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ホンダ こまめ

略称 ホンダ、HONDA 本社所在地 〒107-8556 二丁目1番1号 : 設立 事業内容 ・・・の製造および販売 代表者 () 倉石誠司(代表取締役副社長) 資本金 860億6,700万円 発行済株式総数 18億1142万8430株 売上高 連結:15兆8,886億1,700万円 単独:4兆775億6,400万円 (2019年3月期) 営業利益 連結:7,263億7,000万円 (2019年3月期) 純利益 連結:6,103億1,600万円 (2019年3月期) 純資産 連結:8兆5,657億9,000万円 (2019年3月期) 総資産 連結:20兆4,191億2,200万円 (2019年3月期) 従業員数 連結:21万9,722人 単独:2万2,675人 (2019年3月31日現在) 決算期 会計監査人 主要株主 (信託口) 6. 通称「 ホンダ」、「 HONDA」。 の販売台数、売上高は世界首位。 の販売台数は世界第7位(2015年度)。 の構成銘柄の1つ。 概要 [ ] 事業内容 [ ] がにで本田技術研究所を起業し、後に本田技研工業へ改組した。 二輪車(オートバイ)、四輪車(自動車)およびライフクリエーション事業(汎用製品:・・・・)を主要事業としている。 また、新規事業として(ホンダジェット)と呼ばれる小型ジェット機及びの開発・生産、「」に代表される各種ロボティクス機器の研究開発、風力発電施設による売電事業なども展開している。 米ブランドコンサルティング会社のが発表したの世界ブランドランキングでは、日本の企業では7位のに次ぐ21位である。 日本での販売網は、四輪販売店が ホンダカーズ店、二輪販売店が ホンダドリーム店に大別できる。 発電機や刈払機等の汎用機を専門に扱う店舗ブランドは存在しない。 小型車・軽自動車を主に扱っていた旧の運営会社の出自が店、オートバイ店、機械工具店、・取扱店、取扱店であったり、地元有力者の中小のや企業などで販売形式を採用していた名残があり、地元に密着した販社が多い。 事業は、トヨタやなど同業他社よりも早いに参入したが、5年後のに撤退、現在は日本国内全域を網羅する自社のレンタカー会社を持たない。 や、と提携して、ホンダ車専用の予約をこれら3社に運営委託している他、期間・地域限定でホンダ車を安価でレンタルできるキャンペーンを展開している。 2011年に発売したの大ヒット以降は、国内販売の半数をが占めるようになっている。 海外展開 [ ] 北米ではブランドの "HONDA"とブランドの "Acura"()で展開、大衆車では大きなシェアを占める。 北米での売上は大きな収入源で、日本では販売していないやなども取り扱っている。 ホンダの展開は、に本田宗一郎が自ら訪中して中国展開を決意し、二輪車の輸出を始めた。 にはのメーカーと技術提携して現地での二輪車部品生産を開始した。 には重慶市、ならびににによる二輪車生産工場を設けた。 本格的な四輪車の販売へ乗り出すべく、にはに HONDA CHINAを設立した。 当時は現地生産車ではなく輸入車のみではあったが、中国での販売とアフターサービスを行った。 本格的な四輪車の生産はに、()との合弁で設立した 東風本田零部件有限公司で始まった。 には(広州)と合弁し、それまでの合弁相手だったが撤退した後の工場をそのまま譲り受け、アコードやなどの生産を始めた。 プジョーと合弁していた時代からの従業員を本田流に指導し、高品質の製品が作り出されるようになった。 今では広州本田だけで年産24万台に発展し、広州市のパトカーにもホンダ車が使われている。 名称・ロゴマーク [ ] 別のマーク入りロゴ 創業者のは経営者・技術者として著名であり、社名は本田の姓から名づけられた。 通称および日本の各での表示は「 ホンダ」。 はアルファベット大文字の「 HONDA」を赤色でデザインしたもの。 末よりロゴを使用しない場面での社名表記として、ホンダのCI()に基づくVI(ビジュアル・アイデンティティ)として、ホンダ自身が「コミュニケーションネーム」と呼ぶ表記を用いるようになった。 これはアルファベット表記で「 Honda」とするもので、ホンダ自身が積極的に用いると共に、報道機関に対し社名の扱いを「Honda」もしくは縦組の場合は「ホンダ」の表記を要望している。 この他、それぞれの開発分野の独自性を示す意味で、二輪車用には翼をイメージしたマークと「 HONDA」のロゴとの併用、四輪車用は「H」をデザインしたマークをそれぞれ専用のロゴマークとして採用している。 四輪車でも、1980年代までは「H」マークと「 HONDA」のロゴとが併用されていたが、以降2016年現在では、「 H 」マークに統一されている。 発電機などの汎用製品の場合には「 HONDA」のロゴのみとなっている。 方針 [ ] 藤沢武夫の「(ホンダの)社長は技術者出身であるべき」という言葉が今も守られており、現職のに至るまで、歴代の社長はすべて技術者出身である。 そのうちまではエンジン開発部門の技術者であり、本田宗一郎以外の全員が四輪もしくは2輪のエンジン開発経験がある。 また、本田宗一郎、藤沢武夫の両人とも、子供をホンダに入社させない方針であった。 創業初期に重要な役目を担った本田の実弟・弁二郎も退社させている。 その後、弁次郎はホンダの部品メーカーを、長男のはホンダのアフターパーツメーカー「」を創業した。 創業者一族による会社の私物化の弊害を恐れる本田の信念が貫かれ、縁故採用は一切行わず、実力本位の採用を行っている。 もっとも、初期の頃は本田と自身の父親が知り合いだった縁で入社した2代目社長ののように親戚・口利きで問題なく入社することができた。 縁故採用を行わないルールを作成したのは、会社がある程度大きくなってからのことであり、縁故採用を行うわけにはいかない本田宗一郎の個人的事情が陰にあった。 一方で中途採用には積極的であり、初期の自動車開発を進め、F1監督も務めたを始め、ASIMO開発の中心者である 、などの駆動力制御が専門であるも中途採用組である。 ほかにも本田の思想が反映した事例としては、社長室がない、重役達は一つのフロアを共有しているという特徴がある。 労働環境は、ほかの自動車工場より良いといわれる。 良い例が、連続2交代制勤務といち早くを導入したこと があげられる。 また、従業員の作業服の洗濯も無償で行っている。 また、ほかの自動車工場に比べ、女性の進出も多い。 現場主義で知られ、新入社員は工員以外にも、事務職・技術職・また男女の性別を問わずに、各製作所で半年間程度の研修をさせている。 他社と比較して、テレビコマーシャルに有名芸能人をあまり起用しない。 CMソングも国内楽曲 ではなく、CM専用に制作したものや海外の楽曲が使われるケースが多い。 芸能人を起用しない理由としては、安易に芸能人のイメージに頼らない独自路線に加え、テレビコマーシャルに芸能人を起用すると、販売不振に陥るというジンクスがあるためとされている。 一方、2010年代以降はCMに邦楽を使用することも多くなっている。 日本の自動車メーカーの中ではに関する取り組みが早く、1980年代以降、ホンダ車を製品化した・にはパッケージに「本田技研工業承認済」(現在はHonda Official License Product)の文字が記載されるようになった。 これは創業者の本田宗一郎が「ウチの車を製品化するときは、できる限り似せて作って欲しい」と発言したことにも由来する。 ゲームについては、レーシングゲーム(など)には版権を許諾していなかったが、2017年に登場したスマートフォンゲーム「」で初めて、アザーカーが登場するゲームに収録された。 また、レースをテーマとしたものではないが、自動車がロボットに変形して戦うアニメ「」でも、日本の自動車メーカーの車両が多数登場する中で一台も登場していない。 これについてホンダ側は「イメージに合わないためお断りした」と回答している。 環境への取り組み [ ] には、低公害技術であるを発表。 米国でという環境規制法が成立しており、その規制開始期限までに規制に対応するエンジンは世界中のメーカーが開発不可能と言われていたほど厳格な規制であった。 そのマスキー法の条件をクリアしたのが、当時、日本の中小メーカーだったHondaであり、Hondaの名前を世界に知らしめた。 翌年から翌々年にかけてトヨタ、、、に技術供与した。 近年は、やなどのの排出量の少ない車両の本格普及に向けての低価格なハイブリッドカーの販売、 RITE との共同研究による、稲わら、麦わら、コーンの茎などの農業廃棄物や木屑などのバイオマス資源からエタノール燃料を効率的に生産する循環型エネルギー技術の開発 、 各工場での生産体系や物資輸送体系の見直し [ ]、有志による海岸の清掃活動 など、多岐に渡っている。 また日本国外では、の砂漠での植林作業を展開し、活動も毎年行っている。 これらの環境問題に対して積極的に取り組んでいるだけでなく、来るべき未来に向けた次世代環境技術の実践開発として、の販売、環境負担の少ない水素燃料生産供給インフラ「太陽電池式水電解型」、既存の都市ガスなどの天然ガス供給インフラから水素を製造しつつ、コージェネレーション機能によって家庭用の熱(給湯や暖房など)および電力の供給を行う「ホーム・エネルギー・ステーション」の開発及び実験稼動も行っている。 役員一覧 [ ] 取締役会長 代表取締役社長 代表取締役副社長 倉石 誠司 専務取締役 山根 庸史 竹内 弘平 取締役 尾﨑 元規 小出 寛子 取締役相談役 取締役 監査等委員 吉田 正弘 鈴木 雅文 髙浦 英夫 田村 真由美 酒井 邦彦 常務執行役員 関口 孝 藤野 道格 青山 真二 貝原 典也 三部 敏宏 松川 貢 安部 典明 水野 泰秀 執行役員 Issao Mizoguchi 堀 祐輔 神阪 知己 島原 俊幸 尾高 和浩 五十嵐 雅行 可知 浩幸 山本 創一 井上 勝史 寺谷 公良 鈴木 麻子 奥田 克久 森山 克英 大津 啓司 野村 欣滋 中尾 芳門 徳竹 浩 小林 太郎 森澤 治郎 (2019年6月19日現在) 歴代社長 [ ] 名前 任期 備考 初代 本田 宗一郎 09月 - 10月 2代 1973年10月 - 10月 3代 1983年10月 - 06月 4代 1990年 06月 - 06月 5代 1998年 06月 - 06月 6代 2003年 06月 - 06月 7代 2009年 06月 - 06月 8代 八郷 隆弘 2015年 06月 - 現職 キャッチフレーズ [ ]• 『新しい世界を創る。 