることがあってはならなかった。 「一家心中」は報じられても「食糧難ゆえの」という記述は触れるのだ。 水害で救護班が活躍という記事は、疫病の危険に関するくだりが削られた。 厚生省(当時)への伝染病発生報告が消された例もあるという。 いったい何のために規制しているのか、おそらく当局さえ判然とせぬ事象や些事(さじ)が少なくなかっただろう。 検閲は思考停止したような不合理な言論封止を生じ、結局世の不安、不信を醸成する。 歴史の常だ。 戦中・戦前日本自身が同じ事をしている。 GHQは45年9月、プレスコード(新聞遵則(じゅんそく))で「公共の安寧を乱す」ことや「進駐軍への破壊的批判、不信や怨恨(えんこん)の招来」などを禁じ、10月に検閲を開始した。 新聞は48年7月に事後検閲になり、それも10月に廃止した。 この間、異邦の占領者たちに言論を厳しく制約された苦い体験は尾を引いた。 いや「すんだこと」ではない。 報じられることがなかった進駐軍兵士の犯罪はその数知れぬままである。 毎日新聞 発信箱 大治朋子 日常の中の「非日常」 イスラエル東部の都市、エルサレムの街並みは美しい。 建造物はイスラエル石と呼ばれる肌色の石を外壁に使うよう法令で定められていて、コンクリートの壁に、薄く切った石板を張り付けている。 外観を重んじる街づくりのせいか、ネオンや看板の掲示は限られている。 今の季節は、晴れ渡った青空とのコントラストも鮮やかだ。 毎日新聞のエルサレム支局も石造りのアパートの1階にある。 最近は初夏の陽気で、昼間の気温が30度を超す日もあるが、中に入るとひんやりとしていて涼しい。 石の家は、エルサレムの砂漠気候に暮らす人々の知恵でもある。 もう一つ、イスラエルの家には独特の構造がある。 民家の一角や地下には防空壕(ごう)を持ち、イスラエルの人口の約6割がシェルターを持つとのデータもある。 支局の入るアパートの階下にも地下室があり、すべての入居世帯が鍵を持つ。 中に入ってみると、カビ臭く、粗大ゴミのような家具や雑貨が散乱している。 物置同然の状態だが、それでも対立する周辺国からの「核」や「生物化学兵器」による攻撃に備える大切な施設だという。 イスラエルの学校では、子どもたちにガスマスクを装着して防空壕に逃げ込む訓練をさせているところもある。 穏やかな日常の中に垣間見える、殺伐とした光景。 日本人の私には「非日常」的としか思えないものが、ごく自然に日常生活の中に存在している。 この土地は、ユダヤ人虐殺の歴史が生み出したという強烈な危機意識に、今もあふれているのだと実感する。 人事異動で、エルサレムに赴任した。 外国人記者の目で、その日常の魅力と「非日常」が物語る現実を伝えたい。 毎日新聞 坂村健の目 東大教授・坂村健 「例外のルール化」必要 日本の新聞ではほとんど触れられなかったが、FDA(米食品医薬品局)が「網膜色素変性症」により盲目となった人の医療器具として、人工網膜システム「Argus2」を認可したというニュースが先月流れた。 専用のメガネに取り付けたビデオカメラの映像が無線で眼球へ送られ、それによって網膜に埋め込まれた電極から電気刺激が視神経に伝わり、60画素の光の点として盲目でも画像を感じることができるようになるという。 実は、このシステムは米国発にもかかわらず欧州で一足先の2011年に認可されている。 認可に慎重すぎると以前から批判されるFDAの体質が遅れの原因らしい。 しかし、それでも我が国から見ればずっと早い。 なにしろ 日本での人工網膜システムは認可の前の治験開始許可がやっと出るかという段階だ。 認可が遅れる大きな原因は正式認可に必要な治験数が集まらないことだ。 開発の手間は大変でも、薬品なら協力病院さえ集められれば、並行して多人数に同時治験を行うこともできる。 しかし専門的な埋め込み手術が必要な人工システムは並行多人数の治験は不可能。 ちなみにArgus2の治験数は07年からでやっと30人。 それでも FDAが認可を下せたのはHUD(人道的使用医療機器)という、治験の難しいものには例外を認めるルールがあったからだ。 ところで、Argus2は米国では網膜色素変性症向けの認可だが、欧州では視神経は生きているが網膜の病変で見えなくなっているケース全般向けの広い認可を与えた。 最近、そのケースの典型である「加齢黄斑変性」について日本で人工多能性幹細胞(iPS細胞)を利用した治験の申請があった。

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きめつたまごっち たんじろうっち : 鬼滅の刃 (アニメ)