『真に快適な、価値ある車をすべての方へ。 』(初頭)• 『クルマが家族になる。 』( - プリモ店)• 『クルマがゆとりになる。 』( - クリオ店)• 『クルマが個性になる。 』( - ベルノ店)• 『新しい風。 ホンダのクルマ。 』(1986年 - 1989年初頭)• 『人、きらめく、走り。 ACCELERATE YOUR HEART』(1989年 - 初頭)• 『Come ride with us. 』( - モーターサイクル)• 『人と、地球に「夢・発見・ドラマ」を。 』( - )• 『The Power of Dreams』「=夢の力」( - 現在)グローバルスローガンとして、全世界で使用される。 (1月より同社のCMで、音声によるアナウンスもされている)なお同年には「」が刊行されている。 『翼ある人』(Honda Motorcycle、12月現在)• ほかにもまで企業CMには『Do You Have a Honda? 』が使われ、CMソングにの「」が用いられていた。 最近では、ホンダの新たなとして『NEW NEXT NIPPON NORIMONO』を掲げた軽自動車シリーズ「Nシリーズ」をラインナップし、品質と利便性の両面の充実を目指している。 沿革 [ ] 以下、特に断りのない限り、出典は 、 及び による• - 9月1日、本田宗一郎がを開設。 内燃機関および各種工作機械の製造、ならびに研究を開始。 10月、無線用発電機を改造した冷却2サイクルエンジンを発売。 - 自社設計第1号製品、A型自転車用補助エンジン生産開始。 のちに2代目社長となる河島喜好が入社。 - 9月24日、本田技術研究所を継承し、静岡県浜松市(現・浜松市中区)板屋町257番地に本田技研工業株式会社を設立。 - 藤沢武夫が参加し経営担当となる。 初の自社設計フレーム98cc2サイクル単気筒エンジンを搭載したドリーム号D型生産開始。 - 東京・に東京営業所開設。 同時に上十条の東京工場が稼動を開始。 - 現在の埼玉県和光市に白子工場を建設。 自転車用エンジンを搭載したカブF型発売。 全国5,000を超える自転車販売店にダイレクトメールを送り販売網を確立。 - 東京・に 二階建て [ ]社屋を建設、浜松から東京に本社を移転。 埼玉・大和工場、浜松工場を開設。 - に株式店頭公開(現在の)。 本田宗一郎、欧州を視察。 - 二輪車生産台数日本一達成。 12月2日 - 東京証券取引所第一部上場。 - スーパーカブC100発売。 - 米国現地法人「 ()」をに設立。 - 研究開発部門を分離した「株式会社 本田技術研究所」を設立、鈴鹿製作所を開設。 - 旧西ドイツに「ヨーロピアン・ホンダ・モーター」設立。 - 四輪車への進出の意向を表明。 - 8月、ホンダ初の四輪車、軽トラック発売。 9月、発売。 日本自動車産業界初の日本国外の生産工場としてに小型オートバイの組立工場「ベルギー・ホンダ・モーター」を開設して二輪車生産開始。 ホンダ鋳造(現・)を設立。 - 埼玉製作所に狭山工場を開設。 オープン。 - 英国に販売拠点「Honda UK」設立。 - 大気汚染防止法の基準を達成するエンジンの開発を全社で取り組むため、F1参戦一時休止を宣言。 - 量産車初の4気筒エンジンを搭載したを発売。 世界で初めて最高時速200キロを突破し、今までにない数々の斬新なメカで、名実と共に世界一のバイクメーカーとなる。 - シビック発売。 低公害エンジン「CVCC」の開発に成功。 米の案(マスキー法75年度規制)を世界の自動車メーカーに先駆けて達成。 - 本田宗一郎社長、藤沢武夫副社長退任。 両名は取締役最高顧問に就任。 が2代目社長に就任。 朝霞テック閉鎖 [ ]。 - 軽自動車市場から撤退(軽トラックは除く)。 - アコード発売。 - 販売チャネル「ホンダ・」発足。 旧来のホンダ店(当時)との二極化。 - 米国に現地生産工場を開設。 英国社(、、、などを所有)との業務提携を開始。 - 売り上げ1兆円達成• - 世界初のを完成させる。 - (郊外)にて、日本の自動車メーカー初となるアメリカ合衆国での4輪車()の現地生産を開始• - 本田宗一郎、藤沢武夫が取締役を退き、終身最高顧問になる [ ]。 河島喜好が社長を退任、が3代目社長に就任。 - 「ホンダ・」発足。 3チャンネル体制となる。 - 軽自動車市場に再参入。 「ホンダ・」発足。 四輪車販売網3系列体制確立。 ホンダビル竣工。 ホンダの最上級車レジェンド発売。 - 5月、熊本製作所にが行幸。 - 米国で第2販売チャンネルとしてACURAブランドを開業 [ ]。 ロボットの研究に着手する。 - 藤沢武夫死去。 を追贈。 - 第2工場を開設。 を開発。 - 久米是志が社長を退任、が4代目社長に就任。 スーパースポーツカーNSXを発売。 - 死去。 - 足と胴体と腕がついた本格的人間型ロボットP1開発に成功 [ ]。 P3まで改良される。 - 英国BL Cars社の存続会社であったとの提携を解消。 クリエイティブ・ムーバーシリーズ第1弾であるオデッセイを発売。 新ジャンルの車種でありながらも大ヒットとなり、ホンダの業績回復に貢献した。 にCR-V、にステップワゴンを発売。 いずれも大ヒットとなった。 - 川本信彦が社長を退任、が5代目社長に就任。 創業50周年記念イベントとして、「ありがとうフェスタinもてぎ」が10月4日に開催される。 - 創業50周年記念モデルとして、29年ぶりとなるFR駆動のスポーツカーS2000を発売。 東京都に株式会社ホンダクレジット 2002年7月より 株式会社ホンダファイナンス を設立。 - 新世代のVTECエンジンで、高出力、低燃費に対応したを開発。 小型化・軽量化されたヒューマロイドロボットASIMO登場。 ホンダサウスアメリカ・リミターダに南米子会社事業の統轄機能を設置 [ ]。 - フィットが日本国内の登録車販売において第1位を獲得。 ホンダが登録車の年間累計販売台数で第1位となるのはこのときが初である。 - 吉野浩行が社長を退任、が6代目社長に就任。 四輪車世界生産累計5000万台を達成。 「Honda Jet」の初飛行に成功。 - 中国に中国事業の統轄機能を有する本田技研工業 中国 投資有限公司を設立。 用エンジンの事業化でとの提携を発表。 の旧工場跡地にビルを新築、日本国内本社機能の一部を和光へ移転(日本国外の本社機能はに所在する)。 - 初代の生産および販売を終了。 プリモ店、ベルノ店、クリオ店を「」に名称変更、四輪車販売系列を1本化。 小型ジェット機市場への参入を発表。 8月にHonda Aircraft Company, Inc. を設立 、Honda Jetの受注を開始。 日本メーカーとして初の(と両用エンジン)をで販売開始。 太陽電池事業への参入を発表。 12月にを設立(2014年に事業終了)。 埼玉製作所 小川工場稼働開始。 福井威夫が社長を退任、専務が7代目社長に就任。 - と資本提携。 - 埼玉製作所寄居完成車工場、稼働開始。 - 2代目の生産が開始される。 八郷隆弘が8代目社長に就任。 での生産を開始。 - 四輪車の生産台数が世界累計1億台を達成。 - 生産台数減少に伴い、国内4輪車生産拠点の集約を発表。 老朽化の著しい埼玉製作所狭山完成車工場(狭山工場)を度をめどに閉鎖し、全ての生産機能と人員を埼玉製作所寄居完成車工場(寄居工場)に全面移管させる。 これにより、寄居工場、鈴鹿製作所、の3カ所に集約されることになる。 併せて、八千代工業の完成車事業の完全子会社化を検討すると発表。 - 八千代工業四日市製作所株式会社(2017年12月18日に、八千代工業より完成車事業を分割し設立 )を完全子会社化するとともに、に商号変更。 商品展開 [ ] 製品一覧 [ ] 自転車用原動機製作が社業の始まりとなり、ヒットを記録。 その後、原動機付自転車の分野でが空前絶後の大ヒット、全世界で使用された。 これによって、「スーパーカブのHonda」と知名度を大いに上げ、国際二輪業界において日本のメーカーが覇権を握る下地となった。 スーパーカブは全世界通算で1億台(2017年10月末時点)が製造され、「」となっている。 社の業務として「モータースポーツの振興」を挙げるだけあって、スポーツモデルにも力を入れており、二輪の世界最高峰カテゴリであるロードレース世界選手権 MotoGP や プロダクションレースである SBK での実績をフィードバックしたスポーツモデルが好評である。 また、公道走行可能なバイクだけでなく、やなどのコンペティションモデルの市販とサポートにも熱心である。 からは浜松製作所で生産している中型・大型二輪部門を熊本製作所に移管、熊本製作所に二輪車の新工場を建設し浜松製作所の二輪生産に従事する1,500人は熊本製作所に配置転換された。 浜松製作所では自動変速機の生産を強化した。 一時期により大打撃を受けたが、、、といった大手二輪車メーカーらとともに「三ない運動を推進している地域ほど二輪車事故が多発している」と反論を展開するとともに、内の私立高校と協力して二輪車講習をで行うなど高校生の交通安全教育に力を注ぎ成果をあげた。 ほとんどの分野、ほとんどの排気量において優秀なモデルを送り出し、オートバイ生産台数世界第1位の座を盤石のものとしているホンダであるが、日本国内向けの需要は年々減少を続け、の日本国内の年間生産台数は18万台までに低下。 一方、日本国外の工場では、旺盛な需要の下、では社、ホンダ・モーターサイクル・アンド・スクーター・インディア社の2社で560万台、ではアストラ・ホンダ・モーター社が300万台と生産数を増加させており、排気量の多寡があるとはいえ、日本の工場が一大生産生産拠点であった時代は過去のものとなった。 なお、による経済自由化以降、大量の中古オートバイが輸出されたでは、その品質の高さと並外れた耐久性、修理における簡便性によって人気が高く、を指すとして Hondaの語が使われる事がある程である。 7月、ホンダは日本におけるに歯止めをかけるため、全二輪車の価格を値下げを発表、スーパーカブ50で約4万円、最廉価のフォルツァで約12万。 これと並行して日本で生産している二輪の小型車を全て日本国外での生産に移管させる方針を明らかにしたが 、その後円安傾向により国内生産のメリットが高まったため方針を転換し、より熊本製作所においてミニバイクを増産することを公表した。 10月5日、縮小している国内向け50ccスクーターの生産・開発でヤマハと業務提携を検討、2018年をめどにヤマハの子会社であるが製造している「」と「」をOEM生産として熊本製作所に移管して製造することとしている。 自動車 [ ] 現在に至るまで車の割合が非常に多いのが特徴。 創業者の環境に対する理念に基づき、初代シビックを筆頭として、優れた量産車を環境に配慮した柔軟な製造体制を持つ、四輪車を日本国内外の製作所にて生産している。 四輪初期は宗一郎の英国車への熱い思いが製品にも影響しており、シビックは英国のに感銘を受けて作られたと言われている。 後の、ホンダはオースチンを有する社と提携、資本や技術の提供を行うこととなる。 また、世界に先駆けて走行時にを全く生み出さない の本格普及を目指し、から米国と日本にてリース販売を開始した燃料電池自動車「」の年間数十台程度の需要状況に合わせ、ホンダ新機種開発センター()に燃料電池車専用の小規模組み立てラインを設置した。 現在日本国内で販売されているホンダ車は新車販売時に一部他社が設定するを設定せず、全国共通仕様にすることで基本的に日本全国価格が均一であり、地方や季節を選ばずトラブルなく走行することができる。 4輪車製造において、現在全世界マザー工場として機能させている鈴鹿製作所の近接地に、国際的に有名なレーシングコース鈴鹿サーキットをから有するホンダは、モータースポーツへの積極的な参戦やそれらレースシーンを中心とする自動車文化を愛する社風とも相まって、スポーティーなモデルを得意とし同社のリーディングイメージとしてきた。 しかしながら、余暇における有意義な時間の創出と日常での利便性の両立を追求した初代オデッセイの登場以降、、、と続く一連のクリエイティブ・ムーバーシリーズの発売前後から、 RVや ミニバン、ワゴンなどのファミリー向け製品の開発を進め、昨今では、3. 5L エンジンも選択可能なフルサイズミニバン 、ステップワゴンに新たなデザインテイストを加えたステップワゴン・スパーダ、7人乗りも選択可能なコンパクトミニバンなど幅広い商品ラインナップを揃えている。 ステーションワゴンにおいても、各国でロングセラーモデルとなったアコードワゴン(現アコードツアラー)を中心に、2011年に登場したエントリークラス ステーションワゴンの、2000年に7人乗りのステーションワゴンとして5ナンバーセグメントに新たな流行を生んだなどが発売されている。 アコードツアラーにおいては、を用いずに をクリアさせた、CO 2排出量において優位性を持つクリーンな i-DTECエンジン を搭載し、環境に配慮した製品を欧州にて販売するなど国際市場での環境対応も計っている。 RV、SUV、ミニバン、ワゴンといった収容性や利便性を優先的に追求されるファミリー向けの製品に対し、セダン並の操縦安定性や運転する楽しさを兼ね備えさせている事が全体を通してのホンダ車の特色である。 またこれらの車両を用い、同社が として長年研究、開発している製品群の中で 、および と分類される製品を、今後増加するシルバー世代の生活の質の向上や、身体に障害を持っている方々の積極的な社会参加や快適な生活を送るための支援を目的に販売している。 の分野では、、がトヨタ自動車のを販売台数を上回りトップとなり、にも一時追い抜くなど躍進した。 現在も月別販売台数で1~6位(1~8月データによる)の成績を維持している。 (平成18年)度、日本国内の改正などの車両の省エネ対策の法的強化を受けて、フィットを土台にしたハイブリッド車2代目インサイトも開発された。 の分野においては、高い衝突安全性を持つ、スーパーハイトワゴンの、のミッドシップエンジン採用の軽ワゴン、ダンプやリフターなどの特装車も選択可能な軽トラックのアクティトラック、快適で確実なワークタイムをサポートする軽商用バンのなど、快適性などを犠牲にすることなく、高い環境性能を達成している。 なお、にが生産終了となってからは、一般的な機械式立体駐車場に入庫可能な軽自動車(全高1,550mm以下)は2015年にのローダウンモデルが発売されるまでの間生産していなかった。 ハイブリッドカーにおいては、と分類される(Honda IMA)をCO 2排出量の削減及び燃費向上を目的に幅広い普及を目指して自社開発し、現在販売しているハイブリッド専用車インサイトに、昨今これらの環境車需要が増加している中、比較的安価なコストで搭載している。 ホンダのハイブリッドシステムは、走行状況に応じて-VTECエンジンと、加速時における単一の薄型からの出力の利用、および同一モーターによる減速時の回生発電を行い、比較的容量の小さい専用二次電池へのエネルギー回収を行う軽量でコンパクトなシステムであるため、幅広い車種への安易な搭載が可能とされている。 シリーズパラレル式と分類される他社系の採用しているハイブリッドシステムは、加速用電気モーターでの動力補助および、減速時に於ける回生発電装置によるエネルギー回収をする仕組みであり、加速用電気モーターと回生用発電装置を別に必要とする。 4月1日、同社が本格的な普及に対する若干の足踏み状態の要因として抱えていた二次電池供給元からの供給可能量などの経営コンセンサス的問題を解決するために、ハイブリッドカー用リチウムイオン電池の製造・開発を専門とする「」をジーエス・ユアサコーポレーションとの共同出資により設立し、二次電池調達体制の再構築を行った。 最近では、一般ユーザーが休日にまで自走して、安全かつ気軽にサーキット走行を楽しめることをコンセプトに開発された「」というスポーツモデルをシビック(インテグラ、は生産終了)に設定している。 また、現行シビックタイプRをベースとした安価なレース専用車を一般向けに販売すると共に、ホンダの車を使用したアマチュア~プロ志望者向けの年間シリーズレース「」をから現在まで長きにわたって開催している。 また、4ドアセダンの分野においては、世界各国でロングセラーとして現在まで販売されているシビックおよび、走行状況に応じて燃焼気筒数を切り換える可変シリンダーシステムを採用するレギュラーガソリン仕様のV6エンジンを持つなどがある。 ホンダのイメージアイコンとしてからの長きにわたり生産・販売されたは、特別な思い入れを持つ多くのユーザーの「NSXに長く乗り続けたい」という求めに応じて、メーカー製造工場にて経年車へのエンジンや内装、足回りなどの念入りな機能修復サービスを受けられるを1993年から実施している。 なおNSXは2016年からが生産・販売が開始されたが、初代のリフレッシュプランも引き続き継続して実施している。 近年、過去に同社から販売されていたなどのイメージを継承し、ホンダ創立50周年記念車として発売されたは、1970年以降に発売されたホンダ車では唯一の車である。 0Lで250PSの性能を誇っていた。 さらにこのS2000は、他のホンダ車と部品を共用していないなど(他メーカーの車両と部品を共用している部分はある)収益があまり見込めない趣味性の高い車に、独自の車台やコンポーネンツを専用設計として開発されている。 のに巨大なテストコースを持ち、そこで熟成され鍛えられた車種も数多い。 10月7日に発売されたは新開発の四輪駆動システムSH-AWDを採用し、出力のメーカー自主規制の緩和にともない、国産の量産車では初めて280PSを超える300PSとなった。 レジェンドに搭載されているSH-AWDは、単純な前後の駆動力配分の制御だけでなく、後輪左右駆動輪間において可変駆動配分制御を行う事を目的に、リアデフ内の後端部分の動力伝達経路に増速機構と、後輪の左右駆動輪間に駆動力差を生み出すために小型電磁クラッチをデフ側の左右ドライブシャフトのエンドエリアに搭載し、コーナリング時に意図的に外周側の駆動輪に多くの駆動力を伝達する高度な動的制御を行う事により、より自然な感覚での旋回性能の向上および、滑りやすい路面状況下での走行安定性の向上を図っている。 なお、・専用車両(市販車と異なる仕様で製造された車両)は過去も現在も全く生産していない。 また、同業のと同じく軽自動車クラス以上のトラックやを生産していない。 汎用製品 [ ] 自社製の汎用ガソリンエンジン()を利用した、、、などの、、、「モンパル」、、家庭用ユニット、パネルなどを生産している。 ホンダの汎用事業は、創業者の本田宗一郎が、オートバイで培ったガソリンエンジン技術で「世の中の人々の重労働を軽減したい」という思いからスタートした。 ホンダ初の汎用製品はに開発・発売した耕うん機「F150」であり、小型ガソリンエンジンを搭載した耕うん機を低価格で提供したことによって、1959年当時、やディーゼルエンジンが主流であった農機業界において大ヒット商品となった。 その後、の創業者の要望を受けて超小型の発電機を開発したり、世界の環境規制に先駆けて4ストローク船外機にチャレンジしたりと、各分野で業界に先駆けた取り組みを続けている。 、誰でも簡単に取り回しができる超小型耕うん機「こまめ」を発売。 業界の常識を覆したこまめは後の家庭用ミニ耕うん機市場を創出するきっかけとなり、「サラダ」、「」を中心に、相次いでヒット商品を開発している。 特にピアンタは、家庭用カートリッジこんろで使うカセットボンベ1本で簡単・パワフルに働く耕うん機として、年間1万台を上回る大ヒット商品となっている。 