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人物 息子からは「植物みたいな人」と例えられており、その例えの通り感情の起伏が殆ど無くいつも穏やかで、炭治郎が彼を思うときに一番に思い浮かぶのは、柔らかな笑顔と川の細流(せせらぎ)のような落ち着いた声としており、病死する直前までその様子は少しも変わることがなかったという。 顔立ちは息子の炭治郎とよく似ているが痩せ細っており、生まれつき体が弱く病気がちで長く床に臥せている。 しかし、竈門家に代々伝えられている厄払いの舞いである を炭治郎以上に極めており、額には生まれつき資質のある伝承者に顕れるとされる があった。 ただしこの痣が炭治郎らに発現している強化を齎す印としてのものとは語られていないので只の痣の可能性が高い。 能力 若い頃から父(炭治郎の祖父)より教わったヒノカミ神楽はもはや 極みの域に入っており、の隊士たちが鬼と戦うために使用すると同様の呼吸法により、雪の降りしきる中で日没から夜明けまで、神楽の十二ある舞い型を何百何千何万回にもわたり延々と繰り返し舞い続けることができた。 更に病死する十日前、竈門家が住む山やその周辺の山において、熊が人を襲って喰い殺す事件が起こっており、炭十郎はその熊が自宅に近づいていることを察知して炭治郎を連れて夜の山へと向かい、そこで人間を6人喰い殺した九尺(約270cm)はある巨大な熊と対峙し、山奥に引き返すように警告した後それを無視し襲ってきた大熊を、ヒノカミ神楽の型を使い 小さな手斧で瞬く間に首を斬り落とし倒している(この際に型の一つ『烈日紅鏡』を使用しているような描写がある)。 後に炭治郎は、これは父が自分にヒノカミ神楽を伝承するために行ってくれた、最初で最後の『 見取り稽古』だったことを悟る。 以下、単行本未収録のネタバレ注意 彼の痣が炭治郎や柱たちと同じく「寿命の前借り」の印としての痣であると捉える読者もおり、 無限城での決戦において、は「痣者は例外なく二十五歳を待たずに死ぬ」と語っているのだが、悲鳴嶼行冥はそれに対して「例外はあったのだろう?」と返しており、上述のように考えている読者の間では「これは炭十郎の事ではないか?」「炭十郎の存在は産屋敷に知られていたのでは?」という考察が出た。 (炭治郎の年齢を考えると、もし炭十郎の享年が二十五歳以下だとしたら 子作りした年齢がとんでもない事になる為である) しかしその後、黒死牟の回想によって悲鳴嶼が告げた例外とは炭十郎とであると判明。 これにより炭十郎は、縁壱とは また方向性が異なる例外の存在ではないかという可能性が出てきている。 炭治郎によると、炭十郎も縁壱同様に生まれつき痣を持っていた事が示唆されているが……? 彼に関する謎は、未だ明かされていない。 関連タグ 関連記事 親記事.

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「グッズ入荷してもすぐに完売しちゃうのおおお…」 アニメが引き金で「鬼滅の刃」人気が加速中

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概要 「」に登場する、とのBLカップリング。 炭治郎が15歳、善逸は16歳。 両名ともに所属の同期隊士である。 経緯 出会いは最終選別の場だが、この時のことを炭治郎は覚えておらず、善逸のみが覚えていた。 勇気があり誠実で真面目な炭治郎と、頼りなくヘタレで女好きな善逸は一見すると真逆のようであるが 両者ともに心優しく、自分よりも他者を優先し、正義感にあふれているなどの共通点も多い。 炭治郎が明確な侮蔑の意を持って別の生き物を見るかのような眼をしたり、露骨に毒を吐くのは今の所善逸のみである。 善逸は自身の能力を認めていないが、炭治郎は理解している。 優しくて強い匂いがするとのこと また、善逸は炭治郎が言った何気ない一言もを気に留め、そのために自分が傷つきながらも炭治郎の大切なもの(禰豆子)を守った。 なお、この時善逸は箱の中に鬼が入っていることは(自身の耳のよさのために)認知しているが、それが禰豆子であることは知らない。 にもかかわらず、炭治郎のことを信じ、絶対に理由があり、それは自分が納得できるもにであると信じ、箱を守りきっている。 炭治郎も善逸の強さと優しさには全幅の信頼をよせており、二人は互いに深く信頼し合っているようである。 ちなみに 全て入隊後に出会った初日に起こった出来事である。 善逸は困ると直ぐに炭治郎を呼ぶ癖があり、炭治郎がいない場でも炭治郎の名を呼ぶほどだが、 炭治郎も炭治郎で、助けを求める際は1番初めに名前を呼んでいたり、何かと頼る際には頼っている。 関連タグ 関連記事 親記事.

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