近年でみると、太陽電池事業にも参画。 熊本県にソーラーパネルの量産工場を持っており、日本国内を中心に事業を展開。 甲子園球場の屋上にもHondaのソーラーパネルが設置されている。 のシェアは世界一。 、、小型のシェアは国内トップ。 には、ガスパワー耕うん機、(平成22年)には、ガスパワー発電機エネポEU9IGBを発売。 一般家庭用のガス発電ユニットは、国内唯一の供給メーカーである。 他社に先駆けて船外機の4ストローク化を行い、その性能は米国で4年連続顧客満足度第一位を獲得した。 汎用エンジンのGX160は、米国社の2WDオートバイにも採用されており、少量であるが日本にも輸入されている。 航空機 [ ] 製品第1号となる 創業者である本田宗一郎は航空機開発の夢をもっており、二輪車用に翼をイメージしたマークを採用したのもこのためとされる。 しかしやなど戦前からの航空機メーカーと異なり航空関連の技術者がおらず経験も無いため、基礎技術から習得する必要と判断し頃から行動を開始した。 頃、航空機技術者を確保するため、学生向けのの設計コンテストのスポンサーとなったり、新聞に軽飛行機技術者の求人広告に掲載するなどし、は前者では後者で入社した。 またの開発を目指しやの研究も行った。 、航空事業のノウハウを収集するためを設立、を整備した。 その後小型機の改造などで技術開発を継続したが、この時点では大々的に公表していなかったが、に航空用エンジンや機体の開発部門を集約するなど体制を強化していった。 7月25日、への本格参入を表明し新型機 を公表した。 当初は2013年の販売を目指すとした。 8月、航空機部門をとして独立させ、航空機開発の拠点をアメリカに移す。 和光ビル(通称・和光本社)• 本社(Honda青山ビル) -• Honda 和光ビル -• Honda 白子ビル - 埼玉県和光市• Honda 八重洲ビル(本田財団)- 東京都• 品質改革センター栃木-• 基礎技術研究センター(設立:1月)• 栃木プルービンググラウンド(設立:4月)• 鷹栖プルービンググラウンド(設立:1996年5月) 研究会社(日本国内)• 株式会社(設立:6月)• レース用二輪車の開発、製造販売。 各種レース用二輪部品の製造販売• ホンダアールアンドデー太陽株式会社(。 設立:7月)• 、輸送用機器及びの部品の製造販売及びなどの機器の研究開発• 株式会社ホンダ・リサーチ・インスティチュート・ジャパン(設立:12月)• 先端技術の研究開発• ホンダエンジニアリング株式会社(設立:9月)• 生産システムから生産ラインの設定および工作機械の開発• 株式会社ホンダテクノフォート(設立:3月)• 研究開発サポート(設計、試作、組立、各種テスト) 研究会社(日本国外)• 》(設立:1992年12月)• 本田摩托車研究開発有限公司(設立:2002年1月)• ホンダ・リサーチ・インスティチュート・USA(設立:2003年1月)• 先端技術の研究開発• ホンダ・リサーチ・インスティチュート・ヨーロッパ(設立:2003年1月)• 先端技術の研究開発 その他の会社• レース用四輪車・二輪車の開発、製造販売。 取引関係のみ) 日本国内部品製造 [ ] 連結子会社• 株式会社(設立:10月)• 、などの製造• 株式会社アリス三洋• アルミ二次合金製造(ホンダトレーディング関連会社)• 株式会社ウエムラテック(設立:9月)• 自動車など・各種部品製造• 株式会社エムビーエイ• 用商品の開発、販売• 希望の里ホンダ株式会社(特例子会社。 設立:8月)• 、ケースカバー、などの小組立• 株式会社(設立:11月)• フューエルタンク、マフラーなどのプレス、塗装・表面処理加工部品の製造• 株式会社ゴウシテック(設立:2月)• 二輪部品、エキゾーストマフラーの生産• 新日工業株式会社(設立:)• ATミッション部品などの機械加工• 株式会社スミレックス• 四輪車用部品の製造• 株式会社ヒロセ精工• 金型の制作、及びメンテナンス• 株式会社ホンダエレシス(設立:10月)• 株式会社(設立:12月)• エンジン部品《・・シリンダーヘッドなど、アルミ鋳造品》の生産• 株式会社ホンダ ソルテック(設立:12月)• の製造・販売。 にもパネルが設置される。 ホンダ太陽株式会社(特例子会社。 設立:9月)• 二輪車・四輪車・汎用《、グローブボックスなど》の部品生産• (設立:4月)• 二輪車・四輪車キーセット、セキュリティシステム、ドアミラー、ABSソレノイド、ドアミラーなどの電装部品の生産• 株式会社MAP• アルミ溶湯(ホンダトレーディング関連会社)• アルミ溶湯• 株式会社TDEC(旧社名:水谷精器工業株式会社)(設立:10月)• 輸送機器用プレス、• (設立:7月)• 自動車機器及び産業機器の部品製造《》・加工・組立• (設立:8月)• 、など自動車部品製造• (設立:7月)• 、コンバータ、ボディビームなどの製造• 株式会社ワイジーテック(設立:4月)• 自動車部品及び二輪汎用部品の製造及び販売 関連会社• 株式会社アイキテック(設立:1月)• トランスミッションギア、シャフトなど精密機能部品の生産• 株式会社アツミテック(設立:4月)• シフトフォーク、セレクトレバーなど精密部品の生産• (設立:4月)• 車体骨格部品、精密プレス部品、溶接加工部品の生産• (設立:6月)• 動力伝達装置《など》を専門とする機能部品の生産• (設立:11月)• 四輪車用などの製造• 株式会社エム・エス・ディ(設立:6月)• 汎用完成機の組立生産委託および二輪フレーム部品生産• (設立:3月)• 自動車用車体骨格部品の生産、販売• 金田工業株式会社(設立:1月)• 四輪車用ATミッション・二輪用MT・汎用エンジンクランクシャフトの製造• (設立:12月)• 自動車及び輸送機器用部品・機械・システム、産業用バルブの開発、生産、販売;〔旧京浜精機製作所、旧ハドシス、旧電子技研の3社による合併会社〕• (設立:10月)• 、、油圧・空圧機器などの製造• 株式会社スチールセンター(設立:3月)• 鋼板の切断加工、自動車部品などのプレス加工、生産• (設立:3月)• 自動車、オートバイのエンジン部品、足廻り部品などの生産• 株式会社都筑製作所(設立:6月)• ナックル、インテークマニホールド油圧部品など機械加工部品の生産• (設立:4月)• (設立:10月)• を主体とする機能部品の生産• 株式会社ベステックスキョーエイ(設立:5月)• 自動車部品の開発、製造• 株式会社増田製作所(設立:4月)• 輸送用機械器具製造• (設立:1月)• 自動車部品、各種金型、合成樹脂成形製品および治工具の設計・製作・加工、販売ならびに自動車の販売• (設立:1月)• 精密機能部品の生産• 柳河精機株式会社(設立:1月)• サスペンション、四輪ナックルAssyなどの機能部品の製造• 株式会社山田製作所(設立:2月)• 、オイルポンプなどの製造 日本国内営業関連 [ ] 営業、購買、ファイナンス業務、その他 [ ] 連結子会社• 株式会社ホンダパワープロダクツジャパン(設立:10月)• 汎用製品の卸営業(旧・オールホンダ販売株式会社)• 株式会社ジャパンテクノ• 食品製造技術の開発 ホンダトレーディング関連会社• 北海道ホンダ販売株式会社(設立:11月)• 二輪製品および汎用製品の販売業務• (設立:8月)• ホンダ純正、などの二輪車、自動車の付属用品の開発、生産、販売• 株式会社ホンダオペレーションサービス熊本(設立:9月)• 納車前点検、配送業務• (設立:9月)• 広告、宣伝、情報処理および提供• 株式会社ホンダコンサルティング(設立:7月)• 人材育成能力開発業務、経営及び事業に関するコンサルティング• (設立:3月)• 内外資材《》、《》などの輸出入及び販売などを主とする業務全般• 株式会社ホンダファイナンス(設立:4月)• ホンダ関連会社およびホンダ関連会社の顧客に対する事業者金融、リース業• 株式会社ホンダモーターサイクルジャパン• 二輪販売店への卸し、市場ニーズの把握、販売店の支援、販売促進• 株式会社ホンダユーテック(設立:2月)• ホンダオートオークションの運営、中古車販売事業他 関連会社• 株式会社ホンダパーツ関西• 部品の卸売り、部品の保管・配送業務 四輪販売会社 [ ] 連結子会社• 株式会社ホンダ四輪販売福岡・大分(設立:10月)• 〔10月1日に「Honda Cars 福岡」、「Honda Cars 大分」は合併し九州最大のディーラーとなる〕• 沖縄ホンダ株式会社(設立:5月)• ホンダカーズ沖縄系列販売店の統括会社• 株式会社ホンダカーズ愛知(設立:7月)• 〔8月1日に「Honda Cars 愛知東」、「Honda Cars 愛知西」と合併、新生「Honda Cars 愛知」となる〕• 株式会社ホンダカーズ茨城(設立:4月)• 株式会社ホンダカーズ大阪(設立:1月)• 株式会社ホンダカーズ京都(設立:11月)• 株式会社ホンダカーズ熊本(設立:5月)• 株式会社ホンダカーズ群馬中央(設立:12月)• 株式会社ホンダカーズ京葉(設立:6月)• 株式会社ホンダカーズ神戸(設立:7月)• 株式会社ホンダカーズ埼玉(設立:7月)• 株式会社ホンダ四輪販売北海道(設立:4月)• 株式会社ホンダカーズ静岡西(設立:11月)• 株式会社ホンダカーズ千葉(設立:10月)• 〔2010年4月1日に「Honda Cars 京葉」と合併、「Honda Cars 千葉」となる。 株式会社ホンダカーズ東京中央(設立:10月)• 〔「旧ホンダクリオ新東京」と「旧ホンダベルノ新東京」の統合に伴い設立、「旧ホンダプリモ東京南」及び、「旧ホンダプリモ渋谷」も後に同社へ統合された〕• 株式会社ホンダカーズ東京東(設立:10月)• 株式会社ホンダカーズ栃木(設立:3月)• 株式会社ホンダカーズ肥後• 〔「旧株式会社ホンダ新熊本」〕• 株式会社ホンダカーズ兵庫(設立:11月)• 株式会社ホンダカーズ広島(設立:2月)• 株式会社ホンダカーズ山口(設立:11月)• 〔4月1日に「旧ホンダ四輪販売山口」、「旧ホンダプリモ東山口」と合併した。 株式会社ホンダカーズ福島(設立:5月)• 株式会社ホンダカーズ宮城中央(設立:1月)〔現株式会社ホンダ四輪販売南・東北〕• 株式会社ホンダカーズ山形(設立:3月)〔現株式会社ホンダ四輪販売南・東北〕• 株式会社ホンダカーズ山梨(設立:7月)• 〔旧株式会社ホンダ四輪販売山梨〕• 株式会社ホンダカーズ横浜(設立:5月)• 株式会社ホンダ販売旭川(設立:2月)• 株式会社ホンダプリモ信州(設立:8月)• 株式会社ホンダ四輪販売岡山(設立:8月)• 株式会社ホンダ四輪販売北・東北(設立:8月)• 株式会社ホンダ四輪販売四国(設立:9月)• 〔旧株式会社ホンダ四輪販売香川 2月に旧ホンダカーズ四国の香川・愛媛地区と合併し改称、8月に旧ホンダカーズ愛媛と合併〕• 株式会社ホンダ四輪販売長崎(設立:12月)• 株式会社ホンダ四輪販売新潟(設立:11月)• 株式会社ホンダ四輪販売北陸(設立:4月)• 株式会社ホンダ四輪販売南九州(設立:11月)• 株式会社ホンダ四輪販売南近畿(設立:8月)• 株式会社ホンダ四輪広島(設立:4月)• 株式会社ホンダワールド福井(設立:8月)• 株式会社ホンダワコード(設立:4月) 関連会社• 南ホンダ自動車株式会社(設立:5月)• ホンダカーズ岩手中央系列販売店の統括会社• (設立:11月)• 〔旧株式会社ホンダベルノ静岡〕• 株式会社ホンダカーズ博多 設立:4月• 株式会社ホンダ北徳島• 株式会社ホンダクリオ滋賀(設立:7月)• 株式会社ホンダ泉州販売(設立:9月)• 株式会社ホンダカーズ大阪北(設立:4月)• 株式会社ホンダカーズ石川南(設立:10月)• 株式会社ホンダ販売名東(設立:8月)• 名古屋で各種輸入車を幅広く扱うグループのホンダ車販売子会社、同社が属する企業グループ内にはホンダ車をベースとしたキャンピングカーの製作販売を行う部門もある 二輪販売会社 [ ]• 株式会社ホンダドリーム関東• 関東地域の新車販売店舗()を10店舗統括• 株式会社ホンダドリーム九州• 九州地域の新車販売店舗(DREAM店)を5店舗統括• 株式会社ホンダドリーム近畿• 近畿地区の新車販売店舗(DREAM店)を9店舗統括• 株式会社ホンダドリーム中部• 中部地域の新車販売店舗(DREAM店)を5店舗統括• 株式会社ホンダドリーム東京• 東京・神奈川の新車販売店舗(DREAM店)を11店舗統括• 株式会社ホンダドリーム東北• 東北地域の新車販売店舗(DREAM店)を5店舗統括• 株式会社ホンダドリーム中四国• 中国・四国地域の新車販売店舗(DREAM店)を4店舗統括 販売店 [ ] 四輪車販売店 [ ] 3月1日をもってこれまでの販売網3系列(下記参照)を1本化、店舗名はそのままながらも全店全車種取り扱いへと移行した。 そして全国各店舗の屋号変更が同年7月13日(2代目ストリーム発表と同日)に一斉に行われた。 同年9月以降、順次店舗のやを変更。 販売系列の区分けと販売系列のはなくなった。 移行・変更前の販売系列 、4輪車への進出を表明した当時のホンダはオートバイメーカーとしての地位を築いていたことから、既存の業販制度の全国販売網を生かす形で四輪販売網を構築した。 を参照。 商品ラインナップの発展とともに業販制度から直販体制に変わり、ベルノ店の発足を皮切りに、個性に応じた販売チャネルを発足させた。 (をメインに、小型車、軽自動車を販売)• (、の高級セダン車および上級車がメイン)• (の発売と同時に発足。 スポーツカーとSUVがメイン) 中古車販売(ホンダ車のみ)・買取店(他銘柄車可)。 11月に実施されたホンダ認定中古車制度の見直しに伴い、3月までにAuto TerraceからHonda Cars・U-Selectへの店舗名変更を完了した。 過去には車(1975年~1979年)や(1990年~1997年)車を扱っていた時期があった。 秋に「」ブランドの国内進出が予定されていたが、以降へと一旦延期、結局、急激なのあおりを受け、最終的に国内進出自体が白紙撤回された。 二輪車販売店 [ ] かつての販売系列• DREAM店 ホンダ車のみを扱う大型店舗。 技能講習会、サーキット走行入門者向けの講習なども行っている。 認定中古車の検査基準として、車両検査専門会社「AIS」の査定基準を導入。 PRO'S店 プロス店では日本向けとして生産されているホンダのオートバイをすべて扱っている。 なおプロス店はホンダ専売の店舗と他メーカー車両との併売の店舗がある。 WING店 本田技研工業のに精通した2輪専門店として、網が日本全国に整備された。 主に個人営業店が多い。 PRO'S 店と異なるのは、等のスポーツ系車種を除いて125cc以下のの取り扱いを行わない。 2018年4月より販売網の再編成を実施。 異なる客層へのサービスの違いを明確に分ける体制とする。 Honda Dream店 ホンダ車フルラインナップのみを扱う大型店舗。 新デザインへのリニューアルと同時に、サービス品質の更なる向上が図られる。 Honda Commuter店 250cc以下のホンダのオートバイを扱っている。 ホンダ専売の店舗と他メーカー車両との併売の店舗がある。 輸送・不動産関連 [ ] 連結子会社• 株式会社(設立:10月)• 一般運送、二輪車・四輪車輸送、納入代行、梱包、貨物、倉庫業、物流機器の製造販売 関連会社• 株式会社デポックス(設立:10月)• 新車納車整備、用品取付、車両輸送• 株式会社デポックス関西• 新車納車整備、用品取付、車両輸送• ホンダ開発株式会社(設立:4月)• 損害保険代理業、社員食堂・売店および「新狭山ホテル」の運営、不動産・旅行などホンダの福利厚生の一部を担当〔旧開発総業〕 修理、整備業務 [ ] 連結子会社• 株式会社ホンダカーズ福岡ボディサービス• 四輪車・二輪車の修理および整備• 株式会社ホンダボディサービス岡山(設立:12月)• 四輪車・二輪車の修理および整備• 株式会社メカネット札幌• 自動車修理業 関連会社• 株式会社ホンダボディサービス神奈川• 四輪車・二輪車の修理および整備 レジャー・教育関連および新分野 [ ] 連結子会社• 株式会社ケイピーテック(設立:3月)• 職業紹介事業• サーキットサービスクリエイツ株式会社(設立:1月)• 株式会社(JRP)• 、 などのモータースポーツ競技の興行、運営・管理• の河川敷に小型飛行機専用の滑走路やヘリポートを備える「」を運営し、一般向けにや小型機での遊覧飛行やチャーターサービス、各種操縦訓練、埼玉県及び栃木県の防災ヘリコプター の運航受託、救急ヘリでの医療搬送サービスなどを行っている。 株式会社(設立:6月)• 鈴鹿サーキット・ツインリンクもてぎ・多摩テックの運営管理と付随する各種事業の展開• 「」(営業開始:9月)• 「」(営業開始:10月、営業終了:)• 「」(営業開始:(平成9年)8月)• 株式会社(設立:6月)• 二輪車・普通自動車・中型自動車の法定教習を行う「」及び、一般・団体・企業向けに、二輪・三輪・四輪・トラックの運転に関する各種トレーニングなどを行う「交通教育施設」を運営している• 「指定自動車教習所」• 「」(開校:3月)• 「指定自動車教習所」• 「」(開校:7月)• 「指定自動車教習所」• 「 交通教育センターレインボー熊本」(開校:3月)• 「交通教育センターレインボー浜名湖」(開校:4月)• モビリティ文化出版株式会社(設立:11月)• 『月刊 運転管理』という名の安全運転や運行管理などについての専門誌を毎月発行・販売している出版事業者 関連団体• 人間の営みと環境の調和を伴った科学技術の振興により、人々の福祉と平和、幸福に寄与する為の活動をしている個人やグループへの支援などを行う非営利団体• 円滑な交通及び、より安全で望ましい交通社会に向けた調査研究、教育、助成などを行う非営利団体• 財団法人 ブレインサイエンス振興財団(設立:11月)• 脳神経科学分野への学術研究助成、研究者の国際交流助成、塚原仲晃記念賞の贈呈などを行っている非営利団体• (設立:) 「」も参照 エアバッグの欠陥による死亡事故 [ ] からにかけて、、、など国内外の計約95万台に対して、エアバッグに関するリコールを行った。 内容としてはエアバッグの膨張装置に不具合があり、エアバッグ展開時に膨張装置が破裂して金属片が飛散し、運転者を負傷させるものであった。 米国では本件に絡んだ事故が計7件報告されており、うち死亡事故については飛散した金属片が運転者の首に刺さり、致命傷となった。 中国におけるストライキ問題(2010年) [ ] 2010年5月、にあるホンダ系列の部品工場にて、大規模なが発生、 直後に他系列工場にも飛び火、の台湾系機械工場では警官隊と従業員が衝突、50人が負傷する事態に至った。 この影響により同国内の4つの組立工場が操業停止に追い込まれ、約2週間に渡るストライキによる損失は生産高ベースで400億円以上に達した。 事件の背景として、現地の日本人駐在員との50倍にのぼる給与格差が挙げられる。 当該工場の女性従業員の手取り給与が平均1千元であるのに対し、日本人駐在員は5万元であることが指摘された。 従業員側は経営側に日本人駐在員の給与を公表するよう迫ったとされる。 アスベストによる労働災害訴訟 [ ] からにかけて子会社工場で勤務していた男性が、当時を吸ったことが原因でを患ったとして、後に子会社を吸収したホンダに対して約9,600万円の損害賠償請求を起こした。 12月の判決ではアスベストと中皮腫の因果関係が認められ、男性に対して約5,400万円(うち約2,000万円が慰謝料)の支払いが命じられた。 自動車業界において、アスベスト被害が認定された初のケースとなった。 個人情報流出事件 [ ] 、米国における同社のインターネットサイト利用者のうち、約490万件の個人情報が、外部からの不正アクセスにより流出していたことが判明した。 個人情報には名前、メールアドレス、車両番号が含まれる。 約490万件のうち、約220万件がアキュラ所有者の車両番号など、残る約270万件がニュース配信を受けている者のメールアドレスとされる。 同年5月、約28万人分の顧客情報がカナダで流出したことが判明した。 流出した情報は、に登録された顧客の名前と住所、車両番号などとされる。 その他 [ ] に、、、、と共にのビル・ロッキヤーによってオークランド地方裁判所にの対策を講じてこなかったとして起訴されている。 宣伝・広告 [ ] 現在の一社提供番組• (・)• テレビは無し 現在のテレビ提供番組(特記以外は30秒)• - 同業者のトヨタも提供。 (2015年4月 - )• (2019年10月 - 、隔日提供、6:45頃)• (2020年4月 - )• など 過去の一社提供番組• (TBS)• (日本テレビ)• (日本テレビ)• (日本テレビ)• (日本テレビ)• () など。 過去のテレビ提供番組• 日本テレビ系• 2006年10月から2018年3月までは、スバルが提供。 TBS系• 1994年4月から同業者のトヨタに交代。 フジテレビ系• 1993年3月で一旦降板したが、1999年10月頃に筆頭スポンサー扱いで復活して、放送終了まで提供。 2017年10月から同業者の日産に交代。 現在は同業者のトヨタに交代。 テレビ朝日系• - - 作中でホンダのバイクが使われていることから、バイクのCMをスポットで流した。 前クレは自粛。 ローカル• (・・、「Honda Cars」名義)• もっと行ってみる? (秋田テレビ・岩手めんこいテレビ、「Honda Cars」名義) など多数。 注釈 [ ] []• 本田文庫『生活創造株式会社として』によると、当ビルの設計に際しては、地震の際「人様の命を預かる製品を作っている企業が、ガラスの破片で下を歩く人に怪我をさせてどうする」と、窓が割れて下の通行人に危険が及ばないようにとの本田宗一郎の指示により、幅1. 5mのバルコニーに囲まれたデザインとなった。 なお、当ビルは交差点側のビルの角を丸くし交差点の見通しを良くする配慮がなされている。 また、ビルの三隅には避難経路としてが設けられ、ビルの地下には緊急災害用として約1万人分の食料と水の蓄えと、防災用品が備えられている。 には札幌ホンダグループのホンダレンタカー があるほか、ではホンダカーズ東京中央が独自でレンタカー事業を行っており、ディーラーレベルでのレンタカー事業は行われている。 もっとも創業者による会社の私物化を嫌うという観点から本田は自身の苗字を社名に入れたことは間違いだったと後年述懐している。 を参照。 インテグラのCMでの「」が使われたり、オデッセイのCMでの「」の英語版カバー、また、企業CM(「Do you have a HONDA? 」シリーズ)としての「」が使われたことはある。 Nシリーズ以前の軽自動車のものに関しては以前は芸能人が出演し、かつCMソングにJ-POPを使用することもあった。 登録車のCMでは、の異母兄弟(が初代シティ後期型、が初代フリード)や(5代目シビック)、・(フィットの3代目2017年発売モデル)、親子(フィットシャトルのCMでオーナーの一人として)が起用される等の例がある。 このほか、のCMにやが起用されたことがある。 のの「」、の「」、企業CMの「」「」など。 福井威夫6代目社長は、代表権のない取締役相談役に。 伊東孝紳専務が本田技研工業株式会社代表取締役社長と子会社の株式会社本田技術研究所代表取締役社長の双方を兼務。 4月1日、株式会社本田技術研究所代表取締役社長に就任。 6月23日開催の定時株主総会後の取締役会で、本田技研工業株式会社代表取締役社長に正式就任した。 介護車とは、助手席または後部座席が回転や昇降することによって、お年寄りや要介護者の車への乗り降りをサポートする車両や、車椅子に乗ったまま後部ハッチバック部分から乗り降りが可能な車両、乗降を補助する補助ステップや車いすの電動収納装置などを備えた車両などである。 自操車とは、Honda・テックマチックシステムと呼ばれる足の不自由な人が手や左足で運転できる補助装置などを搭載した車両や、手の不自由な人が片手でハンドルやウインカーの操作を行うことが可能な車両である。 なお、2020年秋に発売予定の電気自動車「ホンダe」は後輪駆動であることが明らかにされている。 ホンダカーズ東京中央のように、個人タクシー仕様車を販売するディーラーは存在する。 販売店が使用するキャリアカーやモータースポーツにおいてホンダ車で参戦するチームのトランスポーター、ツインリンクもてぎの来場者送迎バス及びホンダグループの特定バス事業者ベストロジ栃木保有のバス車両は提携関係にある製が大半を占める。 別枠には同業者の、別パターンにはも提供。 『』と日本テレビ系『』から提供枠移動。 2018年10月期『』より。 これまでの提供スポンサーだった同業者のから引き継いだ。 車両提供も引き継いでいる。 また、作品によってはバイク提供もしている。 長年提供していた日産自動車から引き継いだ。 提供開始時期は不明。 長らく、提クレ自粛だったが、2019年4月度から正式スポンサー。 ダイハツと共に車両提供を行っており、劇中に最新車種が登場。 同業者のも提供。 から引き継いだ。 別枠には同業者のダイハツも提供。 出典 [ ] []• Interbrand. Interbrand. 2019年11月13日閲覧。 2011年12月5日時点の [ ]よりアーカイブ。 2010年8月18日閲覧。 オートックワン• 2011年3月24日, at the. 広瀬真人. 武田計測先端知財団. 2019年11月13日閲覧。 NEWSポストセブン 2013年1月26日. 2015年2月1日閲覧。 www. honda. 2019年11月13日閲覧。 Hondaの社会貢献活動ホームページ. 2019年11月13日閲覧。 Hondaの社会貢献活動ホームページ. 2019年11月13日閲覧。 語り継ぎたいこと ~チャレンジの50年~. 2019年11月13日閲覧。 www. honda. 2019年11月13日閲覧。 www. honda. 2019年11月13日閲覧。 『株価20年 昭和33年版』 、1958年3月13日。 www. mobilityland. 2019年11月17日閲覧。 FOCUS 2001年7月25日号 新潮社『「決定的瞬間HISTORY'80s 昭和天皇と本田宗一郎の不思議問答」』より。 www. honda. 2019年11月17日閲覧。 文藝春秋. 530-531• www. honda. 2019年11月17日閲覧。 www. honda. 2019年11月17日閲覧。 www. honda. 2019年11月17日閲覧。 www. honda. 2019年11月17日閲覧。 www. honda. 2019年11月17日閲覧。 www. honda. 2019年11月17日閲覧。 www. honda. 2019年11月17日閲覧。 www. honda. 2019年11月17日閲覧。 www. honda. 2019年11月17日閲覧。 www. honda. 2019年11月17日閲覧。 www. honda. 2019年11月17日閲覧。 www. honda. 2019年11月17日閲覧。 www. honda. 2019年11月17日閲覧。 www. honda. 2019年11月17日閲覧。 www. honda. 2019年11月17日閲覧。 www. honda. 2019年11月13日閲覧。 www. honda. 2019年11月17日閲覧。 www. honda. 2019年11月17日閲覧。 2019年11月17日閲覧。 www. honda. 2019年11月17日閲覧。 www. honda. 2019年11月17日閲覧。 www. honda. 2019年11月17日閲覧。 www. honda. 2019年11月17日閲覧。 www. honda. 2019年11月17日閲覧。 www. honda. 2019年11月17日閲覧。 2019年11月18日閲覧。 www. honda. 2019年11月17日閲覧。 (NNA. Newsインドネシア2010年7月21日閲覧)• [ ]YOMIURI ONLINE• [ ] - 2012年1月22日朝刊• - ・2015年9月11日• 2016年10月6日, at the. - ・2016年10月5日• - (2013年7月9日付リリース)• 2012年9月27日, at the. 本田技研工業株式会社. 2014年1月31日閲覧。 [ ]• 2010年10月24日, at the. 2014年2月27日, at the. [ ]• [ ]• 参考文献 [ ]• 八重洲出版 『HONDA 50Years ホンダ50年史』 (平成10年) 関連項目 [ ]• - 本田技研工業の前身• - 優勝者副賞贈呈車• - 度まで優勝者副賞贈呈車• プラットフォーム [ ]• スポーツチーム [ ] 本社公認• 同好会扱い• 関連会社のチーム• 海外法人によるスポンサード• (スイス法人がユニフォーム胸部スポンサーとなっている)• (タイ法人がメインスポンサーとなっている) 廃部・休部• (2005年に廃部)• (2011年を最後に休部中)• 本田浜松サッカー部(2012年を最後に活動停止) 人物 [ ]• (元ホンダ副社長、社長)• (元HGT上席研究員)• (元ホンダ F1プロジェクトリーダー)• (元ホンダ従業員、元社長)• (元ホンダ F1総監督)• (元Honda Thailand社長、フォルクスワーゲンジャパン社長、ゼネラルモーターズジャパン社長)• (初代ホンダ F1チーム監督)• (元ホンダ会長、元会長)• (元ホンダ従業員、F1中継解説者)• (ホンダ系列ディーラーに在籍経験。 現:) オンラインサービス [ ]• - (平成20年)にサービス終了 外部リンク [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 HondaJP -• - チャンネル• (本田技術研究所朝霞研究所の有志が運営するサイト)• 中国鉄道建築総公司• 太平洋建設集団• 100. 出典:,• 100. 万科企業.

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ホンダ こまめ

誰もが使いやすい耕うん機を目指して開発された「こまめ」。 初めに「こまめ」の良さに気が付いたのはHonda耕うん機を取り扱うお店の女性スタッフ。 これまでの耕うん機とは違い「私たちでも使えそう」と思わせるものでした。 そうした女性スタッフの実演によって、これまで機械を使ったことなどなかった女性たちから「へそくりでも買える耕うん機」として受け入れられていきました。 農家の畑仕事だけでなく家庭菜園にも「こまめ」の人気は広がっていき、あっという間に10万台を超える販売を記録する大ヒット商品となりました。 *Honda調べ 小さな耕うん機といえば「Hondaのこまめ」と呼ばれ、耕うん機の代名詞となった「こまめ」。 販売開始から20年、さらなる「こまめ」の進化を目指して、Hondaはエンジンの排気量を小さくする大胆なモデルチェンジを行いました。 2001年に発売された「こまめ F220」のエンジン排気量は57cc。 一般的にエンジン排気量を小さくすると、エンジンがコンパクトになり燃費も良くなりますがパワフルさが失われてしまいます。 *Honda調べ 操作が簡単、コンパクトなのにパワフル。 一方、1980年の発売当時と比べると「こまめ」の利用者は趣味で楽しむ家庭菜園ユーザーが増え続けています。 そうした変化を受け、これから先も長く愛され続ける「こまめ」であるため、2016年に基本性能はそのままにデザインを一新。 同時に耕うん爪を固定するピンの形状を変更し、爪の取扱性が向上。 爪の付け外しが簡単になると、土起こしだけではなく、生育中の野菜の管理にも積極的に耕うん機が使えるようになります。 ピンのような小さく派手さのない部品も、お客様の使い勝手を考えて改良を行うことで、単なる道具ではなく、畑での相棒と思えるような、使っていて愛着の持てる耕うん機に生まれ変わりました。 お父さんは同じHondaのサ・ラ・ダFF300を自宅の畑で使っています。 私はここに畑を借りて近所の人たちと楽しく好きにやらせてもらっています。 畑も耕うん機も別々ですけど、畝立てはお父さんに手伝ってもらって。 普段は好き好きに、たまに一緒にやるのが家庭菜園も夫婦も長続き秘訣ですね(笑)。 この畑は、もともと水田で草も生い茂っていたんですけど、自分で耕して畑にしたんですよ。 キャベツや大根、じゃがいも、玉ねぎなどいろんな野菜を作っています。 「こまめ」のおかげでよく肥えた土になるから、毎年たくさんの野菜が取れて、食べきれない分は近所にお裾分けしてます。 皆さんに「おいしい」と喜ばるのがうれしくて。 まだまだ家庭菜園はやめられませんね。 「こまめ」が会社にやってきた時のことは、今でも覚えていますよ。 一生懸命に説明しているHondaさんを見てたら、なんだか可愛そうになっちゃって(笑)。 しょうがないから私が試してみたんだけど、使ってみたらビックリ。 耕うん機なんて初めてなのに簡単にできちゃった。 「こまめ」の良さを分かってもらうには、とにかく使ってもらうこと。 使ってみれば、私と同じように「こまめ」の虜になります。 だから、クルマに積んでお客様の畑で実演する毎日でした。 それまでは事務員でしたからね、外に出てお客さんと話すのが本当に楽しくて。 夢中になって農家のお宅を回りました。 まずは、ひとつの地区で5台を目標に実演をしました。 5台くらい買っていただくと、それを目にした人たちの間で噂になって、今度は自然と注文が入ってくるようになるんです。 そうやって実演を繰り返していたら、1年間で300台も売れてしまって。 それを見たHondaさんが、私のような実演活動を取り入れた「こまめレディ」というお店の女性スタッフを養成するようになったんです。 私も先生役になっていろんな場所に呼ばれて、たくさんの方の前でお話をさせていただきました。 「こまめ」と出会う1年前まで事務員だったころからは想像も付きません。 本当に良い経験ができました。 「こまめ」を売り歩いていた当時、まだ子供が小さかったので、どこに行くのも娘をおんぶしたままだったんですね。 その時のことを娘も覚えてくれているそうで、大きくなった今も「私も、なんでもお母さんみたいに一生懸命やる」なんて言ってくれるんですよ。 私と娘の思い出の中にも「こまめ」が一緒にいるんです。 価格が安かったし、誰でも簡単に使いこなせる。 傾斜地でもバランスがいいし、ある程度の重さがあるから、畑によく食い込んで、深く耕せる。 優れた耕うん機です。 家庭菜園で使う人もたくさんいるけど、この地域では農家も仕事で「こまめ」を使っています。 家庭菜園にも農業にも使う。 お客さんの割合で言えば、半々ぐらいですね。 農家に認められると一度にたくさん売れるんです。 昔、ジャガイモ農家が十数台も一度に買ってくれてね、その日は、ちょうどHondaの会議に呼ばれていたんだけど、たくさん注文が入ったと言ったら「来なくていいから、たくさん売ってくれ」と言われました、ひどい話でしょ(笑)。 今もたくさんのお客さんに「こまめ」を使ってもらっています。 さすがに初代のF200を使っている人は少なくなったけど、みなさんF210、F220と「こまめ」を買い替えて何十年も使ってくれるお客さんがほとんどです。 私が思うに、「こまめ」はスーパーカブと同じようにHondaの基礎を作ったのだと思います。 この九州の島原半島ではもの凄い数の「こまめ」が使われていますよ。 それだけ地域にHondaというを根付かせたのが「こまめ」という存在なんです。 「こまめ」は農家の女性に人気なんですよ。 旦那さんがトラクターを使って、奥さんが「こまめ」を使う。 女性が使いやすいというのが、爆発的に売れた理由だと思います。 クワを使う必要がなくなって、農家の女性の仕事を劇的に変えましたね。 農業だけでなく、家庭菜園でも使えるから、そんな意味でも女性向きですね。 40年前の初代から変わってないように見えるけど、モデルチェンジするたびに必ず良くなってるのも「こまめ」の特徴だね。 エンジンの掛かりが良くなったり、移動させやすくなった。 ちょっとしたところに気が利いているんですよ、「こまめ」は。 私にとっては、「こまめ」はこの店の歴史に欠かせない思い入れのある商品です。 今でも「こまめ」を買いに新しいお客さんに来ていただける。 これからも、「こまめ」と一緒で愛されるお店でありたいですね。 初代の「こまめ」が発売されたころは、ちょうど家庭菜園が流行ってきた時でした。 「家庭菜園をしよう」と思った方に興味を持ってもらえたんです。 本格的だけど、楽しく野菜作りをするなら、耕うん機があった方が楽でしょ。 そんな時に「こまめ」は最適ですね。 「こまめ」の良いところは、モデルチェンジしてもアタッチメントが変わらず使えることです。 本体以外を買い直す必要がないから経済的なのも家庭菜園を楽しむ方にはありがたいですよね。 うちのお客さんには、「こまめ」に惚れ込んで、3台続けて買い替えてくれたお客さんもいらっしゃいます。 でも、私たちも負けてないかな。 ほら、見てください。 うちの看板には「こまめ」が載ってるでしょ。 私たち自身が「こまめ」に惚れ込んでいるんですよ。 発売されて40年も経つというけど、「こまめ」は発売時から変わらないよね。 変わらないから古臭いのかというと、そうじゃない。 当時のHondaの技術者がしっかりと考えてくれたんでしょう。 小さな耕うん機として最初から完成されていたんだと思います。 「こまめ」は、メンテナンスや修理もしやすいから、長く使っても大丈夫。 本当に、壊れにくい。 2000年代に購入されたお客様は、10年、15年と使われてちょうど買い替えるタイミングに入ってきています。 そんな方に向けて「こまめの下取りします」という広告を出したんですよ。 そしたら、初代のF200を持ってきたお客さんがいたんですよ(笑)。 40年も経つそんな古い耕うん機を、まさか現役で使い続けてるなんて思いません。 そのお客様は、迷いもせず最新の「こまめ」を買っていかれました。 「こまめ」なら間違いないと信頼されている、まさにロングセラー商品ですね。 Hondaに入社してはじめて開発初期から量産まで担当させていただいたモデルが「こまめ」なんです。 2001年に発売した「こまめ F220」は、F210からフルモデルチェンジする大きなプロジェクトでした。 私は、耕うん爪の形状検討を担当させていただきました。 高齢者の方や女性にも使っていただけるように安定して耕うんできることと、農家の方にも使っていただいていた商品なので、しっかり作業できること。 これを両立させた爪に仕上げるため、何度も爪の形状を修正し、耕うん作業を繰り返しました。 自分の手で作ったものを自分で確かめることで、耕うん機とはどんなものかを開発の現場で学んでいきました。 爪の耐久テストでは、様々な土質から石の混じった土など「こんなに徹底してやっているのか!」と驚かれると思うほどのたくさんのテストを行っているんですよ。 その後、さまざまな耕うん機の開発を担当し、2016年に再び「こまめ」のモデルチェンジを開発部門のリーダーという役割で担当させていただきました。 長く愛されてきた商品をさらに良くするプレッシャーはありましたが、培ってきた経験を活かして開発をまとめ上げることができました。 「こまめ」は、私を技術者として成長させてくれた商品です。 耕うん機の検討をされている方には、ぜひ土を起こす楽しさを味わってほしいですね。 「こまめ」は軽量・コンパクトな車体サイズとパワーのバランスが良いため、扱いやすく思い通り耕せて土が細かくなっていくのがハッキリと分かります。 フカフカになった土を見ると「あ~、耕してるなぁ」って実感できて本当に楽しいんですよ。 今回の40周年モデルで初めて、耕うん機のデザインに関わらせていただきました。 これまで担当してきた海外向けの芝刈機や大型発電機のような力強いイメージの作業機械と比べると、エンジンを剥き出しにせずデザインされている耕うん機には可愛らしい印象を持っていました。 特に「こまめ」は、Hondaとして初めて樹脂のエンジンカバーを採用したモデルだから、多くの方に親しみをもっていただいていると思っています。 耕うん機のような働く機械のデザインは、カッコイイだけじゃダメなんです。 部品の一つ一つに役割があるからこそ、形に意味があることが大切です。 開発者が製品に込めた技術を内包させながら機能を満足させるデザイン、それが働く機械のデザインとして必要なことだと考えています。 2001年に発売した「こまめ」の挑戦は、エンジンの小型化と樹脂で覆うカバーリングです。 エンジンにカバーをすると見た目が良くなるだけではなく、騒音低減にも効果があります。 一方で、たくさんの部品をゼロから作ることになります。 私の担当は、エンジンを始動するときに使うリコイルのカバー。 ところが、開発中にリコイルのロープが切れてしまうトラブルが起きてしまったんです。 開発にトラブルはつきものですが、それを受け止めてアイデアを出したり、自ら改善しようとしないと設計者として認めてもらえなかったです。 担当している部品は「自分で考えて試してみろ」というのがHondaのスタイルなんですね。 新入社員でしたので、難しいトラブルを前に悩んだり落ち込んだりもしましたが、チームのみんなに一人の設計者として対等に扱われる。 だから責任感をもって取り組み、トラブルを乗り越えることができました。 2016年の「こまめ」モデルチェンジでは、開発チームに私は入っていませんが、前モデルの設計者として後輩に相談されることもありました。 その時も「ああしろ、こうしろ」とは言いません。 後輩を信じて任せたら、新しい「こまめ」も素晴らしいモデルになりました。 土を耕すって、やっぱり大変な作業だと思うんですね。 でも、「こまめ」があれば苦もなく終わる。 機械だけど、何気なくそこにいる。 もっと当たり前の存在になっていけるとうれしいですね。 入社して3年目に任されたのが、初代「こまめ」の「遊星ギア」の開発でした。 私が開発に参加した時には、これまでにない耕うん機として、エンジンから爪までをタテ型につなぐ基本的な構造は決定していました。 あとは、その構造を成立させるために、「遊星ギア」が必要となるのですが、当時Hondaの汎用製品に「遊星ギア」を採用するのは初めてのこと。 みんなやったことがないことだから、「一番若いお前がやってみろ」と私が担当することになりました。 経験もない中でしたが、まずはギアの部分だけの耐久テストをする試作品を作ってテストの担当者に渡しました。 すぐに呼ばれたので行ってみると渡した試作品から何本もチューブが天井まで繋がれていました(笑)。 温度上昇に対するブリージングを全く考えることなく、耐久テスト用だからと密閉構造で作ってしまっていたんです。 当時は技術者としてまだまだ未熟だったんですね。 Hondaの中では、ロードパルというバイクで「遊星ギア」を採用していました。 同じ「遊星ギア」といっても高速で使うバイクは機械加工で作っていましたが、耕うん機ではコストも踏まえてプレス加工で作ることが決まっている。 藁にもすがる思いでバイクの担当者のドアを叩き、何度も話を聞きに行きましたね。 はじめは門前払いというか、相手にしてもらえませんでしたが、何度もしつこく通っているうちに相手が根負けして色々なアドバイスを貰うことができ、設計に生かすことができました。 「ノウハウ書ってないんですか?」って聞いたら「ココ」って頭を指さす、そんな時代でしたからね。 聞き出すのも大変だし、聞き漏らさないように真剣でしたよ。 「こまめ」の開発は何度も失敗を繰り返しながら、今の形に至っています。 テスト中にベベルギアを逆に組んだ人がいて、動かしたら急にバックしてきたんです。 普通なら組んだ人のミスで終わると思いますが、ケースにちょっとした凹凸を加えて、間違った組み方ができないように工夫したりしています。 そうした安全思想もHondaらしいですよね。 こまめは、発売されてからはすごい爆発的に売れました。 すごく苦労したけど、たくさんのお客様が使ってくれて本当に嬉しかったです。 こまめの成功体験があったからこそ、その後の開発で辛いことがあっても、「絶対に乗り越えてやる」という想いで取り組むことができました。 技術者として成長させてくれた私の原点です。 2代目「こまめ」の開発が進められていた頃に、私はHondaに中途採用で入社しました。 入社して半年くらい経った頃に耕うん爪の担当を任されることになりました。 実家が農家だったので耕うん機を使ったことはありましたが、使うのと創るのでは全く別のこと。 「爪を何とかしろ」とだけ言われ、戸惑ったのを覚えています。 当時は、無我夢中で開発に取り組みましたね。 初代「こまめ」は爆発的ヒット商品でしたが、それをさらに改良するために草の絡みにくい作業部を開発することが私に課せられた命題でした。 毎週、定例会があるのですが、そのたびに「進捗はどうか」と聞かれて大変でしたね。 それこそ、毎週1つは何かアイデアを出して、自分で溶接したり鉄板を叩いて爪を作ったりしていました。 当時はアコードに機械を積んで圃場に持って行って、しょっちゅうテストをしていました。 ちょうど季節は秋で草がなく、仕方がないので枯草を撒いてテストをしたり(笑)。 本当に試行錯誤しながらF210の作業部は作り上げましたね。 作業部の開発が終わったら今度はハンドルのスイング機構を何とかしてくれ、と言われました。 それまでは作業部のことばかりやっていたのでハンドルのことなど頭にありません。 しかも、開発の評価会はもうすぐだから、それまでに具体的な仕様を決めてと言われたんです。 時間がない中、2日前になんとかアイデアをひねり出し、当日の午前中までに設計者と一緒に試作品を作り上げる。 短時間でしたが、思いつく限りをやり切ってF210は完成しました。 その後いくつかの開発を経験し、再び3代目「こまめ」の開発に臨みました。 「こまめ」のような車軸式の耕うん機って慣れるまでコツがいる。 だから、3代目の「こまめ」を開発するとき、あらためて使いやすい取り回しの良い機械を目指したのです。 搭載するエンジンは57cc。 それまで積んでいた90ccのエンジンと比べると、排気量が小さくなることにいくつかの課題はありますが、耕うん機の性能は車体の重量と食い込み性能のバランスで決まります。 エンジンの排気量が小さくなった分、耕うん爪を改良することで、求められる耕うん性能と使いやすい取り回し性を達成することができました。 この時、初代F200を分解して内側まで全部を検証したのですが、あらためてバランスが良くて使いやすい機械で、「こまめ」を作った先輩達の努力を感じました。 開発は常に新しいことへの挑戦で、マニュアルなんてありません。 何が起こるかわからない試行錯誤の中で、ノウハウを蓄積していくしかありません。 「こまめ」はクルマと違って小さな機械なので、エンジンからフレームまですべてについてかかわることが出来ました。 おかげで、「こまめ」については1から10まで何を聞かれても分かります。 まさに、研究者としての基礎を「こまめ」が作ってくれました。 今は営業部門のサービス技術者として、販売店やお客様に近い立場で仕事に取り組んでいます。 自分の携わった機械に今でも感謝されることがある、その声を直接聞くことができる。 これほど嬉しいことはありませんね。

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